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事業を拡大する際は、人員増を意識するよりも、顧客の利益だけに集中する方が、穏やかに成長できる

普通に生活していると、初対面の人などに「お仕事は何をされていますか?」という質問をされることがしばしばある。私が「会社経営をしています」と答えると、次に来る質問は「何人くらいの会社なんですか?」というものが殆どだ。「その質問、何の意味があるの?」と内心思うのだが、敢えてその人の心情を洞察してみようと思う(私は「忖度」が、つまり、その人の本音を拾い上げるのが得意だと自負している。この記事は、その表現の仕方に容赦がないのを予めご了承願いたい)。

「何人ですか?マン」の正体

一つ目に考えられるのは、プライベートの視点、またはビジネスの視点、もしくはその両方の視点で、端的に言うと「私の懐事情」が気になるのだろう。会社の人数規模と利益規模が比例すると信じている人、年収が人としての価値と比例すると考える人は、実際のところ非常に多いのだと思う。要は自分よりも「上」なのか「下」なのか(いったい何の話なのか?)、あるいはビジネスとして付き合う価値のある人材なのかどうかを判断する材料を得たいのだ。その答え次第で、その後の接し方をコントロールしたいのだろう。

相手がサラリーマンなら、会社名と役職でおおよその察しが付くだろう。しかし、起業家の懐事情はよくわからない。人の価値を#ハッシュタグで評価する人は、会社の人数規模が大きければ大きいほど(#社員100人超えの社長)、お金に余裕がある人だと思い込むのだろう。相手の懐事情を真っ先に知りたい人は、殆どの場合、承認欲の塊だ。目の前の相手が、安心して存分にマウントを取っていい相手なのか、それとも逆にマウント返しされる恐れがあるのか、気になって仕方がない。なので、話を始めて早々に「会社に何人いるんですか?」と聞いてくる。

二つ目に考えられるのは、「人としての器の大きさ」「その人の将来的な可能性」を図りたいのだろう。要は、目の前にいる人がヒーローなのかどうかを知りたいのだろう。「若いのに100人の部下を持つリーダー」だとか「年上の社員からも慕われる圧倒的な人格者」だとか、目の前にいる人が、そういう神秘的なヒーローであることを期待している。仮に目の前の人物が、既にヒーローか、あるいはヒーローになる見込みが高いと感じられる場合、仲良くなっておいて損することはない。

端的に言うと「あなたは、イーロンマスク並みの起業家ですか?」と聞きたいのだと私は推測している(だったら、最初からそうやってきけばいい)。「あのヒーローと飲んだことがある」「ヒーローと友達だ」というのが、その人にとっての勲章なのかもしれない。もしも自分が「将来性あり」と判断されると、この手の人は「自分も一口噛ませてくれ」と迫ってくるケースがある。ヒーローに一口噛んで儲けたいか、あるいは「あいつは俺が育てた」とでも言いたいのだろう。

以上が「何人くらいの会社なんですか?」と聞いてくる人の心理状態に関する私の洞察だ。どちらの理由であったとしても、ハッキリ言って一生関わりたくない相手だ。私に承認欲モンスターのツボをマッサージする気力はないし、「一口噛ませてくれ」という要望を丁寧に断るのも面倒くさい。その人を無下に扱って、後から悪く言われるのは避けたい。したがって、この質問に対する私流の模範解答はこうなる。

起業家と言っても、ほんの数人の会社です。私が今後、イーロンマスクみたいな起業家になる可能性は1ミリもありません。ではごきげんよう!さようなら。

こう答えるのが最も省エネだ。私が最も大事にしていることは、毎日を心穏やかに過ごすことだ。私は言外の感情を必要以上に察知するきらいがある。穏やかに過ごすために、他人のこうした感情をなるべく当事者として直視したくないと思っている。たまにドラマや漫画で見るだけで十分だ。

起業家の心理

しかし、起業家の中には、この質問に「かっこよく答えたい!」という人も当然いるだろう。例えばこんな感じだ。

何人ですか?マン:
「何人ですか?」

かっこいい起業家:
「いやぁ、どんどん拡大していまして、昨年末は20人だったんですが、今は50人を超えています。ちなみに来年には、100人を超える想定です。『30人を超えたあたりからマネジメントの仕方を変える必要がある』という話は、つい最近会社を上場させたばかりの先輩と飲んでいて、耳には聞いていたんですけど、まさにその通りで大変です。でも、私はこのような困難に直面できて幸せです。成長する機会が頂けて、大変ありがたいと思っています。」

何人ですか?マン:
「(聞いてないのに、この人よくしゃべるな... でも、もしかするとヒーローかもしれない。せやっ!)連絡先教えてもらえますか?」

この起業家の回答をかっこいいと思うかどうかは人それぞれだが、少なくとも質問者が求めている回答はこういうもの(もしくは真逆に位置する私の回答)だろう。少し視点を変えて、「自分が起業家なら、どう答えたいだろう?」と考えてみてほしい。すると、上記の「よく語る起業家」のように答えたいと思う気持ちは少しは感じるのではないだろうか。私も、こうした気持ちがわからなくもない。要は、

