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ペットショップの話

過剰交配は誰のせい?

ノルウェーではブルドッグの繁殖が禁止されている。理由は過剰交配によってもたらされる健康上の問題が残酷だと判断されたからだ。
特徴的に骨盤が小さく頭が大きいブルドッグは自然分娩が難しく、ほぼ100パーセントの割合で帝王切開によって産まれてくる。日本でも人気のフレンチブルドッグは、ブリーダーの元で繁殖犬に選ばれると生涯で5回も6回も妊娠させられて、毎回腹を切られて出産しているのが現状だ。
……そんな酷い話があるだろうか。

フレンチブルドッグ

犬は野生動物ではないから、人間と共生しながら繁栄して人の手で品種改良を繰り返して今の姿がある。その結果生まれた今の犬という生き物に我々は無償の愛情を抱き、今では多くの人々がかけがえのない時間を犬と共に過ごしている。僕も含めた多くの愛犬家にとって犬は最高のパートナーになっている。
犬の歴史を紐解けば古くは狩猟や牧羊のために使役され、人と犬は相互利益のためにパートナーとなった。それから時代は移り変わり、今では犬は世界中で愛玩動物として、人の心を癒す役割のために家族の一員として可愛がられている。
その可愛らしい姿や表情に人は見て癒され、触れ合いを愛おしみ、苦楽を共にして人生の折に出会う喜びを増やし悲しみを減らし、今では世界中で猫と人気を二分する人類最高の相棒となっている。
「可愛い」
という、我々が犬を愛してやまない最大にして最高の理由が犬を今ある姿に変えた。

ブルドッグをほとんどの場合に帝王切開しなければ出産することができない生き物に変えたのは過剰交配によるものだ。
現代の日本でも当たり前に行われている、ブリーダーによる繁殖犬の繰り返される妊娠と出産。その度にお腹を切られ、縫い合わされ、また妊娠させられる。需要が変わり闘犬から愛玩犬へと改良されたフレンチブルドッグもそうやって産まれてきている。
非人道的に思える繁殖の実態も、発端は我々犬好きの犬に対する可愛いという感情だ。ブリーダーだけを悪者にした結論を出すのは容易い。しかしブリーダーからすれば顧客のニーズに応えただけであるし、需要がなければ供給も生まれないのは世の常である。フレンチブルドッグの特徴である頭が大きくて骨盤の小さな個体は、特に人気が高くてより高値で取引されている。そしてその延長に、ペットショップの生体販売がある。

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ペットビジネスとルッキズム

僕は以前、ペットショップで働いていた。
ペットショップに足を運ぶお客のほとんどは、意外にも購入前提で店に立ち寄っているわけではない。
「フラッと寄ってみただけ」
「ちょっと見るだけ」
「犬を探してはいるけど今日じゃない」
「飼うかどうか考え中」
聞くと誰もそんな感じだ。犬を買いにきました、なんて人はまずいない。
ただ共通するのはみんな犬が好きだということ。犬が好きなお客のほとんどが口を揃えて言うセリフがある。
「犬はどんな子だって可愛いよね」
そうなのだ。
犬好きは自分が無条件に犬を愛していると自認している。僕もその一人である。
……ではなぜペットショップでも人気のフレンチブルドッグは、自然分娩が困難になるほど頭が大きく骨盤が小さな姿に品種改良されていったのだろうか。頭が大きくても小さくても、犬はみんな可愛いはずじゃないか。

お客のセリフは本心から発したものだと信じている。そして僕も、ずっと同じ気持ちを抱いてきたつもりではある。
しかし曲がりなりにも3年間ペットショップで働いて、述べ1000頭以上の子犬と出会ってきた経験から言わせてもらうと、個体の容姿による売れ行きの差は厳然とある。僕が勤務していた店舗では月に約30〜40頭販売していたから、ブリーダーの元で産まれた新しい子犬が毎週何頭も入荷されてきた。
長く働いていると一目見て薄々わかってしまうことがあった。この子はすぐ売れるな、この子は売れ残りそうだな、という判断基準である。
もちろん必ずしもそうなるとは限らない。すぐ売れそうに見えた子が長く売れ残ったり、売れ残りそうに思えた子が早くに家族が決まることもある。しかし傾向としては確かに存在し、概ね予想通りになることが多かった。

