4月1日、カレーを教えてくれたママさん

「カレーは飲み物。」というよりは、「カレーは煮物。」だと思うのだ。僕は。


「金沢カレー」という食べ物を僕に教えてくれたのは、ママさんだった。ママさんは、僕が高校1年生のときの、2つ歳上、つまり3年生で、同じ陸上部の先輩だった。ママさんは投擲の選手で、長距離部門の僕は、一緒に練習した記憶はほとんど無いけど、帰り道が同じ方向で、よく同じ時間の電車で一緒に帰っていた。ママさんはけっこう遠くにある地区から通っていた。

ある土曜日の部活終わりだったと思う。学校からママさんと、いつもどうり一緒に自転車を漕いで駅へと向かう道すがら、
「坂井ちゃん、カレー食わん?」とママさんは尋ねてきた。急にどうしたんだろう、という顔をしていただろう僕に「いいからいいから、坂井ちゃん」というママさん。
導かれるまま店に入り、そして、何も知らぬ僕に、今ではメジャーとなりつつある、あのお馴染みの、金沢カレーというものを教えてくれた。

券売機での注文の仕方が分からない僕に、ママさんは「やっぱりカツカレーやね。」と、僕の分まで奢ってくれた。

カレーが提供されるまでの時間、何を話したかは、覚えていない。ママさんは、他の部員とはあまり話していたような記憶もない。でも、そんなママさんが、特別に金沢カレーというものを教えてくれた気がして、僕は嬉しかった。何より、カレーも美味しかったし、ママさんに一人の後輩として認められたような気がしたのだ。

ママさんが部活を引退するまでは、ほぼ毎日、一緒に帰っていた。
どしゃ降りの雨の日、もう何もかも諦めてずぶ濡れになりながら自転車を漕いで、どこかの家の雨どいが壊れていて雨水が滝のようにひどい勢いで暴発したのを見て、笑いあった思い出。

夕方17時台の電車のみ、車両の型が違っていて、観光列車みたいだから好きなんだ、というので、それに合わせて時間調整して一緒に乗って帰った思い出。

坂井ちゃんは将来何になりたいの?と聞かれ、具体的な答えが出ずに、なんとなく、大学駅伝に出たい。と答えたときも、笑うことなく、「いいね、すごいやん」と言ってくれた思い出。

ママさんから教えてもらった金沢カレーを、その後、僕は同級生にも教えた。今でもその店にはときどき行く。ママさんとは卒業以来、連絡は取っていない。ママさんにとってはいい迷惑かもしれないけど、僕は、金沢カレーを食べると、いつもママさんのことを思い出す。



ママさんは、円盤投げでインターハイにあと一歩と迫った、体格の良い男の先輩だった。

なんでママって呼ばれてたんだろう。
それだけ、聞けなかった。

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