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恋はいつも幻のように

当時の僕には不思議だった。
どうして、誘われたのかわからなかったから。

………

小学5年生
クラスで一番小さくて華奢で臆病で
ずっと大人の中で育ってきたから
クラスメイトの意味不明な騒ぎ方や
バカバカしいやりとりが苦手で
どうしていいかわからなくて狼狽したり
それを隠していたりして
一つも面白くなくて、嫌だった。馴染めなかった
クラスでイニシアティブをとっている
連中が嫌いだった。関わりたくなかったんだ。

「つまんねーやつ」とか
「ノリが悪いやつ」とか
「なんかむかつく」とか


クラスメイトはずっと残酷で
異物は排除されると相場が決まっている

だから小学5年生にもなると
僕の机の中には 様々な筆跡で「死ね」と書かれた
手紙が入っていたり
昇降口の排水溝に新品の上履きが捨てられたり
ランドセルの底には犬のウンコが入っていたり

根も葉もない噂も随分とたてられた
隣のクラスが飼っていた、見たことも触れたこともない
熱帯魚を僕が毒殺したことになっていたりした。


…………


彼女はすごく人の目を惹いた
小学5年生とは思えぬほど大人びていた
実際学年で一番背が高かった
全体的に色素の薄い、透き通るような佇まい
スラリとした手足を持て余すように
いつも隅にいた気がする
目鼻立ちのはっきりしたその横顔
背の小さい僕は見上げるしかなかったんだ

後に聞いた話だが
ヨーロッパ人とのクォーターだったらしい

彼女は自分が周りと違うこと
彼女は人の目を惹いてしまうことを
十分に理解していたようだ

だからなのか、彼女の処世術は
クラスに一人か二人かいるであろう
すごーーくおとなしい子になることだったんだ。
殆ど話さない子だった。
彼女の声を聴いた人はクラスでも少ないと思う。


接点

僕はそれでも学校に通い
彼女は話さずに、クラスにいた

絵が好きだったから、図画工作が得意だったから
僕は6年生を送る会で、紙で大きなモニュメントを
制作する係に手を挙げた。
(送る会では何らかの係に就かなくてはならないルールだった)
そして、絵が得意な(僕よりもずっと上手)彼女もまた
控えめに手を挙げていた。

よかった。ほっとした。
僕をいじめない女子は彼女と
学級委員の鈴木さんだけだったから…。

6年生を送る会のモニュメント作成は
放課後。体育館の舞台上で行った。
クラスから選出された男女二名 合計10名で
自由の女神を作成することに決まり

材料を切ったり、下書きをする作業に没頭した。
大きなものを作ることが、単純にうれしかったし。
他のクラスの人にも、無視されたり、
殴られたり、モノを隠されたりしていたけど
作業時間だけは、忘れられた。

気が付くと彼女が僕の隣に
いて、一緒に下書きを書くようになっていた。
自由の女神の、顔をどう似せるか
真剣に悩んだり
松明の炎をどう表現しようか相談するうちに

僕は自然と彼女と会話ができるようになっていた。
こんな風に、話せるなんて
家族以外に、北園さん(彼女の名前)だけだった。

帰りの会が終わると
北園さんは僕のところにきて肩をたたき
すごく すごく 小さな声で

「そろそろ行こう」と
誘ってくれるようになった。

やっとできた友達
僕は その小さな声に
「あ、あぁ・・うん。行こう」と
答えることが 本当に嬉しかったんだ。


……

大村君

彼もまた背が高く
整った顔立ちをしていた、短髪がよく似合う
精悍な印象を与える、青年のようだった。
運動神経が抜群に良くて、ものすごく足が速かった
陸上の市内大会でぶっちぎりのトップ
球技も得意で、何をやらせても完璧
誰からも愛されていたと思う
皆は おっ君 の愛称で呼んでいた。

顔も広くて
リトルリーグのエースや
サッカーチームのキャプテンなどとの交友関係
スクールカーストの頂点と言っても過言ではない
華やかな身分だった

クラスメイトの女子達は
殆ど彼の虜と言っていいくらいだったんだ

そして
いじめの主犯格だった
クラスで最も頭の良い
黒田の親友。

黒田もまた、女子達にすごくモテた
秀才の彼は、いつもテストで満点を取っていた
大村君と同様、運動神経が抜群で
ひょうきんな面があったから、彼の周りは
笑いが絶えず起きて、自然とみんなが集まってくる
人気者だった。

