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スタートアップのインハウスの実情

0 はじめに

スタートアップに関わる弁護士が増えてくるなか、学生向けに、スタートアップのインハウスの実情についてお話しする機会をいただいたので、それをもとに、記事化しました。
※ スタートアップ界隈で見聞きした話も混ぜた個人の見解です。

私自身は、弁護士になって10年弱、法律事務所で会社から一般民事、刑事・少年・裁判員まで幅広い業務に携わり、
スタートアップに入ってからは、4年半弱、いわゆる法務を中心としつつも、業界団体の事務局長、上場準備責任者(定性面)やセキュリティ、新規事業など、幅広い業務に携わっています。詳しくは、以下をご参照ください。


1 スタートアップのインハウスといっても、さまざま

スタートアップのインハウスと一言でいっても、立場や時期によって、裁量や、「やること」が変わってきます。

何人目か/どの立場か

  • 1人目の法務として入る

  • 2人目以降の法務として入る

    • メガベンチャーで、すでに相当数の法務がいる

    • 小規模ベンチャーでほかに1、2人法務がいる

  • 業務委託で入る

    • 法務がいない

    • 法務がいる

1人目の法務として入ると、「法務」を構築することから携わることになります。スタートアップの法務は、組織として小さいこともあり、良くも悪くも、リードする人の、カラーや社内の立場に影響されやすく、そのままリードする立場にいれば、大きな裁量を持ちやすい傾向があります。他方で、相談フローを含め、いろいろなものを1から構築する必要があります。

2人目以降のインハウスとして入ると、基本的には「法務」はできており、1から構築する必要はありませんが(1人目の法務のマネージャーとして入る場合は別として)、裁量という意味では1人目法務よりは、弱くなりやすいです。また、業務内容は1人目の法務の考え方にも影響されやすいので、1人目法務との相性の問題も出てくるように思います。

メガベンチャーで、相当数の法務がいる中に入るとなると、段々、ベンチャーではない企業の法務に近づいてくるのではと思います(入る立場にもよると思いますが)。

入り方としては、業務委託という方法もあります。1人目の法務を採用するタイミングでは、会社に1人分の法務の業務があるとは限らず、お互いの相性を見ることもできるので、お互いがそれでよければ、いい入り方と思います。法務がいない状態での業務委託は、1人目の法務と類似しやすいところがあります。

他方で、ある程度「法務」が整っている組織での業務委託については、契約書審査など、切り出しやすい業務をお渡しすることが多いようには思います(ここも法務マネージャーの考え方によってバリエーションはあります)。

どのフェーズ(シード→アーリー→ミドル→レイター→上場後)か

  • アーリーで入る(なんでもやる)

  • レイター以降で入る(法務中心)

https://www.utokyo-ipc.co.jp/column/middle-stage/  より引用

また、アーリーやミドルで入ると、1人分の法務業務はないこともあり、法務にとらわれず、他の業務もやることになりがちかと思います(業務委託や契約社員として1人分として入らない方法もあるにはありますが)。法務は1人分なくとも、スタートアップは人が足りていないので、対処すべき業務はたくさんあるためです。

逆に、レイター以降で入れば、1人分の法務があり、法務に集中しやすいことが多いかと思います(会社のサイズにもよります)。

2 スタートアップの法務に向いている人

ここは、すでに書かれたものがあるので、簡単な紹介にとどめますが、以下の要素がある方になるかと思います。

  • 「どうすればできるか?」を考えられる人

  • 勉強熱心な人(あるいは責任感の強い人)

  • コミュニケーション力がある人

  • マネジメント力がある人

進め方のルールなども未整備なことが多いため、「どうすればできるか?」を考えることが求められ、
研修など受け身の研鑽環境は充実していない(他方で経験値を積む機会はある)ので、自分で勉強をすること、
日常業務を細かく見る人がいるわけではないので、責任感をもってちゃんと仕事ができること、
相談に来てもらわないと始まらないので、「コミュニケーション力がある」こと(チャットシステムを多用している会社ではチャット力もあること)、
「法務」を構築していかないといけないので、「マネジメント力がある」ことが求められます。

とはいえ、全てが揃っている人が入るべし、というよりは、
スタートアップのインハウスは、そうした経験値を積める環境なので、そういった志向がある人が向いているという話だと考えています。

3 スタートアップのインハウスの仕事

インハウスの仕事は、事業を事業部と一緒に進める仕事

インハウスの仕事は、事業を事業部と一緒に進める仕事と考えています。
ただ、それは、違法でも進めるという意味ではありません。
そもそも、事業部は、どんな事業でも進めればいいというものではなく、
リスクを見積って、リスクヘッジすべきなら、する方法を考え、
違法だったり、成果に対してリスクがあまりに大きかったりする場合は、止める必要もあり、法務はそこに伴走していきます。
なお、法務がリスク判断についてどこまで踏み込むべきかは多説ありますが、事業部で視点が漏れている場合、視点が漏れていることを指摘することは有益とは思います。
スタートアップは成長しないと死んでしまう一方で、大きくなるほど社会への影響力が大きくなり、レピュテーションリスクが上がるなかで、企業サイズに応じてリスク判断を変えていくといったことも考えたりします。