「私はうまくいっています。あなたにとって、付き合う価値のある人間です。さぁ、あなたも仲間(投資家・メンバー・顧客)になりませんか?」

本音ではこう言いたいのだ。確かにそう答える方が、カッコいいに決まっている。

あまりにも多くの人が、「何人くらいの会社なんですか?」と聞いてくるので、起業家は少なからず人数規模が重要な指標だと思い込んでしまうのだろう。だから、起業家はやたらと人数規模を拡大したがる。お洒落なオフィスに、たくさんの従業員がいて、自分がそのリーダーであることを思い描く。「人数が拡大すること = うまくいっている」と錯覚してしまうのだ。

日々を穏やかに過ごすために

ここで仮に以下の二社があったとしよう。

会社A:従業員数1,000人、売上100億円、営業利益5億円
会社B:従業員数2名、売上6億円、営業利益5億円

両社とも、最終的に残っている利益の額は同程度だ。前者は、その利益を生むために1,000人も必要としているが、後者はたった2人でそれを実現していることになる。一昔前では、会社Bのようなことは個人事務所の芸能人や、一流デザイナーなど、一部の才能のあるものだけが成しえたものである。しかし、デジタル技術の発達によって、今の時代では会社Bは普通に誰でもできる選択肢になりつつある。

自分が経営者なら、どちらの会社を経営したいか、という問いに対する答えは、もちろん人それぞれの価値観があっていいと思う。ただ、この問に関する私の答えは、圧倒的に「会社B」だ。むしろ「会社A」は絶対に経営したくないとすら思う。その理由は(これもあくまで私の場合)圧倒的に心穏やかに過ごせるからだ。

会社Aの平均年収は、おそらく500万~600万円くらいになるだろう(1,000人に500万円支払えば、単純計算で50億円のコストになる。利益を5億円残すなら、そのほかに事業投資で使える金額は45億程度になる)。この正社員の報酬額は、日本国内では平均的であり、別にそれ自体が悪いことではない。当然だが、この水準の報酬でトッププレーヤーはこない。つまり、平均的な人材が1,000人集まった組織になる。

経営者として、この平均的な人材1,000人の組織を動かすのは、ものすごい労力を要する。出世や派閥争いが大好きな人もいれば、プライベート重視で働きたい人もいる。飲みにケーションが大好きな人もいれば、逆に大嫌いない人もいる。もっと言うと、中には軽犯罪に手を染めている人や、薬物依存、社内の情報を競合に漏洩する産業スパイ、あるいは家庭に重大なトラブルを抱えている人もいるかもしれない。平均的に不平不満を言い、平均的にトラブルを起こし、平均的にスケジュールや約束を守らない人が1,000人いる、というこだ。

一方、会社Bはどうだろう。従業員数は2人だ。2人で1億円のコストを使うためには、平均年収2,500万円として、5千万円のコストがかかる。残りの5千万円を外注費用等で使ったとして、1億円のコストになる。お互い気心の知れた関係であれば、人間関係のトラブルは発生しにくい。外注先が何らかトラブルを起こしたのなら、契約書に基づいて直ちに解約すればいい(多少被害が出るかもしれないが、正社員がトラブルを起こすよりも遥かに対処が楽だ)。会社Aと比較すると、トラブルの発生頻度と対応のしやすさ、つまりは日々の穏やかさが段違いだ。

日常的なトラブルの多くは、人の感情や行動によって引き起こされる。大組織には、そこに集まる人材の質と数に応じた多様なトラブルで満ち溢れている。巨大組織は、ピラミッドの上に行けば行くほど、社内の誰かが引き起こしたトラブル対応や、社内の競争相手との腹の探り合いばかりになる。現実問題として「顧客の課題の解決」という企業の役割は、ほんの一部のパートになってしまうのだ。

そして、人が引き起こすトラブルは、大抵の場合「顧客の課題の解決」とは関係のない話ばかりになる。セクハラ、パワハラなどのハラスメント問題。誰と誰が仲が悪い、他部門の部長同士が直接コミュニケーションを取りたがらない、という社内の人間関係の問題。個人情報の持ち出し、不正、架空取引、業務上横領などの犯罪行為に関する問題、などなどだ。

これらの事象に未然に対処するために、組織が大きくなるにつれて、ルールや研修がどんどん増えていく。服装や髪型のルール、お酒の席のルール、ハラスメント対策の各種研修、不正防止のための監視カメラやシステム投資などがそれに該当する。それらの投資と社内コミュニケーションのコストが合算され、どんどん会社の利益が削られていくのだ。

かくいう私も、一時期規模拡大路線を目指したことがある。幸いなことに、すぐにその危険性に気づき直ちに方向転換をした。安易に人員を増やすと、無駄な仕事が増え、あからさまに利益率が落ちることが分かったからだ。中には、「人間同士トラブルこそが、人を成長させる」と信じている人がいる。もちろん、この意見自体を私は否定するつもりはない。だか、それも単なる価値観に過ぎない。不用意に規模を拡大する道に、私の目指す「カームカンパニー」はないと確信した。

