坂井謙介

坂井謙介

最近の記事

4月26日、抱き合う高校球児

夕方、アパートの窓から、遠い先にある高台のグラウンドにナイターが灯りはじめたのが見える。近くの高校の野球部が、遅くまであのグラウンドで練習しているのだろう。 もともと高校球児でも何でもないし、野球部はやたらと他の生徒に偉そうなイメージがあるから、(というか僕が高校生のときはそうだった)野球がすごい好きかと言われたら、そうでもない。だが、甲子園を懸けた県大会の様子は、毎年テレビで見ている。夏の訪れを感じるような気がするのだ。 試合に敗れ、ロッカーで泣く選手たち。 自分のミス

    • 4月15日、祖父がくれた電子辞書

      夢グループのCM、皆さんご覧になったことはあるでしょうか。 シーデーも録音できるポータブルデーブイデープレイヤーとか、どんな高いところの枝も、すぽん、すぽーん!と切る高枝切りばさみ、最近では、車のキズを消せるクリーナーなど、夢グループに任せておけば、世の中の大体の悩みは解決してくれるのではなかろうか、と思ってしまいます、僕は。 今日はそんな通販の思い出。 時は高校3年生。普通科の高校に通っていた僕は、初めて特進クラスの英語の補習授業に参加しました。 普通科といえど、大学

      • 4月10日、好きな娘の髪はトイレットペーパーの匂い

        ふとした瞬間、鼻についた香りで懐かしい記憶が呼び起こされる、なんて経験はないだろうか。 僕は以前に、好きな服のブランドが香水を発売したと聞いて買いにいったことがある。しかし店頭では売り切れで、どんな香りか確かめることもせず、ネットで後日購入した。 まぁ、好きなブランド、どんな匂いでもまぁ外れということはないだろう。そう思い、届いた香水をプッシュして、匂いを確かめる。 …なんか友達が住んでいた、六畳一間のアパートと同じニオイがする。 友達のアパートには学生のころ、よく遊び

        • 4月8日、田んぼに落ちた鬼ころしのパック酒

          4月になり、日が落ちるのも少し遅くなってきた。仕事が早く終わった日には、なるべく歩いて近所のスーパーへ買い物に行くようにしている。往復2キロもない距離だから、大した運動にならないかもしれないが、今日はnoteに何を書こうとか、今日はどんな1日だったか、なんて振り返りながら、帰り道にはレモンサワー片手にぶらぶらしながら、田んぼ道を歩いて、日が沈んでいくのをなんとなく眺める日々が、心を落ち着かせる… なんて書いているが、どうにも、心をざわつかせる出来事が起きている。 毎年毎年

        4月26日、抱き合う高校球児

          4月3日、牛乳パックの筆箱

          人の誕生日を覚えるのがあまり得意ではない。 母親の誕生日は、2月10日。それは覚えている。僕が7月10日生まれで、10日というのが同じだからだ。父親、兄の誕生日は…どうだったっけ。 4月生まれの同級生の誕生日は、何人か覚えている。それは、小学校入学のとき、50音順ではなく、「誕生日が早いもの順」で机に座っていたからだ。 4月生まれの友達の一人とは、仲が良かった。たぶん小学校2年生くらいだっただろう。その年の友達への誕生日プレゼントに僕は、母親に手伝ってもらい、牛乳パックで

          4月3日、牛乳パックの筆箱

          4月1日、カレーを教えてくれたママさん

          「カレーは飲み物。」というよりは、「カレーは煮物。」だと思うのだ。僕は。 「金沢カレー」という食べ物を僕に教えてくれたのは、ママさんだった。ママさんは、僕が高校1年生のときの、2つ歳上、つまり3年生で、同じ陸上部の先輩だった。ママさんは投擲の選手で、長距離部門の僕は、一緒に練習した記憶はほとんど無いけど、帰り道が同じ方向で、よく同じ時間の電車で一緒に帰っていた。ママさんはけっこう遠くにある地区から通っていた。 ある土曜日の部活終わりだったと思う。学校からママさんと、いつも

          4月1日、カレーを教えてくれたママさん

          3月31日、棒々鶏の思い出

          3月31日。なにか、大晦日とは違うけど、明日から、また新しい何かが起きるような、そんな気がするこんな日に、noteを始めました。 2020年の3月31日、僕は当時働いていた仏壇修理の仕事を辞めました。今日はその当時の話を。 僕が仏壇修理の仕事をしていたのは、1年半くらい。それ以前は10年以上、生協の宅配ドライバーの仕事をしていました。今後の人生、このままで良いのだろうか?何か自分にしかできないことはないのだろうか?拗らせて拗らせて、生協の仕事を辞めて、面白そうだから、とい

          3月31日、棒々鶏の思い出