丹治あさら

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【小説】 桜の奏で その1

その1 埼玉県行田市にある埼玉古墳公園は広い。巨大な古墳に囲まれた上に、大きな空がある。  その空に向かって赤く彩られた西洋凧が強い風に煽られ、高度を上げ下げしながら舞っていた。  首に巻いたマフラーの緩みを直してから塚本裕樹は、西洋凧から視線を切って辺りを見渡した。空には茜色が浸食し始めていた。前方後円墳が並ぶ公園で散策やボール遊びにふけっていた人たちは、すでに、帰路を取りはじめていた。凧を見る子供たちの好奇心はすでになかった。  「もう、帰っても、いいあんばいだね」風が冷

    • 【小説】桜の奏で その3

       「お出かけリストの1番目。明日の日曜日に行くの」作曲を朝までしていた裕樹には、朦朧とした言葉だった。  「リスト? なんだい? 突然に」裕樹は葉子の手許を覗き込んだ。  瞬時に葉子は手書きされたA4サイズの用紙をたたんだ。  「あなたと一緒に行きたいと思っているリスト」  「お出かけリストか? 結婚する前も作ってたよね。どこどこ美術館だとか、なんとかタワーとか」  「うん、その地元版、名所旧跡ばっかりだけど」  「なんかの研究施設なんて入ってないのかな? 例えばJAXAとか

      • 【小説】桜の奏で その2

         待ち合わせ場所は、渋谷のゲームソフト会社だった。  ホラー志向の強いゲームのスターウルノアの音楽は、調性音楽とは一線を画した無調音楽を多く使っていた。所々に顔を出す調性音楽は、ゲームに心地好い緊張感を与えていた。特にエンディングを飾るバラードのメロディアスな旋律の歌曲は自分でも良く書けたと思っていた。歌も、それなりのシンガーが歌って、ゲーム以外でもヒットした。そのヒットが近ごろの勲章だった。  町のざわめきから隔てるクールなエントランスドアをくぐると、快適な気温に保たれた建

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