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祖母の残した戦争体験を記録した手記 「ある母の道」#11

 近所からラジオ放送が聞こえる。
敵機が豊後水道を北上、岩国方面に来るらしいと情報流している。
時計を見ると十時を少し廻っている。
大急ぎで昼食の用意をし大事な物は防空壕に入れた。いざと云えば何どきでも飛び込める様にした。
早く昼を食べておかないと空襲にでもなったら食べるどころではなくなると、カボチャの油焚きこれは子供が良く好んで食べた。これを支度し食台の前に座って一口、二口したとたん空襲警報がけたたましく鳴り出した。
二人子供を横抱きにし幸枝を急がせ防空壕に飛び込み戸を閉めたとたん、ドドドドーン天地を揺り動かすような音と共に防空壕が潰れるかと思うぐらいグラグラと揺れた。
いざという場合中から出れる様に鈍丁の鎌等を用意していた。
私は土間の戸が倒れてはと思い身を戸に支え顔を押しあてていた。目に見えない程の板と板の隙間から爆風が吹き込み頬に当たると頬が切れたかと思い慌てて手を当てて見た程であった。
生きた心地はなく、只なみあみだぶつ、なみあみだぶつを口に出して唱えていた。
子供等三人は敷布団をしき上から掛蒲団をスッポリ被せたので恵子、栄子は「母チャン暑いよー暑いよー」と喚く。
しばらくそんな状態がつづき、解除のサイレンが鳴る。
ホットして外に出て家を見る我が家は何事もなかったかのように立っていた。
駅の方に眼を向けると真黒な煙がモクモクと下から涌き上る様に出ている。

 サイレンが鳴る警報だ、又来た飛行機の爆音がする。
蜂の大群を思わす音だ。そおれと防空壕にとびこむ。
ドドドドーン、グラ、グラ、グラいドドーン、グラ、グラ、そして解除、こんな繰返しが七、八回も続いたろうか。
敵機は来なくなった。家は無事だ、駅の方は前より酷い煙だ、天をおおい隠すとはこんなのを云うのだろうか、凄い煙だ、時々、ドカン、ドカンと音がして火柱が高く上る。ドラム缶に火が入り爆発する音だろうか。
夕方近くなっても火の勢いはますます酷くなる。駅の方は煙で見えない。室ノ木の山も見えない。時々、大きな炎が嘗める様に高く上る。恐い光景だ。
人絹町の方にも火の手が上ってきた。
パチパチと竹の破じける様な音がする。ワーワーと人の叫ぶ声も聞こえる。西風が吹く。私達がすんでいる清浜に今にも燃えて来そうな気がして恐ろしくなり熱病にかかった様に体がガタガタ震える。

 誰かが手に触れるので気が付く。見ると幸枝である。
恵子、栄子は居ない。幸枝に尋ねると知らんよと防空壕を指差し中に居るんじゃろうと云う。母チャン暑いよー暑いよーと喚いていたが、二人は蒲団で蒸されたと違うだろうか、心配になり入口からのぞき恵子やー栄子やーと何度よんでも返事がない。幸枝は泣き出す何でもないよ。泣きんさんな、云いながら蒲団をソーと剥いで見ると二人は汗びっしょりになりスースーと心地よい寝息をたてている。
恵子、栄子と呼び揺り動かすと「母チャンもう済んだの、外に出てもいいかね」と云う。可愛いものだ「アアー済んだよ、暑かったろうネー早く出んさいよ」こう言って一人づつ抱え出した。

 火勢は注まるどころか益々酷くなっている。

 我が家に入って見ると天上から落ちた芥、外からの小石、ごみでひどい状態になっている。
爆風で窓のガラスがこわれるので、はり明けていたのだった。
そこここに爆弾の破片が入っている畳や柱にもつきささっているのがある。
破片を手に取って見ると、周囲はまるで刃物のように鋭く尖っている。これが人間に当った時はと考えただけでも恐ろしいと思った。
さっそく幸枝と大掃除にかかる。
恵子栄子は防空壕から解放されそこら中を走り廻って邪魔をする。

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