見出し画像

会社経営は、無理に急成長する会社を作るよりも、カームカンパニー(穏やかな会社)を目指す方が、関係者の幸福度が高い

私はソフトウェアの開発・運用を手掛ける会社を経営している。IT業界にいるのは間違いないが、よくメディアで取り上げられるようなスタートアップとは全然違う思想で会社を経営している。それは、タイトルに挙げた通り、

会社経営は、無理に急成長する会社を目指すよりも、カームカンパニー(穏やかな会社)を目指す方が、ステークホルダーの幸福度が高い

という考え方だ。この記事の内容は、大いに私の価値観がベースになっている。この価値観を他人に押し付けるつもりはないし、急成長するスタートアップを作る人を批判する意図もない。幸福度の価値観は人それぞれである。もし、私の偏った考え方を読んで、「こういうのもありかも!」と思う人がいれば、あなたはカームカンパニー向きだ、ということになるだろう。

カームカンパニーとは何か

米国にジェイソン・フリードとDHHいう起業家がにいる。彼らは「Basecamp」というソフトウェアを開発しているIT系企業のCEOだ。私が彼らの存在を知ったのは、約10年前に遡る。「小さなチーム、大きな仕事(早川書房)」というビジネス書籍を読んだのがキッカケだ。そして、2019年に彼らの新しい翻訳書籍「No Hard Work」が発売された。ファンとして即座にその内容を読み込んだ。その本でしきりに使われているのが「カームカンパニー(穏やかな会社)」という言葉である。

私なりに同書のエッセンスを紹介すると、ワーカホリックと呼ばれるような、激務を行う必要はないのではないか?みんなで長時間働くよりも、一切の無駄な要素を取り除いて、週40時間程度、集中して働けば十分に高収益な会社を作れるのではないか?ということである。カームカンパニーだからといって、ダラダラと不真面目に働いているわけではないし、収益度外視で事業を展開しているわけでもない。週40時間集中して働いて、高収益な会社を目指しているのだ。

私もこの考え方に大いに賛成である。多くの人にとって、集中して作業できる時間は一日8時間程度(長くても最大10時間程度)だろう。毎日6~8時間寝るとしたら、残りの時間は趣味や家族との時間に使った方がいい。何も仕事だけが人生ではない。

IT業界で起業すると、周りの会社の人たちがとんでもない働き方をしていることを頻繁に目にする。経営層は連日の徹夜作業で、従業員も残業代を貰わずに長時間労働を続けている。成長を急いでいるので、どんどん人を採用している(果たして、そんなにいい人材を大量に採用できるのだろうか?)。こういうのを「体育会系」と呼ぶのかもしれないが、皆口をそろえて「充実している」という。しかし、私の目にはどう見ても疲弊しているように映る。

もちろん、当事者たちが満足しているのであれば、外野の私がとやかく言うつもりはない。ただ単純に「私には無理だ」というだけだ。

外資コンサル時代を想う

かくいう私も、ワーカホリックだった過去がある。新卒で入社したのは、アクセンチュアという世界最大級のコンサルティング会社の「戦略グループ」と呼ばれる組織だった(当時は最も過酷な働き方をする部門だったと思う)。当時の働き方を振り返ると、私よりも長時間働いていた人はこの世に存在しないだろう、とすら思う。生産性はさておき、ビルゲイツも私も、1日24時間という時間は平等に与えられているからだ。

会議で寝るわけにはいかないので、眠眠打破の一番強いのを毎日飲んで、四六時中フリスクを食べて、レッドブルを飲んで仕事していた。今考えると、不健康で最悪なライフスタイルである。もう二度とそんな生活をしたいとは思わない。

しかしながら、短期的にビジネススキルを高めるという観点において、かつての若き日が有意義な時間であったことは間違いない。とはいえ、命を削ってまでして、短期間でスキルを身に着ける必要があったのか、と言われれば疑問が残る。別にゆっくりでもよかったのかもしれない。

私が目指すカームカンパニー

これは、非常に単純だ。無駄なことを一切せず、かつ(私も含めてチームメンバー全員が)過剰労働をせず、かつ自らの意思決定で、事業とスキルを限界まで伸ばすことだ。これに加えて、仕事においてもプライベートにおいても、無駄なストレスが一切ないことが大切だ。

「最高の環境じゃないか!」と思うかもしれないが、私の会社がチームメンバーにとって天国か、と言われれば人によってはそうではないかもしれない。例えば、チームメンバーが大した理由もなく、期限までに合意したアウトプットを求められる品質で出さず、結果的に顧客に不利益を与えたとしよう。多くの会社では、他の誰かが尻拭いをしてくれるか、上司が顧客に謝罪しにいくだろう。これだけ「パワハラ」が問題になるご時世だ。殆どの会社では、タスクを十分にやらなかったとしても、「次から気を付けてくれよ」と言われる程度で済むだろう。評価は下がるかもしれないが、キツイお咎めはナシだ。

残念ながら、私の会社ではこうはならない。このような無責任なメンバーがチームに存在することは、チームメンバーにとって無意味なストレスでしかない。やむを得ず発生してしまうミスはもちろん許容するが、明らかに手を抜いたことで発生したミスを私は許容しない。そのようなメンバーには、即時にチームから抜けてもらう。