ちなみにお客からよく聞かれるセリフランキング第1位
「売れ残っちゃった子ってどうなっちゃうの?」
については正直僕もよくわからない。
自分が働いていたペットショップは全国展開しているチェーン店なので、長くても1ヶ月くらい売れ残ってしまうようだと他店に移動することになる。集客と売り上げが見込める都心部の店舗では高額生体のみを扱い、月齢が3ヶ月を過ぎて初期価格から大幅に値下げした生体は、利益率の下がる地方の店舗でお求めやすい価格で販売される、らしい。
それでも売れなかった子は最終的に殺処分されちゃったりしないの……?
そんな怖い疑問を持つ人も中にはいるかと思うが、動物愛護法により生体販売業者は保健所への持ち込みを禁止されている。名の知れない個人経営店ならいざ知らず、大手ペットショップでは殺処分は行われていないと信用してもいいんじゃないだろうか。
犬って生後半年も経てばマジで安いからね。さすがに誰か飼うだろって値段で売られている。企業側としても利益につながる一定の月齢ラインを超えたら、維持費ばかりが嵩んでいくことを防ぐために採算が合わない値段設定にしてでも早く販売したいんじゃないかと推測する。
自分がいた店は人気店だったからか、ほぼほぼみんな家族が決まってた。生後2ヶ月でお店にくる子犬達が生後3ヶ月になる前には大体みんな売れていった。
だからペットショップの怖い噂、売れ残ると殺処分されるという可能性は低いんじゃないだろうか。

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今日もどこかで犬が売れている

犬の容姿について、たとえば人気犬種第1位のトイプードルにも細かい基準が多くある。マズル(鼻筋のこと)は低めでペチャっとしてる方がいいし、プードルに特徴的なアーモンド型と呼ばれる切れ長の目よりもまん丸のクリッとした目の方が人気だし、全体的に顔のパーツが中心に寄っている子ほど可愛いとされる。
1番人気のカラーはレッド(茶色)で、毛量が多く直毛よりうねり毛が好ましい。体型は手足が長いハイオン型、中間のスクエア型よりも、手足が短めなドワーフ型に高い値がつく。
必要性がないのにも関わらず、今も日本では多くのブリーダーがしっぽを断尾してから市場に送っている。短いしっぽが可愛くてプードルらしいというわけだ。

トイプードル

そしてティーカッププードルの人気はやはり高い。ティーカッププードルというのは犬種ではなく、いわば小さめのトイプードルをそう呼ぶ。一応会社等による規定はあり、両親の体重や月齢毎の体高規定に収まっているかなどのチェックがあった。しかしティーカッププードルとして販売していた子犬が想像以上に成長して体高の規定を上回り、途中からトイプードルに名称変更されることもある。
よく聞く「ティーカッププードルだと聞いて買ったのにすごい大きくなったんだけど」というクレームは、隔世遺伝などもあって起こり得る話なのだ。
それをさも成犬になってもずっと小さいままだと思わせるようなセールストークをする販売員に原因があることも大変多い。そんな口八丁の社員の姿を見ていたし、実際そういうクレームを言いに来たお客と出会したこともあった。

ここまで細かな外見の違いを、ほとんどの人は考えたことがないだろう。
「犬はみんな可愛いじゃない」
「そんなことで命に値段の差をつけるなんて」
口を尖らせてそう言うに決まってる。
愛犬家ならどんな子を家族に迎え入れても最大限の愛情を注いで育ててくれると信じているし、犬を金になる商品としてしか判断せずにアクセサリー感覚で値段をつける企業やビジネスへの強い嫌悪感も文句を言いたい気持ちも僕だって痛いほどわかる。
けれど実際にペットショップでは容姿の厳しい審査基準が設けられてそれが値段に大きく反映されており、それでも如実に高額の子犬から順に売れてゆく現実を僕は目の当たりにしてきた。

高値がついた推しの子が入荷されると、ガラス越しに外からもよく見える1番目立つ店頭の犬舎に入ることになる。高額で極小な生後2ヶ月に満たない子犬のあどけない一挙手一投足に、多くの通行人が足を止めて心奪われる。
「見て見て超可愛い!」
「ちょっと入ってみようよ!」

