見出し画像

『僕の人生には事件が起きない』 ラジオDJと俳人の共通点

この本は、ハライチ岩井が日常の中で体験した些細な出来事について綴った25本のエッセイをまとめたものである。これを読んで私はその出来事のあまりのどうでもよさ、そしてそれを受け止める岩井の感性の豊かさにとても心惹かれた。

いきなりだが私は俳句を嗜んでいる。句会にも参加してそこそこ真剣に取り組んでいる。私は始めこの本を単に好きな芸人の面白いエッセイ集と思って読んでいたが、読み進むうちに極めて俳句的な要素が含まれていることに気が付いた。

この本に興味を持ったのは「ハライチのターン」という深夜ラジオがきっかけである。二人のトークはテレビとは違った話術の面白さがあり、特にテレビではあまり目立つ方ではない岩井がものすごくテンションを上げたり面白いトークを繰り広げていることに驚かされた。そこから番組内で紹介されていたこの本を知り、手に取るに至ったのである。

 その文体は、まるでラジオのトークをそのまま聞いているようで、落ち着きがありながらも軽妙で最後まで全く飽きなかった。しかし内容はというと、あまりにどうでもいい。エッセイの題材となる出来事の一つ一つは、あまりにもしょーもないのだ。

 岩井は別段何も特別なことをしない。どちらかと言えば受け身の姿勢だ。そうそう刺激的なイベントは起こらないし、誰かを誘って出掛けることも少ない。通販ででかい棚を買ったとか、家の雑草に手を焼いてるとか、そんな一般人にも起こりそうなことばかりだ。しかし普通ならそれらを単にイライラしたことや疲れたこととして終わらせたり、また何の感情も抱かず受け流したりしてしまう。そこを岩井は出来事一つ一つを見落とすことなく拾い上げ、立派なネタへと仕上げていく。この注意深い作業を積み上げて出来上がったエッセイが、実に25本。これが岩井の凄さ、面白さなのである。

 そしてこれは俳句の営みと全く同じである。俳句はどんなものでも題材になる。詠み手がその気になればどんなつまらないものでも、不快なものでも、立派な俳句の題材になりえる。その題材を発見することがいわゆる感受性であり、俳句の腕前の一つである。日常のありふれた景色の中にどこまでネタを見出だせるかが俳句の面白さであり、難しさなのだ。そしてそれを違った形でなし得ているのが岩井なのである。

 本書は「僕の人生には事件が起きない」というタイトルだが、実際岩井は様々な事件に出会っている。普通なら見過ごしてしまう小さな事件に気付く目を持っているのだ。我々もどこか遠くへ行かなくても、結構色んなものに出会っているのではないか。暮らしの中で着眼点を普通から少しずらして、面白いものを探してみれば、私も本一冊分の経験ができるかもしれない。そしてもっとたくさんいい俳句ができるかも知れない。

 俳人としての心構えを改めてこの本に思い出させられた。

岩井勇気『僕の人生には事件が起きない』新潮社 2019

この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?