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読書感想文『しゃばけ』―陰陽の取り合わせが映えるファンタジー捕物帖

※ネタバレあり

 今回読んだのは、僕僕先生と同じく日本ファンタジーノベル大賞受賞作品の「しゃばけ」。シリーズ開始から20周年を迎えた大人気シリーズです。

 物語の舞台は江戸時代、裕福な商家の若だんな「一太郎」は病弱だけど優しくて知恵のはたらく男。そんな彼の周りにはたくさんの妖怪たちが常におり、若だんなはその妖怪たちとともに江戸を騒がす連続殺人事件に立ち向かうことになるのです。

 表紙の絵が可愛いこともあり、はじめはほのぼのファンタジーかなと思っていたら、意外なことにかなり本格的なミステリーでした。思っていたのと違う方向に物語が展開したのでびっくりしましたが、期待はずれということは全くなく、妖怪たちが事件の謎を解き明かしていく過程にどんどん引き込まれていきました。

 文章は地の文も台詞も江戸落語や講談のような小気味良いリズムで、比喩表現もウィットが効いている粋な文体です。例えば若だんなが強盗に襲われて気を失い、目の前が真っ暗になるというシーンでは「闇は手燭を吹き消したときのように、あっという間もなく来た」と当時の照明を用いてどこか情緒の漂う言い回しをしています。またその後の若だんなが襲われたことを知った彼の両親の様子については「殺されかけた日から(中略)数日は親の顔色が藍で染めたようになっていた」と表しています。これもなかなか古典落語っぽい知的な言い方ですね。この言葉のチョイスのセンス、響きの美しさがなんとも心地いいのです。

 そうした文体の心地よさもさることながら、この物語の最大の魅力は「陰陽の混ざり合い」ではないでしょうか。物語中では妖怪は単なるキャラクターとしてだけ登場するだけではなく、物語の重要な軸、事件の謎の核心として登場します。このファンタジーとミステリーという異色の要素が絶妙なバランスで融合しているのです。また若だんなを始めとする商人たちの暮らしや妖怪たちの可愛らしくはしゃぐ明るい場面と、殺伐とした殺人事件や犯人との対決という「日常と非日常」、「明と暗」がテンポよく切り替わることで緊張と緩和を繰り返し、最後まで飽きさせないリズムを作り出しているのです。この陰陽の取り合わせこそが「しゃばけ」という作品の最大の魅力でなのです。

 さて、物語の終盤では一連の殺人事件が単なる人殺しではなく、妖怪が一枚噛んでいることが分かります。それを解決できるのは妖怪と共に暮らす若だんなのみ。そして最後はある大妖怪から若だんなの出自にある霊薬が関係しており、彼の体に残るその霊薬の残り香が下手人の妖怪を引き付けていることが分かります。自分のせいで犯行を招いていると知った若だんな。さらにその大妖怪は、若だんながこの世に災いを招く者であるのなら人間の世界から引き離し、神様の元で暮らすことになると言い渡します。これはつまり死ぬこととほとんど同じ。もちろん病弱な体を押して下手人退治などあまりに危険です。しかし事件が収まるのをじっと待つことも許されません。若だんなと使用人たちは厳しい決断を強いられます。色んな物語で思いますが、こうしたジレンマとか苦しい板挟みといった状況を作り出せる作家さんは本当にすごい発想力だなと思います。

 最後は奮起して妖怪退治に望む若だんな。ありがたい護符と魔よけの刀を手に、弱い体を押して妖怪退治に乗り出します。この決断は正義感に満ちた英雄というより、自身の運命を憂いながらもなんとか受け入れて立ち向かおうとする悲壮な姿であると思いました。

 作中に出てくる妖怪たちのほとんどは特殊な術を使ったり、人を食らったりという恐ろしいものはあまり出てきません。犬神と白沢は腕っぷしが強くて並みの妖怪では敵わない存在ですが、他の多くは可愛らしく動き回ったり、駆け回って聞き込みをしたりと若だんなの友達のような感じです。特に鳴家なんてかわいいですよ。マスコットキャラみたいな感じです。そしてこの異形のものが生活のごく近くにいるという距離感は、この時代の人々の妖怪の捉え方を表しているのではないでしょうか。昔の人間にとっては妖怪、あるいは目に見えないスピリチュアルな存在は至極身近なものだったのではないかと思えてくるのです。自然に今よりずっと身近に接し、道具にはたくさん手間をかけて手入れをしていた昔の人は、現代よりもモノへの愛着と畏敬の念が強かったのではないでしょうか。そしてそのようにモノに親しみを持って接するから、妖怪や付喪神がいてもおかしくないと思えたのではないでしょうか。江戸の人々にとって妖怪は絵空事や遠い異世界のものではなく、身近で気軽な存在だったのではないかと思います。

 しかし今回は妖怪独特の特殊な力が発揮されていないのが少し物足りないような気もします。これから先、それも描かれることになるのでしょうか。これからどんな物語が展開されるか楽しみにしながら、早く最新作に追いつきたいと思います。

畠中恵『しゃばけ』新潮社 2002

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