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経営者と従業員の関係は、相互に奪い合うよりも、常に対等でいる方が、穏やかに過ごせる

「やりがい搾取」という言葉がある。よく、ベンチャー経営者はリクルーティングイベントなどに登壇すると、

うちの会社には、成熟した大企業では得られない「やりがい」に満ち溢れている。確かに仕事はハードだ。残業も多いかもしれない。転職すると給料も低くなるかもしれない。しかし、それを上回るほどの成長機会と大企業では得られない仕事のやりがいを手に入れることができるだろう。さぁ、君も私のチームにジョインしないか?

という類の発言をしているのを目にする。要は、優秀な人材を低賃金で雇いたい、ということだ。仮に「違う」というなら、相場で報酬を払えばいい。それをしないのは、少なからず「可能な限り安く雇いたい」「抑えた費用を他の投資に使いたい」という欲望があるからだ。そして実際に、優良企業で年収1,000万円以上の報酬をもらっていた人を、年収600万円程度で雇うことができたりする。この成功体験があると、「やりがいを語ると、人が安く獲得できる」と思うようになる。もちろん、経営者の全員がそういう人だとは思っていない。でも、どう見ても「やりがい搾取」をしている人がいる。

そもそも、普通に考えてみてほしい。なぜ、他社より自社に「やりがいがある」と断言できるのか?経営者は、この世の全ての会社で働いたことがあるわけでもないのに、なぜ他社と比較することが可能なのか?「同じ会社出身の人がそう言っている」という場合でも、部門によって空気や文化が違うことはよくある話だ。「やりがい」は、その人がどう感じるのか、という主観的なものに過ぎない。ファクターが多い、人それぞれ感じ方が違う、という意味で「やりがい」を会社間で比較することは不可能だ。

経営者諸君、「やりがい搾取」して幸せか?

経営者として、不必要なコストを支払わないのは、正しい選択だろう。同じパフォーマンスが出るなら、人件費の総額は低く抑える方が利益率は高くなる。仮に演技であったとしても、やりがいを語るだけで人件費を抑止できるなら、お安い御用なのかもしれない。

経営者自身が報酬を低く抑えて金額を公表し、従業員にはその報酬に合わせていることをアナウンスする。さらに会社をEXITした場合、保有する株式のリターンの大部分をメンバーでシェアする設計をしている経営者がいる。ここまでやれば、明らかに「やりがい搾取」とは言えないだろう。市場よりも相当に安い報酬で人を雇っている経営者が、それでもなお本当に「やりがい搾取はしていない」と主張するのであれば、程度の議論はあるが、このスキームを実践するべきだろう。それができないのは、心のどこかで、メンバーから搾取しようとしているからに他ならない。

散々やりがいを語ってきた社長が、上場企業にM&Aされた瞬間に都内に豪邸を建てたときいたら、メンバーはどう思うだろうか。連日連夜、西麻布のラウンジで飲み歩いていると聞いたらどう思うだろうか。きっと、自分たちの時間は経営者の人生を豊かにするための「養分」にされただけじゃないか、と思うだろう。中には容赦なく「やりがい搾取」をできる、あるいはそもそもこんなことを一切考えていない経営者がいる。それはもはや才能だろう。最低賃金を守っている限り「やりがい搾取」を裁く法律はない。別に悪いことをしているわけではなのだ。

残念のなことに(!?)、私は「やりがい搾取」が全くできないタイプの人間だ。それをやろうとすると、どうしても心が痛んでしまう。「やりがい搾取して、ごめん」「みんなの時間を私の養分にして、ごめん」と毎日思ってしまうだろう。やりがい搾取で得たお金で、自分だけ豪邸に住んでも全然楽しくないだろう。とても、心穏やかに毎日を過ごすことはできないと思う。私は自らの心理状態を含めて、会社が穏やかであること、カームカンパニーを目指している。「やりがい搾取」は私が理想とする、カームカンパニーの像とは相容れない。

経営者の皆様、やりがい搾取で得たお金で飲むお酒は美味しいですか?もし、それが美味しいと感じるなら、あなたは資本主義社会に非常に向いていますね。うらやましい限りです。

メンバーからの総攻撃に耐えられるか?

経営者が「やりがい搾取」をしていることが、もしメンバーにバレたらどうなるだろうか。その結果は、穏やかな日常とは程遠い現実が待ち受けている。メンバーは、会社の制度や日本の法律を最大限活用して、会社から奪うことを考えるだろう。

私が一人のメンバーなら、どうやって会社を養分にするだろうか。例えばこんなのはどうだろう?

繁忙期を狙って有休休暇を取得する。感染症対策を盾に、過剰なまでにテレワークを主張し、自宅で徹底的にサボるか、デイトレードに熱中する。面倒なタスクは自分にふられないようにするため、敢えて無能社員を演じる。本業をセーフティネットに、副業に精を出す。接待交際費を限界まで活用する。本当はしなくてもいいカラ出張を入れて、就業時間後に旅行を楽しむ。気に食わない上司をハラスメントで訴えて、経営層を混乱させる。重要な業務を自分に属人化させて、退職を武器に過度な賃金交渉をする。

