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中長期的な目標と期限は、明確に持つよりも、おぼろげに抱く程度にしておく方が、穏やかに過ごせる

こちらの記事に書いた通り、私は「カームカンパニー(穏やかな会社)」であることを意識しながら会社経営を続けている。これは、ハードな長時間労働を続けるよりも、無理なく続けられるストレスフリーな働き方で、利益額(率)も自身のスキルも限界までストレッチすることを目指している、という意味である。

中長期的な目標と期限は不要

ところで、かなり昔の「カンブリア宮殿(テレビ東京)」だったと思う。ソフトバンクグループCEOの孫正義さんが高校生にむけて、

自分の持った夢の大きさに人生はおおむね比例する結果になる。(中略)だから、できるだけでかい夢を持った方がいい。

という話をしていたと記憶している。この話自体は私も同感だ。描いたものの大きさに結果は比例するだろう。ところが、起業家向けのセミナー講師の中には、この話を引用、勝手に拡大解釈しているのだろうか、

いつまでに、どれだけの大きさの会社(売上なり人数なり)を作るのか、明確な数字を用いて計画を引いた方がいい。

と説明する人がいる(誰とは言わないが、実際に見たことがある)。私はこの意見には合意できない。実際のことろ、私は中長期な目標と期限を明確に持たないで会社経営をしている。というのも、中長期の明確な目標を保持することは、メリットよりもデメリットの方が大きいと感じているからだ。

世の中には、具体的で明確な目標を持つことが絶対に正しいと信じている人が一定数存在する。彼らは、概ね自分の成功体験からその結論を導き出している。

自分は明確な目標を立てからうまくいった。目標を明確にすることは正しいことだ。だからあなたも目標を明確に持つべきだ。目標設定は「SMART」の原則に従うべきだ...云々
SMARTの法則
◆Specific(具体的に)
◆Measurable(測定可能な)
◆Achievable(達成可能な)
◆Related(経営目標に関連した)
◆Time-bound(時間制約がある)

聞いているだけで吐き気がするほどの暴力的な論理だ。この論理に対する一つ目の批判は、中長期的な目標を立ててやった場合とそうではない場合の比較実験をどうやって行ったのか?ということである。「目標を立てる、立てない」という場合分けを、全く同じタイミングで中長期的に自分自身に行ったのか?そんなことは不可能だ(できても、せいぜい数か月の実験だろう)。次の批判は、その結果は万人にとって100%正解と言えるのか?ということだ。私は具体的な目標と期限があると、それ自体にストレスを感じて、やる気を失う。この時点で、具体的な目標と期限を設けることが100%正解とは言えない。

世の中は、「絶対にこうするべき。サンプルは俺!」という意味不明なロジックで自分の価値観を強要してくる人物がいる。当然、私がこれから記すことも私の一人の意見に過ぎないし、強要するつもりもない。この話を聞いて、あなたどう考えるかは自由だ。結果的に「自分は明確な目標を持つ方がいい」と考えるなら、それが自分にとって正解だと信じよう。

【明確な目標を持つことのデメリット】気づけば「顧客」が置き去りに

明確な目標を抱くことは、時として大きなデメリットとして働くケースがある。例えば、あなたは

会社をもっと大きくしたい。5年後には100人を超える会社にしたい!

と思ったことにしよう。これは実に「SMART」な目標だ(別に人数でなくても売上でも構わない)。この場合、従業員数を増やすことを目的に動くことになるだろう。あなたが本当に深く考えて、この目標を抱いたのだとすれば何も考えずに、それを追いかけてもいいだろう。先の目標をさらに具体的に検討しようとすると、

100人に平均600万円支払うのであれば、人件費が5億円必要だ。粗利で10億円以上稼がなくてはならない。粗利率50%のビジネスをするのであれば、売上が20億円必要だ。売上が毎年倍々成長すると考えると...

このような感じで芋ずる式に周辺の目標値も決まってくる。この状況をみて「やるべきことが明確になって非常にいい」と感じる人もいるだろうが、私は「何だか色々と息苦しいな」と感じる。そして、気が付くと事業アイデアも、立てた目標を達成するための一種の道具にその姿を変えていく。

具体的な例で考えてみよう。最近、何でもかんでも「サブスクリプション(月額課金)」にする起業家が非常に多い。これは、起業家側の目線でビジネスを考えているからだ。さきにあげた目標を達成したいのであれば、年2万円課金するユーザーが、10万人いれば売上は20億円になる。だから、無理やり月2,000円の月額サービスとして市場にローンチするのだ。しかし、ユーザー(顧客)にとっては、あなたの目標などどうでもいい話だ。あなたが成功するかどうかなど、ユーザーには全く関係がない。ユーザーは、そのサービスに月2,000円の価値があるかどうかだけしか考えていない。