なお、リーガルリスクマネジメントについては、以下の著書が詳しいです。

また、外部事務所と大きく違うところは、事業部がすぐ隣にいることです。会社でチャットツールを使っていれば、事業部が相談にこなくても、本来相談が必要なものを拾うことも可能です(キーワードでピックしたり、巡回したりすることもできます)。

相談に来てもらうことも大事

原則、相談にきてもらわないことには始まらないので、相談に来てもらうための環境整備も求められます。大小様々な相談がくるので、効率化の仕組みづくりも含めて行っていく必要もあります。
相談にいったら時間がかかりすぎる・事業を潰されるなら、相談にきたくなります。
社内の信用の有無によっても、相談に行きたくなるかが変わります。
例えば、回答がストックされていて、それを見れば法務相談の時間を省略できるなら事業部・法務ともにwin-winになります。そうしたストックは、今後、生成AIなどを活用することで、botが自然と回答してくれる未来もありえます。
会社の人たちの顔が見えているからこそ、その人たちが、相談すべき事案について相談に来てくれるような研修を設計することもできます。

大きな裁量

経営判断が伴う大きなものは別として、社内で信頼を得られていれば、外部事務所に相談をしたとしても、訴訟の書面や紛争の交渉などを最終的に判断するのは、事実上、スタートアップのインハウスになる(判断が尊重される)ことも多く、その意味で、裁量は大きいです。他方で、裁量と責任は裏腹なので、責任感も求められます。

4 外部事務所とスタートアップのインハウスの関係

外部事務所との分担

外部事務所に依頼する契約・相談はごく一部のややこしいものや、責任を外と分担したいもの(訴訟など)で、大半は、中で回しています。
そのため、インハウスは大量の契約・相談を、リスクを見積もって、効率よく回すことが求められます。外部事務所をどう活用するかにあたっては、効率よく回すという観点も含まれます(社内でできなくはないが、外部に依頼する方が工数・費用の観点から効率的な場合には、外部に依頼するなど)。

外部事務所の立場

外部事務所は、指摘すべきリスクを指摘せずに、リスクが顕在化した場合、損害賠償責任を負うこともあり、インハウスとしてはそこまで(リスクサイズの小さいものまで)指摘しなくともというレベルのリスクでも指摘する傾向がありますが、これは立場の違いによるものと考えています。

また、①裁判官や行政などは人によって判断がぶれる、②過去の裁判例などと個別の事案は前提が完全に同一になりにくい、③職務規程上、断言はできないので、「おそれがある」という表現にはならざるをえないところもあります。

インハウスの立場

そうした外部事務所の立場も踏まえつつ、インハウスとしては、社内でリスク判断をしていくことが求められます。
また、外部事務所の立場ではありがちな「Aという選択肢はXというリスクがあり、Bという選択肢はYというリスクがあります。」という回答では足りず、そのうえで、どちらが、どういう理由で良いと考えるかまで求められます。「Aはできますか?」と聞かれて、「できません」で終わるのでは事業が進まないので、代替案を考える必要があります。結果として「ない」なら仕方ないのですが、考えないで、できませんはNGです。

インハウスから見てありがたい外部事務所

その上で、インハウスから見てありがたい外部事務所のスタンスとしては、以下と考えています。

  • それぞれの選択肢のリスクについて指摘しつつも、口頭でも良いので、どちらがどのような理由で良いかまで踏み込んでくれる。

  • 微妙な案件は、阿吽の呼吸で、電話で回答し、どう工夫していくとよいかを一緒に考えてくれる。

5 スタートアップの魅力と現実

事業部との距離感が近く、自分がかかわった事業が実際に走っていくのを間近で見ることができる面白さがあるというのはスタートアップでインハウスをする大きな魅力になります。
また、事業を進めるにあたって、どのタイミングで、どういうアドバイスがあると、事業が前に進みやすいか、中でどういう調整がなされるかを間近で体感することもできます。
スタートアップは、界隈で仲良くなりやすく、そういった機会も多いため、将来、外に出た場合には、彼らが将来の顧客にもなりえます。
いろんなことにトライする機会があり、弁護士✖️「他職種経験者」ということで、希少な人材になるチャンスもあります。
多くの場合は、WLBも確保されます。

他方で、ほとんどのスタートアップのインハウスの報酬は、外部事務所で会社系の業務をする事務所の報酬を超えることはないということは実態としてあるかと思います。この点に関しては、事務所にも所属して、弁護士業務の複業をして補うケースも見られます(インハウスとしての経験を活かして、他社のインハウスを業務委託で行うこともあります)。

6 最後に

スタートアップへの関わり方として、インハウスが良いのか、外部事務所が良いのかは、人によって異なると考えています。

  • スタートアップは、やりがいと裁量はあるが、いいところばかりではない。

  • 外部事務所も、WLBを求めるのは難しかったり、いいところばかりではない。

  • 濃度は変わるとはいえ、外部事務所からスタートアップにかかわる選択もある。

  • 複業という選択もあり、どちらか一方だけしか選択できないわけでもない。

大事なのは、どういう選択肢があるのか、いろんな人の話を聞いたうえで、決めることかと思います。

スタートアップのインハウスに入ろうか迷われていて、話を聞いてみたいという方がもしいましたら、以下のページにある連絡先からご連絡いただけると幸いです。


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