可愛さが持つ魔性に魅せられお客が続々とお店に入ってくるようになる。
それをビジネス用語で導線と呼ぶ。

多くのお客は自分のことをルッキストだなんて思っていない。それどころか目の大きさや手足の長さなんかで犬の価値を決めるなんて言語道断だと思っている。
しかしビッグデータを基に俯瞰して判断すると、人々が魅せられ足を止め心奪われる傾向が強い容姿の基準というものが、犬にも確かに存在している。
犬好きが犬を飼う1番の理由、「可愛い」という感情は誰にも否定できない。ルッキズムなしに現代のペットブームはなく、美醜の価値観は生物の本能であり誰の心にも宿るものだと思う。対象は性成熟した同種の異性に留まらず、幼児や乳児、愛玩動物に至るまで、人は他者への美醜のジャッジを無意識にしてしまうようだ。それはもう、認めるしかない。
……ただ、だからこそ、我々庶民のルッキズムに端をなして繰り返された過剰交配の末に、今もなお望まぬ妊娠と帝王切開による出産を強いられ続けている繁殖犬を想えば、ルッキズムに繋がる安易な発言は良い未来のためにならないんじゃないかと考えている。特に未来を担う子ども達に対しては、慎重に言葉を選びたい。

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ペットショップがもたらした功罪

動物愛護法によると現在、犬の生体販売は生後56日から可能とされている。子犬の1ヶ月の成長速度は恐ろしく速い。生後2ヶ月と3ヶ月の子犬では同じ犬種であっても一回りも二回りもサイズに差がある。
様々な研究によると犬の性格形成のためには生後3ヶ月は母犬と共に暮らしたほうが良いようだ。それなのにペットショップでは生後56日から販売されている。
1ヶ月も経てば子犬は目に見えて大きくなり、大きくなると買い手はぐっと少なくなり、それに応じて値段は半額近くまで下がる。小さくて可愛い時期に一刻も早く売りたいペットショップと、犬の健康面や健全な発育を望む動物愛護の観点との妥協点として、犬猫の販売や引き渡し、展示は生後56日以降という法になった。

小さくてあどけない子犬ほど早く売れる。買い手がつかず残れば残るほど、店側は値下げして対応せざるを得なくなる。餌代、維持費、人件費などを考慮すると売れ残るほど費用が嵩み、それと反比例して値下げするので利益率は大幅に落ちる。なので企業としては利益のためにとにかく早く売りたいわけだ。
ホワイトボードには今月の店舗売り上げ目標と全スタッフの勝手に決められた目標販売頭数や現在の販売頭数が書かれ、朝礼では毎日数字ばかりが話題に上る。ザ・ビジネス。
あの手この手のセールストークを使ってでも一刻も早く売ることを至上命題にする企業方針に難色を示し乗り気になれずにいた僕は、社員によくこんなことを言われた。
「売れ残っちゃったらどうすんの? この子達が可哀想な想いをすることになるんだよ? 1日も早くこの子達の家族を見つけてあげるのが俺らの仕事でしょ?」
……そりゃそうだけどさ。
売れば売るだけ新しい子犬が入荷されるんだから結局はイタチごっこやんけ。そんなやり方は聞こえぬ悲鳴と見えない悲しみの負の連鎖を生んでいるとしか思えない。

それから色々とあり、僕はペットショップを退職することになった。

ペットショップを辞めた経緯はこちら

辞める時に店長に言われた。
「もうこの店のスタッフじゃなくなるから、これ以上なにか言うと遠藤さんの今後の人生に関わってきちゃうかもしれないよ」
店長とは仲が良く、僕が試合をするたびにいつもチケットを買って後楽園ホールまで観に来てくれた。きっと僕のことを心配して、情を持って言ってくれたんだろう。それはありがたい。
けれど、おかしいと思うこともおかしいと素直に言えない世の中が本当に嫌だ。息ができなくなりそうだ。

多くのスタッフがお客に犬を買わせるために平然と嘘をついていた。僕はずっとそれを見て見ぬふりして働いていた。
毎日可愛い子犬達と触れ合え、試合が決まれば何人も自分の応援をしに会場まで観に来てくれ、人間関係も良好だった職場は居心地が良かった。白状すると、居心地の良さに甘えて大きなアクションを起こさず静観して、ただの販売意欲が薄いスタッフとして一緒になっていた。
……まあちょっとは言ってたけどさ。