ビジネスには、必ず顧客が存在する。自分の目標ベースで設計されたビジネスが、顧客の要望と合致するかは不明瞭だ。したがって、あちらこちに変な目標を設定すると、自分の目標が前面に出たビジネスモデルが出来上がり、顧客が置き去りになる現象が起こる。結果的に、自分が構築したビジネスモデルが、顧客の課題解決ためではなく、自分の目標に対するソリューションになってしまうのだ。全くおかしな話だ。

それでは、趣向を凝らして、顧客と同じ目標を掲げるのはどうだろうか。例えば、成果報酬のビジネスモデルなどがそれに該当する。顧客の目標達成度合いに応じて、報酬を得るスキームである。確かに目標設定の落とし穴を解消できそうな気がするが、ここには大きな問題が生じる。顧客が目標達成に対して、自分と同程度真剣に取り組んでくれるのか?という課題である。

私は常々「自分はコントロール可能だが、他人をコントロールすることは諦めた方がいい」と思っている。仮に、自分の価値判断軸で「相手側が真面目にやらない」と感じたとしよう。でも、相手側はそう思っていないかもしれない。むしろ「自分は努力している!」「お前こそ不真面目だ!」と考えている可能性すらある。究極的に価値判断の軸など、合意できるわけがない。こんな面倒な交渉は御免だ。私にとって「交渉」はストレスであり、カームカンパニーの実現に悪影響を与える。

中長期的な目標と期限を明確に抱くことのデメリットを端的にまとめると、

自分がこれから作ろうとするビジネスが、顧客の課題解決のためではなく、自分が描いた目標に対するソリューションになってしまう

ということだ。このデメリットは想像している以上に致命的な結果を招く。具体的にどうなるのかは、この後順を追って説明していきたい。

適切なステップを積み重ねる

私の会社には、メンバー一人ひとりの業績目標もなければ、定性的な目標もない。私自身も社内に「いつまでに売上いくら」という話は一切掲げていない。しかし、自社のサービスが、誰の何の課題を解決するためのプロダクトなのか、その事業で狙える収益規模の想定、そこに到達するための大まかなステップ論は共有している。そのステップは驚くほど単純だ。

【私が共有している事業展開のステップ】
① 事業アイデアを販売可能なプロダクトの形にする
② 自社のプロダクトを少数の顧客に提供し、完璧に満足してもらう
③ 同じような課題を抱えていそうな見込客を集める
④ 既存顧客の満足度を更に高めながら、新しい顧客にサービスを提供する
⑤ プロダクトをアップデートし続ける

このようなステップに対して、世の多くの人はスケジュールを入れることが大好きだ。例えば、

①を半年、②を1年、③は②と並行して効率的に行って、2年後には④に着手。5年後には売上~億円を目指し、株式上場する。

といった具合だ。私には、未知なる課題の解決に、スケジュールを入れることに気持ち悪さを感じる。どうして、②が1年で終わると思えるのか、私には不思議でならない。

チームメンバーへの具体的な説明の仕方は以下のようになる。

【メンバー向けの説明】
私は「特定の顧客集合A」が抱えていると思われる「××」という課題を「○○」という新しい手法によって解決できるのではないか?と思っている。「○○」を実現するためのソリューションは、おそらく ~ 億円規模の事業になるだろう。まずは、プロダクトを形にして、少数の取引先に提供したいと思う。明らかな成功事例が生まれたら、徐々に広げいていきたいと思っている。いつ終わるかわからないが、私はこの課題の解決にむけたソリューションの開発に当面、真剣に向き合おうと思っている。

課題解決のための初期的なソリューション仮説が正しいかどうかなど、究極的には実験してみない限りわからない。実験を行うと、新しい発見に多数直面する。新しい発見を冷静に分析し「仮説検証をまだ続けるべきなのか、それともやめるべきなのか?」「当初考えていたソリューションよりも、もっといい方法はないのか?」「それ以前に、課題自体が適切だったのか?」などを問いかける。新しいソリューションを開発するという行為には、どうしても不確実性が伴う。各ステップが、思った通りのスケジュールで進むことなどまずない。

