【えいごコラムBN(34)】馬肉騒動
2013年1月、イギリスで「牛肉100%」と表示されたハンバーガーや冷凍食品に馬肉が混入していることが判明しました。
あるスーパーで売られていた冷凍ラザニアなどは、牛肉100%のはずがじつは馬肉100%だったそうです。
この一件は、冷凍食品の製造元であるフランスとの国際問題に発展するなど大騒ぎになり、 horsemeat scandal (馬肉騒動)とまで呼ばれました。
これは、表示のない原料が食品に混入されていたわけですからもちろん問題ですが、ここまでの大騒動になったのはやはり、イギリスに馬肉食の習慣がなく、むしろ「馬を食べる」ことに対する根強い嫌悪感があるためでしょう。
『ガーディアン』紙もこの件に関して多くの記事を掲載しています。
流通経路を追うものから衛生面の分析までさまざまですが、ひとつだけちょっと毛色の変わった記事を見つけました。
「そもそも、なぜ馬肉を食べないのか?」というものです。
面白かったので一部をここで読んでみましょう。
記事の筆者は、馬肉騒動は本質的には食品偽装問題だと述べつつも、次のような点を指摘しています。
“in question” は「問題になっている」という意味です。
“religious ban” は「宗教的禁忌」、 “moral aversion” は「倫理的嫌悪感」です。
この件で問題となっている食品には表示外の豚肉も混入されていました。
イスラム教やユダヤ教が豚肉を食べるのを禁じていることを考えれば、イギリスにはこれらの宗教の人々も大勢暮らしているのですから、こちらの方がよほど深刻な問題のように思われます。
しかし実際には豚肉の混入はほとんど注目されませんでした。
このことは、この騒動がけっきょく馬肉を食べることへのイギリス人の反感から生じたものにすぎないことをよく示しています。
でも、なぜそんな反感を抱くのか? 馬肉は世界じゅうで愛好されてるのに、と筆者は論じます。
“bluefin tuna” は「クロマグロ」、 “otoro” はずばり「大トロ」です(!)。
筆者は、日本では寿司ネタとして大トロの代わりに馬肉が使われることがあると述べています。
また馬肉が牛肉よりも脂質の少ないヘルシーな肉であることも指摘しています。
さらに馬肉は “venison” (鹿肉)と似た “gamey flavour” (野趣のある味わい)だと称賛しています。鹿肉はOKなんですね・・・。
“lump ~ in with …” は、「~を … と同列とみなす、一緒くたにする」ということです。
馬はイギリスでは “sporting animal” (競技用の動物)、もしくは “companion animal” (連れ合いとしての動物、ペット)であって、豚や牛とは一緒くたにできないものと見なされているのです。
ヨーロッパでもフランスや東欧では馬肉食はわりと一般的なのですが、イギリスでは、乗馬や狩猟など上流階級の文化と深く結びついているせいか、馬を特別視する傾向が強いようです。
しかし現実には、馬はさまざまな理由で処分され、その一部はペットフードなどに加工されています。
年に数千頭が英国内で屠殺されて食用に輸出されているという試算もあるようです。
そんなことならその馬肉を国内で消費する方が理にかなっている、と筆者は結論づけています。
イギリスでも、エディンバラの L’Escargot Bleu など、馬肉を供するレストランはあって、人気を博しているそうです。
皆さんも機会があれば「イギリスの馬肉料理」を試してみてはいかがでしょうか。
ところで、筆者のマッケンジーさん、ひとつ言いたいことがあるんですが・・・。
馬刺しは馬刺しです。
けっして鮪の大トロの代用品じゃありませんよ。
(N. Hishida)
【引用文献】
Mackenzie, Sophie. “Would you eat horsemeat?” The Guardian 16 Jan 2013.
(タイトルのBNはバックナンバーの略で、この記事は2013年8月に川村学園女子大学公式サイトに掲載された「えいごコラム」を再掲しています。)