ペットショップ業界で広く使われている手法に『抱っこ接客』がある。その名の通り、お客にまずは子犬を抱っこさせるのだ。抱っこすれば情が湧く。離れがたくて連れて帰りたくなる。犬が好きな人なら誰しも抱くその感情を扇動して販売に繋げるのが狙いだ。
ちなみに「抱っこしてみますか?」という声かけはNG。それでは大抵のお客は断る。ターゲットのお客が見つめている子犬を素早く犬舎から取り出して、「どうぞ〜」と常備している消毒スプレーをお客の手元に向ける。それで相手が反射的に思わず手を差し出してしまえばこちらのものだ。
「良かったら抱っこしてあげてください」
「あ、じゃあ……」
こうしてお客をソファーに座らせ、接客という名の戦いが始まるのだ。
自分だけ善人ぶりたいわけではないけれど、嘘をついてまで販売を狙わないように、何度も指導された販売トーク手法にも従わずに、犬好き同士としてお客と純な犬の会話をするよう務めて接客してはいたが、声かけと抱っこ接客に関しては僕もしていた。しないことは許されなかったし、みんなしていたから。

そんな感じだから毎月の販売頭数はスタッフの中でもいつも1番少ないんだけど、だからいつも雑用ばかりに回されていたんだけど、それでも長く在籍していたから自分から犬を購入したお客も数十人はいたと思う。
今でも憶えている印象的なお客もいる。お母さんと来店していた若いお姉さん。あまりに熱心にダックスフンドの子犬を見つめていたから、犬舎から出して抱っこさせてあげたら、程なくして急に号泣してしまったから驚いた。
曰く、「亡くなった前の子にそっくりで」
思い出したらもう無理だよね。泣いちゃうわ。
愛犬の死ほど辛かった出来事はない。つい感情移入して貰い泣きしそうになるのを必死に堪えていたのをよく憶えている。
そのお姉さん、泣きながら子犬を愛でていると突然「えっ!?」と声を上げた。なんと値段表に書かれたその子犬の誕生日が、奇しくも前に飼っていた愛犬と一緒だと言う。しかも両方メス。色も同じ。
運命を感じずにはいられなかったんだろうな。販売至上主義クソペットショップ店員が使う最頻出ワードの運命という単語を出すのに抵抗があり、「すごい偶然ですね」と言ってみたけれど、安っぽい表現を使えば彼女にとってそれは運命的な出会いだったようで、そのお姉さんはお母さんを強く説得してダックスフンドの子犬を購入することに決めた。

ペットブームの余波もあり犬は高額な買い物でもあるので、保証の説明や契約条項の読み上げ、餌や飼育用品の購入推奨、お迎え後の飼育説明など、お客が購入の意思を示してから販売締結までは時間がかかる。購入を決めるまでの接客時間を含めると、一組のお客と3〜4時間会話し続けることもザラで、それだけの長時間となると自然と仲良くなることも多々あった。身の上話に発展することもあれば、僕の盛り上がった拳に気がついて聞かれることもあったりして、プロボクサーをしてると教えたら試合を観に来てくれたお客もいた。
犬を飼うことに決めたお客の表情は、微かな不安もあれどみんなとても嬉しそうだ。運命的な出会いを果たしてダックスを家族に迎えたあのお姉さんも、今頃きっとどこかで愛情をたっぷり注いで大切に育ててくれていると思いたい。また、家族で来店して購入を決め、契約してる最中もずっと嬉しそうに子犬を見つめていた子どもの眼差しを見ると、これから迎える犬との暮らしはきっと彼の人生にとってかけがえのない宝物になるはずだと感じたこともあった。
お迎えしてから後日、店舗に遊びに来てくれたお客も何人もいる。「遠藤さーん」そう呼ばれて振り向くと、数ヶ月前に悩み抜いて子犬を購入したお客がすっかり大きくなった犬を連れて立っていたこともあった。毛並みの良さからは日々の丁寧なお手入れが伺え、愛犬を溺愛してる様子が全身のオーラからダダ漏れている。
「遠藤さんのおかげで今は毎日幸せです」
愛犬に優しい眼差しを向けて感謝の言葉を言って貰えると本当に嬉しくなる。人と犬との特別な出会いの架け橋になれた自分の仕事を誇らしく思った日も確かにあった。良いことをした気分にもなっちゃったよ。

