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【コラム】日本語教育にしっかりと投資を~技能実習見直しの育成就労案~

 2023年11月15日、出入国在留管理庁の「技能実習制度及び特定技能制度の在り方に関する有識者会議(第15回)」が開かれました。そこで、技能実習制度の見直しによる新制度の名称として「育成就労」が示されたとともに、残念な案が示されました。転籍可能が「2年以内」とされたのです

 これの何が残念なのか。これまでの議論などとともに振り返りたいと思います。


「技能実習制度廃止」への期待

 技能実習制度は、これまでこのような歴史をたどっています。

  • 1991年 国際研修協力機構(JITCO)が誕生

  • 1993年 「技術の移転」を目的とする技能実習制度が始まる

  • 2010年 出入国管理及び難民認定法が改正され、生産活動などの実務が伴う技能習得活動は技能実習制度に一本化される

 もともとは、技能実習制度は「技術の移転」という国際協力を目的とした制度です。1990年代のバブル景気により、労働需要が高まり、創設された制度だったようです。

 しかし、日本の少子高齢化の高まりによる人口減と人手不足により、多くの外国人が技能実習生として日本社会を支えています。法務省によると、2022年12月末現在、技能実習1号イ、技能実習1号ロ、技能実習2号イ、技能実習2号ロ、技能実習3号イ、技能実習3号ロを合わせると324,940人が在留。2012年12月末は、技能実習3号がまだなく、計151,477人。この10年で倍増しています。

 しかし、技能実習生をめぐる就労環境、生活環境の悪化が指摘されます。米国務省人身取引報告書でも、「移住労働者の労働搾取目的の人身取引の報告が依然としてある」などと指摘をされており、国際的にも批判された制度でした。

 そこで、技能実習制度の見直しのため、国際協力機構(JICA)の 田中明彦理事長を座長とする有識者会議が2022年12月から開催されています。2023年5月には、「技能実習生廃止」という中間報告がされ、外国人支援をする多文化共生関係者たちは期待が高まりました。

「転籍1年で可能」がさらに後退

 ただ、2023年10月の有識者会議で示された最終報告に向けた議論で、「就労から1年を超え、一定の日本語能力がある場合に転職が可能となる」という案が示されてから、少し雲行きが怪しくなります。現行の技能実習制度では、国際貢献が前提だったため、基本的に受け入れ先の企業で実習し、転職は不可でした。しかし、日本渡航のために母国で抱えた借金を返済するため、より待遇の良い仕事を求めて実習生が失踪するなどのケースが相次ぎました。そこで、技能実習に変わる新制度では転職を認める方針が示されました。

 私としてはこの報道を見て、「技能実習制度をマイナーチェンジした程度」としか思えませんでした。転職ならば、2019年に新設した特定技能制度では認められています。技能実習の廃止という不退転の覚悟の制度としては、あまり変化がないような…。

 しかし、この転職可に反発したのが、現在技能実習生を受け入れている企業。「せっかくお金をかけて育成した外国人がよそに行ってしまう」「待遇の良い都会に労働力が流出してしまうのでは?」・・・。

 そして出たのが、今回の「転職は2年以内」と、企業に配慮した案が示されたのです。

きちんと日本語教育に投資を

 簡単に、外国人就労での制度による違いなどをまとめてみました。

 やはり、これほどまでして技能実習の要素を残した新制度をつくる背景には、「あまり日本語教育にお金をかけたくないのでは?」と勘ぐってしまいます。技能実習や、案が示された育成就労では、日本語能力試験(JLPT)で一番下のN5(基本的な日本語をある程度理解することができる)程度です。大体、学習時間の目安は約150時間なので、毎日3時間勉強しても、1年ほどかかります。その条件で受け入れていて、「日本語くらい覚えてこい!」と非難する。

 一方、特定技能は、ビザを取得するためには、日本語試験と、技能試験(例えば介護ならば、介護にまつわる試験)が課せられ、合格する必要があります。日本語試験は、N4レベル(基本的な日本語を理解することができる)と言われています。学習時間は300時間程度なので、2年間ほどかかります。もちろん、日本語学校に通えば、それだけ授業料がかかります。就労ビザ介護で働こうとすると、介護福祉士試験に合格する必要があり、そのためには短大や専門学校の介護士養成施設で学ぶ必要があり、そこに入るには、N2(日常的な場面で使われる日本語の理解に加え、より幅広ひろい場面で使われる日本語をある程度理解することができる)レベルの日本語が求められます。

 労働力は欲しい。でも、あまり育成費用はかけたくない・・・。それが本音でしょうか。しかし、これからの人口減社会を考えると、外国人材の活躍の場をしっかりつくることは、社会の維持につながります。日本語教育は、大事なインフラです。新制度が、日本社会にとっても、これから働こうとする外国人材にとっても、win-winな制度となることを望みます。

山路健造(やまじ・けんぞう)
1984年、大分市出身。立命館アジア太平洋大学卒業。西日本新聞社で7年間、記者職として九州の国際交流、国際協力、多文化共生の現場などを取材。新聞社を退職し、JICA青年海外協力隊でフィリピンへ派遣。自らも海外で「外国人」だった経験から多文化共生に関心を持つ。
帰国後、認定NPO法人地球市民の会に入職し、奨学金事業を担当したほか、国内の外国人支援のための「地球市民共生事業」を立ち上げた。2018年1月にタイ人グループ「サワディー佐賀」を設立し、代表に。タイをキーワードにしたまちづくりや多言語の災害情報発信が評価され、2021年1月、総務省ふるさとづくり大賞(団体表彰)受賞した。
22年2月に始まったウクライナ侵攻では、佐賀県の避難民支援の官民連携組織「SAGA Ukeire Network~ウクライナひまわりプロジェクト~」で事務局を担当。
2023年6月に地球市民の会を退職。同8月より、個人事業「人とヒトの幸せ開発研究所」を立ち上げ、多文化共生やNPOマネジメントサポートなどに携わる。
同10月に、「一般社団法人多文化人材活躍支援センター」を立ち上げ、代表理事に就任。ウクライナ避難民当事者が立ち上げた団体として、避難民支援事業や、外国人材の受け入れをする「外国人材定住支援事業」などに携わる。

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