宗教も芸術も、科学と同じく『世界観』の一つ(現代社会に芸術が必要な理由)

宗教的行動や魔術的行動、例えば祈ったりおまじないをしたりする人と、そうでない人の違いを心理学的に調べたところ、あまり違いはなかったそうです

違いは、人ではなく、状況にありました。多くの人は『自分の周りの状況を自分でコントロールできない』と感じると、祈ったりおまじないをしたりするそうです(Julie Fitness, David R. Cairns, and Richard J. Stevenson 2004)

人には『自分の周りの状況をコントロールしたい』という欲求がありますので、周りの状況がコントロールできないとストレスを感じます。そんなとき人は、宗教的行動や魔術的行動を行い『これで状況を変えられる』と思うことでそのストレスを下げようとするのです。

(これは、現代社会において、男性より女性の方が占いやおまじないが好きな理由でもあります。ジェンダー差別により、男性より女性の方が、自分の周りの状況をコントロールできない場合が多いので、女性の方が、そういった行動をするのです。)

このように人は、自分の持っている欲求を満たせる行動が、科学的な世界観では出来ないと思われる場合、別の世界観を『採用』し、その世界観においては欲求が満たされるはずの行動をします

(そういった行動をした人に、そういった世界観を『信じて』いるか尋ねると、信じていないと答えることも多いので『信じる』はなく『採用』と表現しました。例えば、お墓参りに行った人に「霊魂の存在を信じているのですか?」と訊くと、「うーん…100%信じているわけじゃないけど…」という答えが返ってきたりしますよね。意識的な『信じる』と、行動の原因となる『無意識的な判断による採用』は違うようです)

これには良い面もあります

例えば、ユング心理学や東洋の古い世界観では、全ての魂や命と呼ばれるものは、お互いにゆるやかにつながりあっており、個々の肉体から離れた後も、そのつながりの中に存在し続けます

この世界観を採用するならば、もう二度と会えない人への恩返しや、傷つけてしまったことへの償いも可能になります

全ての魂や命はつながっているのですから、身近にいる人を大切にすれば、その人と、もう二度と会えない人の魂もつながっていますので、本人への恩返しや償いをしたことになるからです

もちろんこの考えに科学的根拠はありません

しかし、この世界観を採用した人の心が安らかになり、周りの人も幸せになるのなら、それで良いのではないかと私は思います

さて、現代社会においては、科学に否定された宗教は、無意識がそれを採用したとしても、この意識が受け入れるのに困難がある場合もあります

しかし、芸術においてならば、その作品世界内のファンタジーを楽しむ中で、科学的世界観以外の世界観を受け入れることが可能だったりします

例えば、好きな映画を楽しんでいるときに「この世界観は科学的におかしい」なんて考えませんよね?たとえその作品の世界観が私達が日頃信じている科学的観点から見ておかしなものであっても、私たちは、その世界観を受け入れ、それを前提として、楽しんだり感動したりすることが出来ますし、その作品から何か教訓を得て、生き方を変えたりもします。

芸術によって悩める人を救えるかもしれません(^^♪

参考文献 Julie Fitness, David R. Cairns, and Richard J. Stevenson (2004). Coping With Uncertainty: Superstitious Strategies and Secondary Control  Journal of Applied Social Psychology, 2004, 34, 4, pp.848-871.


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