重要なことは、無理にスケジュールに当てはめようとはせず、各ステップを適切に積み重ねることだ。この大原則を破るとロクな結果にならない。特に問題になりやすいのは、②が不十分な状態で、④に突き進むことだ。顧客数を増やすことはビジネスを拡大するためのわかりやすいアクションだ。しかし、②が不十分な状態で、無理やり事業を拡大すると派手に転倒するリスクがある。具体的には、大規模な顧客離反が発生したり、人員が急拡大した後に組織崩壊が起こったりする。

起業家にとって最初に直面する大きなハードルは②を完了することだ。②の状況を、客観的に冷静な目線で見定められるかが非常にポイントとなる。「5年で上場するためには、②を1年以内に終わらせなければならない」というような目標があると、「1年たったから、とりあえず②が終わったということにして、先に進もう!」という意識がどうしても芽生えてしまう。

本当は十分に理解していないのに、とりあえず理解したことにして先に進み、後から痛い目を見る、という経験は受験勉強などで過去に経験した人も多いのではないだろうか。各ステップを適切にクリアしていかないと、後から帳尻を合わせるのには、相当な苦労を伴う。「後で苦労しても構わない」という人は、先に進めばいいと思うが、冒頭申し上げた通り、私は「カームカンパニー」を目指している。後からの苦労を味わいたいと思わないのが、私の根底的な思想だ。

カタケン流のやり方

では、穏やかな心で事業を拡大するにはどうしたらいいのだろうか。これは非常に単純だ。まず、以下のステップは、多くの起業家にとって汎用的なアプローチのひとつと言えるだろう。

【私が共有している事業展開のステップ】
① 事業アイデアを販売可能なプロダクトの形にする
② 自社のプロダクトを少数の顧客に提供し、完璧に満足してもらう
③ 同じような課題を抱えていそうな見込客を集める
④ 既存顧客の満足度を更に高めながら、新しい顧客にサービスを提供する
⑤ プロダクトをアップデートし続ける

上記は事業展開のステップであって、目標ではない。繰り返しになるが、日々を穏やかに過ごすためのポイントは「②を1年で終わらせる!」というように、全体感として各ステップに明確な期限を設けないことだ。

一番最初にやることは、最終的に自分の考えるビジネスがうまく社会に浸透した世界を妄想することだ。「きっとこうなる」と思ったことは紙に書いておこう(紙に書くと知らない間に実現する)。その妄想を記した記録(中長期的な目標)は、タイムカプセルに保存して、いったん忘れよう。次に(逆説的に聞こえるかもしれないが)各ステップを攻略するための短期的なタスク・スケジュールはある程度明確に設計する。中長期的な目標はおぼろげに、短期の目標は具体的に、ということだ。

例えば、②のステップを完了するために、具体的に何社で実験するのか、だれを対象とするのか、どうやって実験するのか、どういう状態を満足であると評価するのかなど、先にアプローチと完了基準を設計する。私の場合、短くて3か月程度、長くても最大一年くらい先の未来しか考えていない。

仮に半年間の作戦を立てて特定のステップ攻略に挑戦し、結果的に残念ながら想定していた完了基準に達しなかったとしよう。その場合どうするか?また最初からそのステップをやり直すだけだ。自分が納得できる状態でステップをクリアできるまで、あの手この手で何度も挑戦する。チャレンジすればするだけ、新しい情報が手に入る。その情報を駆使して、またチャレンジする。単純にこれを繰り返すだけである。いずれ攻略できると信じ続けていればいい。

一見当たり前の話のように聞こえるかもしれないが、「焦り」があると、上記のようには動けないのが人間だ。そしてその「焦り」の原因となるのが、自分の立てた目標・期限と、現実的なキャッシュの問題の二つだ。「早く成果を出したい。次に進みたい...」という感情が、雑な仕事につながるのは何度も話している通りだ。

では、後者のキャッシュの問題について考えてみよう。通常、新しいビジネスが収益を生み始めるのは、④のタイミング以降だ。したがって、①~③に期限を設けず、何度のやり続けることは現実的にはできない、と考えてしまう。この問題をクリアする方法は、起業初期にキャッシュが枯渇しない状況を作る、ということだ。別にふざけているわけではない。これは現実的に可能なことだ。こちらについては、以下の記事で詳細に書かせていただいたので、そちらをご参照いただきたい。

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これで、キャッシュが枯渇する心配も、変な目標も期限もなくなった。焦る必要は全くない。着実に各ステップを攻略すればいいだけだ。失敗しないための唯一の方法は、成功するまでやり続けることだ。他人と同じことをしているわけではないので、比較して焦る必要もないだろう。たとえ誰からも称賛されなくても、地道に実験を繰り返せばいい。孤独に挑もう。

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