顧客のためだけに時間を使う

ここで、私の時間の使い方について話したいと思う。私の仕事の時間のほぼ全ては、顧客のためだけに使われている。もう少し具体的に言うと、プロダクトの強化とその導入、顧客内における成果の創出だ。さらに詳細な内訳を話すと、既存顧客に95%の時間を使い、新規顧客の開拓に5%程度の時間を割いている。

私が社内業務に割いている時間は殆どゼロだ。基本的に焦って人を採用するつもりはないので、まず大きなところでリクルーティング活動に時間を取られていない。他にも総務、経理、法務、税務などのバックオフィス業務は殆ど外注している。代表電話の受電対応も外注先に委託している。たまに「社長に繋げ」という失礼な電話をかけてくるテレアポ担当者がいるが、残念ながら私に電話が繋がることは永遠にない。しかし、電話の内容とホームページへの問い合わせについては、全て私のSlackに通知される仕組みになっている。

結果的に私はほぼ100%、顧客の方向を向いて仕事をしている。別の記事にも書いたが、私に具体的な中長期目標は存在しない。ゆえに、顧客の利益よりも、私の目標が優先されることは起こりえない。この状態は非常に心穏やかだし、時間軸と成長率はさておき、事業は穏やかに成長する。

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当たり前だが、社内業務をゼロにすると、全ての時間が顧客対応になる。大組織においては、全体の半分以上の時間を社内業務に割いているように思える。そして、社内業務の殆どは本質的に顧客の利益には無関係だ。企業の収益につながるのは、顧客の利益に対する対価だ。ゆえに、社内業務が増えれば増えるほど、どうでもいいトラブルは増え、利益は削られ、低収益率、平均年収の低い会社が出来上がる。

これとは正反対に、顧客対応100%の会社を目指すと、社内のどうでもいいトラブルへの対応は消滅し、高収益率で、平均年収が極めて高いカームカンパニーが出来上がる。これを目指す最も簡単な鉄則は、必要以上に人数を増やさないことだ。

社員ゼロでも売上が落ちない仕組みを目指す

では最後に、必要以上に人を増やさないようにするには、どうすればいいか考えてみたい。これを実現する、最も単純な解は次の通りとなる。

人が増えれば増える程、収益が上がるというビジネスモデルから脱する

要は、労働集約的なビジネスモデルから完全に脱する(可能であれば、そもそもやらない)ということだ。私の場合は、究極的に社員がゼロになったとしても、売上が一切落ちない会社を目指している(代表取締役は必須なので、正社員がゼロになることは現実的にないのだが)。

これを実現するためには、テクノロジーが必要不可欠だ。今の社会では、二つの変化が同時に起こっているため、この構想が現実味を帯びてきている。一つ目は、テクノロジー時代の進化だ。特にAPIの発達や、AI技術が極めて安価に活用できるようになってきていることの影響が大きい。端的に言えば、AI未満のスキルしかない人材を敢えて採用する理由は、現時点で既にないのだ。

二つ目の理由は、人がシステムを活用すること(対応されること)に慣れてきている、という変化だ。例えば、一昔前のコールセンターはLINEのチャットボットに代わっている。コンビニやスーパーのレジも、セルフでやるのが当たり前になってきている。こうした進化に対して、「人の温かみがない」という批判をする人が一定層いる。これ自体には、私も異論はない。「人の温かみ」に価値を感じる人がいるのであれば、その人にとっては、それが正しい感覚なのだ。

当然のことながら「人の温かみ」をサービスに組み込むには、企業側に人を雇うコストが発生する。大多数が「人の温かみ」を重視する社会においては、企業側にとっても人を採用する経済的合理性がある。しかし、先に挙げた通り、人はシステムに対応されることにどんどん慣れてきている。「人の温かみ」こそが価値の源泉だ信じる顧客への対応は、思い切って他社に任せてしまう(マーケットとして捨てる)のも選択肢だ。

「人の温かみ」は、それ単体でプロダクトの機能を向上させることはないだろう。プロダクトに「人の温かみ」をオプション追加するには、「人の温かみ」分のコストが余計に乗っかる。端的に言えば、顧客は同等のスペックの商品を割高で購入していることになる。プロダクトの価値として、人の感情よりも経済合理性が重視されるフィールドにおいて、「人の温かみ」分のコストを削減する企業努力は、むしろ歓迎されるだろう、と私は想定している。事業戦略上、どうしても対応した方がいい顧客が「人の温かみ」重視型だった場合に限り、オプションサービスとして、追加料金をもらってサービス提供する柔軟さがあってもいいだろう。

いずれにせよ、テクノロジー自体の進化と、システム対応への慣れの二点の変化が、「社員ゼロでも売上が落ちない仕組み」の実現にとって、強い追い風になると私は想定している。人員を拡大する理由は、まだAIにできない領域で付加価値を生む目的か、一部の顧客にきめ細やかなサービス(温かみを含む)を提供する目的かのいずれかであり、それでも大量に採用する必要性はない。心穏やかに事業を拡大したいのであれば、顧客のことだけを考えて、テクノロジーを駆使しよう。

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