人気者同士固い結束

人気者の敵は みんなの敵

黒田と大村君が僕を いじめれば
皆が僕をいじめるのは当然の流れ

女子人気を独り占めしているわけだから
当然女子達も、僕をいじめて
彼ら二人との距離を縮めたいという
目論見。

そして、冒頭のような目に合うんだ。

どうして誘われたのか僕には不思議だった。
あんなに嫌われていたから


引率者がいるという理由で
企画されたのだろう

春休み

クラスメイトの殆どが参加する
ボーリングに誘われた

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僕はボーリングが初めてだったから
単純な興味で参加することにした
なにより、誘われたことに驚いたからでもある。


ボーリング場に集まると
当然の如く、黒田と大村君の周りに人だかり
黒田はボーリング経験があるらしく
自慢気に、フォームなどをシュミレーションしていた
大村君はそれを笑いながら見ていた
その姿に女子達が見とれているという構図だ。

僕はと言えば、さっきから
「おめぇ、なんで来たんだよ、帰れよ」とか
肘で背中を小突かれたりしていたので

「やっぱり来なきゃよかったかな」と
少し後悔し始めている時だった。

すると

すごく小さい声で
北園さんが 囁いてきた

「櫛舎君も来たんだ。よかった。」

目じりを下げて笑う彼女は
黄色いワンピースを着ていた

「あぁ。うん。ボーリング初めてなんだ。」

「そうなんだ。私も初めてなんだ。」

やっと笑えた。 うまく笑えたかな?
そんなことを考えながら

ボーリング場のロビーで ボーっとしていた


何を見てボーっとしていたかって?


じゃんけんで負けたグループが
渋々僕をチームに加えるという屈辱的な
光景だ。僕とボーリングすることが
彼らにとっては罰ゲームのようなんです。

必死の形相でじゃんけんする様を
僕はボーッとみていた。

視線を泳がせると
鈴木さんと目が合った。
鈴木さんは 悪いことしたな なんて顔をしながら
首を傾けていた。

あとで聞いた話だが
引率者は学級委員である鈴木さんの親御さんだった。
彼女は僕を誘わないなら、ボーリング行かないと
言ってくれていたみたいだ。

せめてもの、思い出にと
もしかしたら、いじめをどうすることもできなかった
彼女の罪滅ぼしの意味合いもあったかもしれない。

なるほど・・・・だからか。
あの時の顔に納得がいく。


クラスの中でも冴えない
男子グループが、苦虫を噛み潰したような顔で
僕を迎え入れ「櫛舎がいるからつまんねー」とか
「キモいから、座るな」とか
言われた。

隣のレーンでは
人気者の黒田と大村君
その隣のレーンでは
北園さんがいた。

当然 女子の黄色い声や
垢ぬけた男子達の歓声が聞こえて
すごく盛り上がっていた。

北園さん 楽しそうだな。
僕もあのグループに行きたいけれど
叶わないな。

なんてボーっと考えていた。

大村君はコツをすぐにつかんだらしく
ストライクを出して大はしゃぎ。
男子全員とハイタッチ。

それから、女子とも

あ・・・ 北園さんとも…か。

そうだよな。 やっぱり 大村君はカッコいいし
皆に 人気あるし

女の子は みんな好きだって言ってるしな。


急に惨めな気持ちになった僕は
同じグループの男子の
罵倒を背中で聞いていた。

一生懸命にお小遣いを貯めて
買った、フォルクスワーゲンのエンブレムがプリントされた財布
(初めて人前で出した)も散々馬鹿にされたし
ガーターばかりの下手くそなスコアに
だっせー死ね
を連発されるし