それに加えて(ひどい話に聞こえるかもしれないが)、当人のスキル不足によって発生したミスも、何度も繰り返される場合においては、許容しない。自分の力量を見極められず、「できます」「やります」というのは、無責任な発言であり、結果的に周りにとって迷惑でしかない。公式にすると以下の通りとなる。

【絶対に破ってはならない掟】
自分のアウトプット > 顧客が期待する水準 

まず、これを満たしているのがタスクを担うものにとっての最低限の責任である。私はチームメンバーに対して、タスクに対して何らかのアウトプットを出した際に、この問いを自問自答するよう伝えている。

「そのアウトプットは、顧客の求める水準を超えているか?」

周囲にレビューを依頼するのは、自分が納得した後だ。この問への自問自答の答えが「No」なのであれば、顧客にアウトプットを提示する度に自分(会社)の信頼を損なっていることになる。この場合、考えられる合理的なアクションは以下の二つだ。

① 採算度外視で自分の労力を投下し、期待値を超える水準にする
② 早期にチームメンバーにアラートをあげて、自分の役割を見直す

当人がすぐに②を選んだ場合、以後私からそのメンバーに対して、本件と同等難易度のタスクを依頼することはないだろう。①は結果的にアウトプットが期待値に達しないリスクを伴うので、選択するのには勇気がいる。

ここで最も成長するタイプは、②で保険を打ちつつ、期限を切って①にトライするタイプだ。私は困難なタスクに直面した際に、この動きを取ることをメンバーに期待している。結果的に②に倒れたとしても、短期的に追い込む経験によるスキルアップが期待できる。そして、早期にアラートを挙げたのであれば、周囲への影響も最小限にとどめることができる。①で済んだならわかりやすく成長したことになる。

それでは、大抵のタスクに対して、顧客の要求水準を上回るアウトプットをコンスタントに出せるようになったとしよう。スキルアップは、ここで終わりだろか?いや、違う。次に意識するのは、以下の式となる。

【自己成長の方程式】
今回のアウトプット > 自分が出せると思っていた最高水準

問いの形式で書くと、次のようになる。

「そのアウトプットは、今まで自分が出せると思っていた最高水準の品質を超えているか?」

ありがたいことに、この問には終わりがない。しかし、実態としてほとんどのアウトプットは、

最高水準の品質 > 今回のアウトプット > 顧客が期待する水準 

という範囲に収まることになる。もちろん、顧客の求める水準を超えているのだから、非難されることはない。ただ、アウトプットを出すたびに、何度もこの状況が続くのであれば、早期に自省したほうがいい。自分の出せる最高水準を超えた実感がないのであれば、成長がみられないということになる。

これらの式を自問自答できる人以外、私はチームに必要ないと思っている。常時二個目の式を意識するのは正直疲れてしまうが、一個目の式は破ってはならない絶対的な掟である。

さて、私の会社は、あなたにとってカームな環境だろうか。自己成長サイクルがない人にとっては、むしろ地獄だろう。

「そんなことでは、会社を大きくできないのでは?」

と思う人もいるだろう。全くその通りだ。人数規模を大きくするのは、難しいだろう。努力し続けられる人は、現実的にはそれほど多くはない。しかし、式を守れない人を10人をメンバーに招くよりも、式を守れる人を1人メンバーに迎え入れることを私は圧倒的に重視している。確かに人は増えないが、今の時代は人が増えなくても事業規模(利益額)を大きくすることはできるし、結果的には一人ひとりの報酬額も大きくなる。

私は、平均年収が常識的で、一部の優秀な人が常に激務で、実態として何もしないフリーライダーが8割くらい存在する組織よりも、少人数かもしれないが全員が成長意欲に溢れていて、チャレンジングな仕事をやり、会社の利益(率)も、メンバーの平均年収も異常値の会社の方がいい。数多のフリーライダーを有効活用する施策を考えるのは、私にとっては単純にストレスの種でしかない。これが得意な人が「優れたマネジメント能力を持つ経営人材」と呼ばれるのであれば、「私 ≠ 優れた経営人材」で一向に構わない。

それに、「NETFLIX」のリードヘイスティングスCEOの書籍「NO RULES」を読むと、このような心理的な安全性とはかけ離れた組織においても、グローバルに人数規模を拡大しているケースも存在するようだ。私は「NETFLIX」で働いたことがないので、実態がどうなのかは知らないが、書籍を読む限り、彼の経営思想は私のそれに限りなく近い。なので、やり方次第では、人数規模も拡大できるのだろう。フリーライダーを採用しないことと、規模を拡大することには、(追い出す仕組みさえあれば)実は関係がないということだ。

会社が、フリーライダーに対して報酬を払うのは、実態としては「カラ発注(実体のない取引)」と同じだ。会社を跨いで行うと脱税行為だが、働かない社員に報酬を与えるのはOKらしい(むしろ支払わないと違法行為らしい)。全くもって意味が分からない。会社は社会保障システムではない。組織にフリーライダーが増えれば増えるほど、謝罪と尻拭いが増えて、一人当たりの報酬額は下がるだけだ。そして、もし自分の会社がそういう状態であるならば、私の心は穏やかではい。完璧主義はよく批判の的になるが、私は少なくとも身の回りくらいは、整理しておきたいと思っている。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?