大手ペットショップでは複数のブリーダーと契約して生体を選別しているし店舗に行く前に獣医の診察もあるので、店頭に並ぶ犬は見た目が可愛いのみならず先天性疾患のない健康体な可能性が高い。
じゃあ生まれつき病気がちな子はどうなっちゃうの? とペット産業の問題は当然浮かび上がるが、飼い主視点で見れば多額の医療費や病院通いは負担が大きく、疾患のない健康な子をお迎えしたいだろう。購入後の保証が手厚いこともペットショップの利点だ。
また、日々多くの人や犬と触れ合ってるので人慣れ犬慣れしてる性格の良い子が多い。つまりは飼いやすいのだ。
それはこれから犬を飼う人にとっては何より重要な点だとは思う。

なにを隠そう、僕の家庭も昔ペットショップで犬を買った。ペットショップがあったから僕は犬を飼うことができたんだと思う。もしペットショップが日本になかったら、うちの親がわざわざブリーダーのところまで出向いて犬を迎えたとは思えないな。
僕は愛犬との出会いに人生を救われた人間だ。
愛犬と共に過ごした時間はかけがえのない人生の宝物だ。心から愛していた。その出会いをくれたのは紛れもなくペットショップだった。
だからペットショップを全否定する気持ちには中々なれない。色んな問題が浮かび上がっても、生体販売への風当たりが強くなってきても、全部を否定したら愛犬と過ごした日々まで否定しちゃう気がして躊躇してしまう。まあ上層部はゴミクズどもの集まりだと思うけどね。

犬が好きで働き始めたペットショップで裏側を知って嫌気がさし、退職してからペット産業の現状を学び始めて憤り、派生して畜産動物の残酷な飼育環境にも拒絶反応を示して菜食主義になった。今まで素通りしてきた動物と人を繋ぐ背景に横たわる問題について真剣に考えさせられたし、自分にとって大きな経験になったのは確かだ。
己の無知を恥じ、無力を呪い、無駄と諦め、無為に過ごす日々においても、今の自分にできるのは考え続けることしかない。思考を辞めた先に改善はない。
ペットブームの影響の裏で増え続けている飼育放棄や毎年数千頭にのぼる犬の殺処分。劣悪な飼育環境で産めよ増やせよの金儲けしか頭にない繁殖業者の存在。それらは全て、ペットショップが大いに加担している問題だ。

……なにが正しいかはわからない。

***

生まれてくる命は不幸なんかじゃない

ブルドッグと同じく、去年ノルウェーで繁殖を禁止された犬種がもう一つある。
キャバリア・キング・チャールズ・スパニエル。
生涯忘れない、僕の愛犬の犬種だ。
キャバリアの成り立ちを紐解くと人為的な過剰交配によって今の姿になった歴史がある。イギリス王室で代々愛され続け、時の国王チャールズ2世はキャバリアを溺愛するがあまり国務を疎かにするほどだったと言い伝えられる。

……めちゃくちゃ人間臭いなチャールズ2世。
親近感湧くわ〜。絶対いい奴じゃん。

キャバリア。愛犬クロちゃん

元々猟犬だったスパニエルを愛玩犬と掛け合わせて1920年代にはキング・チャールズ・スパニエルに、そこから1945年に今のキャバリア・キング・チャールズ・スパニエルとして固定化して登録されたらしい。
過剰交配の代償としてキャバリアは先天的に心臓が弱く、様々な疾患に罹りやすいと言われる。そして去年、健康面に問題を抱えやすいキャバリアという犬種の生態と特徴がノルウェー裁判所によって残酷だと判断され、ノルウェー国内でキャバリアの繁殖が禁止された。
日本は先進国の中でも特に動物愛護後進国だと言われて久しい。実状を調べるほどに、諸外国が動物倫理に基づき禁止している数多くの制度を今も残していることを知った。比較して動物愛護が盛んなノルウェーの司法が下した判断を、間違っていると言いたいわけではないけれど……
けれどキャバリアの生態が残酷だなんて言われると切なくなる。確かに最期は苦しそうだったよ。でもその一生が、生まれてきたことが、苦しみだったなんて誰にも言われたくない。うちの子になって共に過ごした時間は愛犬にとっても幸せだったと思いたいよ。残酷だなんて言葉の方が残酷じゃないか。