何やってるんだろ
と ちょっと泣きそうになっていた。

数ゲームが終わって
すっかり 意気消沈した僕は

トイレ休憩

トイレを出ようとしたら
トイレ脇の階段に腰かけて
女子のグループが何か雑談をしていた

どうしよ

トイレを出たら
またひどいこと言われるんだろうな

うんざりした僕は
トイレの入り口に
そっと隠れて

彼女たちがいなくなるのを待った。

話し声が耳に入る

すると


・・・・つーかさ
調子乗り過ぎなんだよね。
たまたま、おっ君の隣のレーンだからってさ

そうよ、まじ、なんなん?
調子こき過ぎじゃない むかつく

ハイタッチとか何回した? 最低よね。
なんか、いつもと違う笑い方だったし
あいつ おとなしいけど
絶対性格悪いと思う。

絶対そうよ。私たちのこと
絶対陰で悪口言ってると思う。
北園って、ちょっと美人だからって
人の事下に見てるよ

僕は聞こえてしまった。
北園さんはそんな子じゃないのに
北園さんは誰の悪口も言ったことないのに
違う。違う。そんなんじゃない。

単純に楽しんでるだけなんだよ彼女は

ただの嫉妬だよ。妬みでしかない
やめてくれ そんなこと言うのは

ただ、悪口を言っていた
女子達が怖くて
トイレから出られない、自分が
一番情けなくて
何もできない自分に腹が立って

僕は泣いてしまった。声を殺していた。

太ももに衝撃が走った。
すごく痛かった。

何事かと顔をあげたら
黒田が僕の右の太ももに膝蹴りを
食らわせてきたのだった。
黒田がトイレに入って来るなんて
気付かなかった。

「邪魔だよ、クソ。」

黒田の存在に気づいた
女子達が甘い声を出した。

「どうしたのぅ? 黒ちゃ~~ん」

「あ、なんかクソがいたから蹴ってたの」

僕の髪をつかんでいた。

「あはははは~うけるぅ」

「……来なきゃよかった‥…。」


ボーリング場は夕暮れ
ネオンサインが灯って

黄昏時の駐車場に光を落としていた

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やるせない気持ちになって
ズボンの横を指でつまんで立っていると

北園さんが 横に立った。

「あ・・・・」

「櫛舎君。元気ないね。」

「あ、う、うん。北園さん楽しかった?」

「・・・・全然楽しくなかった。」

意外な答えに 狼狽した僕は

「どうして、あんなに楽しそうだったよ。」と目を丸くした

「全然。このクラス。酷い人ばかりだもん。
櫛舎君にしてること、最低だと思う。」

「あ・・・・・(泣きそうになるのを堪える)」

「本当は 櫛舎君とボーリングしたかったな。
勝手にグループ分けされちゃった。」

「……う、うん。」

「櫛舎君。絵、上手だよね。」

「い、いや、北園さんに比べたら、僕なんて。」

「フフフフ。」
声出して笑うなんて珍しいな

「北園さん。気を悪くしないでね。」

「何?」

「女子のグループが階段で座りながら
その…北園さんの事悪く言ってるの、偶然聞いてしまったんだ」

「…知ってるよ、そんなの。」
彼女は 困ったような 笑い方をして
ネオンの方に顔を向けた

黄色いワンピースが オレンジ色に変わって
見上げた横顔が、凛としていて

僕は初めて、女の子を 綺麗だと思ったんだ。

「知ってるよ。私、こんなのだから、目立つし
女子に妬まれやすいの。でも、あんまり関係ないかな」

「関係ない?どういうこと?」

「鈴木さんと先生には言ってあるんだけどね。
男子は櫛舎君にだけ教えてあげる。」

「何?」

「私、みんなと一緒に6年生にはならないの」

「どういうこと?転校?」

「うん。カリフォルニア」

「か・・カリフォルニア??」

「そう。お父さんの仕事の都合でカリフォルニアに行くの。」

「あ・・・アメリカかぁ。遠いな。」

「私、こうやって普通に話せるの、櫛舎君と鈴木さんだけよ。」

「あ・・・う、うん。」

「櫛舎君。本当はすごく強いと思う。」

「いや・・・。でも、なんか あ、ありがとう」

北園さんは微笑んでいた。

「と、友達ができてうれしかったよ。」

「私も。」

たぶん

たぶんだけど

僕の 淡い恋は

5分くらいで 終わってしまった。

カリフォルニア遠いな。 北園さん 元気かな?


長文最後までお付き合いいただき
ありがとうございました。

僕の実体験です。

名前だけは 
偽名にさせていただいております。

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