その気になれば、メンバーが経営者を攻撃する手法などいくらでも考え付く。仮にメンバー全員にこれらを日常的にやられたとしよう。経営者が並の人間ならば、あっという間に精神崩壊だ。こうならないようにするためには、「やりがい搾取」が絶対にバレないようにするしかない。では、どうすればバレないか?それは「やりがい搾取」していることを一切誰にも言わずに、全部自分の中で飲み込むしかない。これは、心の奥底では「やりがい搾取」をしたくない人にとっては、相当なストレスだろう。バレなくても心が病み、もしバレたらメンバーから総攻撃を受けて心が病む。

急成長しているベンチャー企業の経営者がメンタルを壊している、という話はよく聞く現実だ。特にメンバーからの攻撃が、経営者のメンタルに与える影響はとてつもなく大きい。厳しい言い方かもしれないが、経営者がメンタルを壊すのは、「あんたが搾取するからじゃないの?」と私は思っている。もちろん、株主からのプレッシャーや自分が立てた目標への未到達度合い、搾取とは関係ないところで発生する裏切り、多様なトラブルに巻き込まれる、顧客への謝罪など、メンタルを壊す引き金はたくさんある。

私個人の感覚としては、ロジックを超えたところで、人から攻撃されるのが一番堪えられない苦痛だ。ルールの範囲内で、明確な悪意を持って攻撃されるのは本当につらい。でもそれは、「やりがい搾取」だって同じことだ。だから、心穏やかに過ごしたいのであれば、「やりがい搾取」なんて、はなっから絶対しないほうがいい。私は身内で奪い、奪われる日常など、絶対に見たくない。

会社は参画するメンバーに対する商品

私と同様、「やりがい搾取」が性に合わないと感じている人に、ここからは「カタケン流」を紹介したいと思う。

私は、会社とメンバー間の取引を次のように捉えている。

メンバーは会社に対して、「時間(労働力)」と「知恵」を提供する。会社はメンバーに対して、「報酬」と「経験」を提供する。

このバランスが維持できている限り、良好な関係が続くだろう。一番最初に、私は「報酬」というドライバーが生み出す課題を解決する。それは、ここさえクリアできてれば、最低でも「搾取」にはならないと考えているからだ。では、どうやって報酬を設定すればいいのか?それは、メンバーに期待する業務、役割における市場相場の最大値を支払う、ということだ。私は、世の中でどういう職種、スキルの人材が、いくらの報酬をもらっているのか、ということについて詳細に調査している。なので、私は期待する業務内容の最大値の報酬を最初から提示する。

「そんなことをしたら、会社が赤字になってしまうのではないか?」と思うかもしれない。もし仮にそうならば、採用しなければいいだけだ。自分の会社が、まだ人を増やすフェーズにない、と自覚すればいい。上記のバランスを維持するために、報酬は絶対値としてわかりやすい基準なのだ。次に、その見返りとして、会社は週40時間程度の労働力を期待する。私は40時間に拘っているわけではない。週40時間程度で生み出せる成果を期待している。実際は20時間しか働いていなかったとしても、期待する成果を上回っていればそれでいいと考えている。

次は、会社から「経験」という定性的な価値を提供することを考える。しかし、これには限界がある。事業内容に大きく左右されるからだ。例えば、私の経営する会社でいくら経験を積んだとしても、家畜の世話をする経験は得られない。これに関する私の最大限の努力として、参画するメンバーに市場価値の高いスキルが身につくように、自社のプロダクトを設計している。「顧客のニーズ」と「メンバーの市場価値の向上」をプロダクトを媒介してバランスさせるのだ。

最後に、私はメンバーから、その人固有の知恵を共有してもらうことを期待している。その知恵がプロダクトの新しい機能になれば、会社はどんどん差別化されることになる。以上が私の考える、会社とメンバーのフェアな関係性である。このバランスが維持できなくなったときは、穏やかに関係を解消した方がいい。例えば、スキルの問題で会社が期待する役割が全うできなかったり、自分が本当に得たい経験ができなのであれば、他社に移った方が幸せだろう。

市場相場の最大値の重圧に耐えられるか?

この話をすると、私の会社がとてつもない楽園と勘違いされるリスクがあるので、最後にそうではない、ということを念のため記しておきたい。

先ほど私は以下のように書いた。

メンバーに期待する業務、役割における市場相場の最大値を支払う、ということだ。私は、世の中でどういう職種、スキルの人材が、いくらの報酬をもらっているのか、ということについて詳細に調査している。なので、私は期待する業務内容の最大値の報酬を最初から提示する。

つまり、成果物に対するメンバーへの期待値は相応に高いということになる。成果物が期待値に満たない場合、私は率直にそれを当人に伝える。オブラートに包むなんてことはしない。例えば、こんな風に言われることになる。

「今のあなたの成果では、市場相場と比べて割高だ。会社がコスパの悪い投資を続けることは、結果的に顧客の不利益に繋がる。期待する成果に達すまで頑張って働くか、報酬を下げて残るか、出ていくか、どれかを選んでほしい」

普通に会社で働いていて、こんなことを言われることはまずないだろう。でも、プロスポーツチームなどでは、ごく当たり前に行われていることだ。市場価値の最大値を貰うのには、相応のプレッシャーが付きまとう。もちろん、先ほどの言葉がいきなり伝えられることはない。期待値に達しない成果物に対しては、修正するするよう都度フィードバックを行う。

私の経営する会社は人によってカームカンパニーだが、人によっては地獄かもしれない。フリーライダーになりたい人はお断りだ。このあたりの話は以下の記事で詳細に記載させていただので、ぜひこちらも合わせてお読みいただきたい。

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