このまま繁殖が途絶えてキャバリアがこの世界から姿を消す方が遥かに残酷だと思う。僕にとっては世界一可愛い子だったよ。
ダメだ、この問題については僕は感情論でしか語れない。なにが正しいのか判断できない。
されど葛藤こそ人生。ソクラテス先生に倣い、無知の知を念頭において善く生きる道を暗中模索していくしかない。
思えば昔から、スパッと自信満々にこれが正しいと言える思慮の浅い人間が嫌いだったっけ。

愛犬の想い出はこちら

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犬と人の未来について

犬というのは実は種ではなく、学術上の分類としてはタイリクオオカミの一亜種に過ぎない。
(諸説あるが)今から数万年前、人は犬の祖先であるオオカミの群れの中から現れた人懐っこい個体と共に狩りをするようになり、より人馴れした個体が繁栄していったことが犬の始まりだとされる。
そこから様々な形で犬は人のパートナーとして活躍するようになり、文化の発展に伴って人間社会が加速度的に高度に複雑化すると犬の用途も多岐に渡り、現在登録されている400種余りにもなる多様な姿をした犬達は、わずか数世紀の間に生まれている。
自然選択による進化の流れと比較してあまりに急速な犬の進化は全て、人為的な交配を繰り返して生まれたものだ。過剰交配といえば、犬の存在自体が過剰交配の結果とも言えよう。

ノルウェーでは過剰交配の弊害による健康上の問題を残酷として特定犬種の繁殖を禁止にした。
またイギリスでは土佐犬やピットブルなどが人に危害を加える危険犬種だと認定されて飼育や繁殖が禁止されている。
我々人類は人々の嗜虐心を満たす下衆な娯楽として犬同士を闘わせようとして、気性が荒く攻撃性が強い個体の交配を繰り返して現在の姿をした闘犬を作り上げた。それが今では闘犬にされた種の性質を危険だ残酷だと言って繁殖を禁止して、その血統を途絶えさせようとしている。
今の日本では生活様式に合わせて小型犬の人気が高まり、同種においてもより小さな個体が好まれる。(認定している血統書団体もあったりして複雑なんだけど)豆柴、小豆柴、タイニープードル、ティーカッププードルなど、小さな個体を掛け合わせて生まれた柴犬やトイプードルは大きな個体よりも人気が高く高額で販売されている。

……まるでオモチャだな。

人は時代と用途に合わせて、都合よく取っ替え引っ替えしながら、意のままに犬の姿や大きさを変えてきた。
その人間が今度は、動物愛護を掲げて危険だ残酷だという理由で、特定犬種の繁殖や飼育の禁止を叫んでいる。

なにが正しいのかはわからない。
この愛もエゴなのだろう。しかし我々一人一人が思考を辞めず考え続けなければ、より良い犬と人の未来は訪れない。
人のエゴの象徴と言えなくもない犬という愛すべき存在に心を奪われた愛犬家達が、ただ目の前の愛犬を可愛がるだけで終わらず犬全体へ愛を向けて、愛犬家みんなで犬と人が共に暮らす未来が少しずつ良くなるためにはどうすべきかを考えていければいいと思う。

***

ペットショップを退職した日、大好きな尊敬していた獣医の先生に辞めた報告と経緯を伝えた。その時に送られた言葉が今もずっと胸に残っている。

「遠藤さんの真っ直ぐな気持ちは、これからも大切にして欲しいと思います。
でも、私みたいに、余計なことには片目を瞑って、さらっと流せるようになれると、もっと楽に生きられるかもね(笑)
とは言え、そうはならないで」

拝啓、先生。
僕は今も生きづらい人生を、真っ直ぐな気持ちを大切に歩んでいますよ。


PS.生き物に対して売買という書き方に拒否反応がある人もいると思うけど、実態を伝えるなら素直な表現をするべきだと考えて使用しました。

サポートしていただくと泣いて喜びます! そしてたくさん書き続けることができますので何卒ご支援をよろしくお願い致します。