見出し画像

日記「だからアジア料理店は楽しい」

 私の趣味の一つに食べ歩きというのがある。ネットで調べたり街を歩き回ったりして美味しいレストランを探すのだ。

 先日入ったのは神戸の元町駅に近い中華料理店で、本格的な香港料理が楽しめる。兼ねてから気になっていたのでランチに行ってみることにした。

 まず入ると重厚な四人掛けのテーブルがいくつも並ぶ。店内は広くて人を呼ぼうとしてもなかなか声が届かない。ややあって店員に気がついてもらえて席に通された。そして最初のサービスで驚いた。普通ならまず水が出てくるところを、大きい急須と湯飲みをドンと置かれたのだ。店員曰く「ジャスミン茶です」と。なんとここはジャスミン茶が無料で飲み放題なのだ!中国茶が大好きな私には堪らない。

 そのお茶と同時にメニューが渡される。さぁ楽しみはここからだ。私は飲食店のメニューを見るのが好きなのだ。特に頼む訳ではなくても「うわーこんな料理あるんだ!」と見るのが楽しい。その店のメニューには餃子や唐揚げなどお馴染みのものから、フカヒレ、アワビといった高級食材、さらにはカエルの揚げ物なんてものまである。メニューだけでもなかなか見応えがある。色々迷った挙げ句今回頼んだのは

・えび餃子
・焼餃子
・アワビと若鶏の蒸し物
・揚げワンタンのお粥
・蒸し鶏の葱生姜ソース
・青島(チンタオ)ビール

の6品である。中華となれば青島ビールは外せない。このビールは材料にお米を含んでいるため独特の旨味と香ばしさがあり、中華料理との相性が抜群なのだ。

 ひとしきり注文を終えるとしばらく待ち時間がある。普通ならここで暇つぶしにスマホでも取り出すところだろうが、私は違う。店の内装を見るのだ。壁には木の枠を複雑に組み合わせた欄間や赤い水引、さらに「財産増進」「健康幸福」(正確には覚えていない)のような四字熟語の札などおめでたい飾りがいくつも垂れ下がる。また席からは厨房もよく見える。ひしゃげたコック帽に黒縁眼鏡という絵に書いたような中華のシェフが二人忙しく立ち回っていて、飛び交う言葉は中国語で全く聞き取れない。ここ、これが大事なのだ。店員がネイティブ。これだけで割り増し美味く感じる。対応してくれる店員はもちろん日本語なのだが、若干訛りがあるのがまた良い。あぁ本格中華の店に来たのだ、とひしひしと感じる。

 そうこうするうちにビールと蒸し鶏が来た。鶏を葱と生姜に絡めて頂くと、これが美味い!生姜の辛味の中にほのかな甘味があってそれが鶏の脂とマッチする。ビールにももちろん合うが、意外なことにジャスミン茶とも相性がいい。肉の上にパクチーが添えてあるのもいいアクセントだ。

 次に来たのがお粥。トロトロの米は粒をわずかに残し、薄い揚げワンタンと薬味の葱がトッピングしてある。
 中華粥という料理はなかなかの難物で、店によっては匙が止まらないほど美味しいものもあれば、インスタントっぽい詰まらないものまでピンキリである。さてここのは如何なものかと一口頂くと、これが美味い!出汁が効きながらも味が濃すぎず、葱の辛味がお米の味を引き立てている。そこに水分で程よくふやけた揚げワンタンが香ばしい。

 続けて餃子とアワビと若鶏の蒸し物が来た。餃子はタレと一緒に出てきたが、まずは何も付けずに頂く。これが美味い!意外とニンニクやスパイスの強いものではなく穏やかな味だ。二口目はタレで頂くと、ここで衝撃が走った。ラー油ともコチュジャンとも違うクセの強い味と香りが口の中に広がった。これまで中華街の店も含めて色んな中華を食べてきたが、この味は始めてだ。しかしこれも美味い。このタレとマッチするために餃子そのものは控えめの味だったのだろう。そして蒸し物。これが美味い!柔らかい脂たっぷりの肉は甘味とわずかな塩気が効いていて、噛むたびに旨味が溢れ出る。

 そして最後がこの店自慢のえび餃子。これが美味い!えびがまるごと入っていて、プリプリとした食感がたまらない。飽きの来ない淡泊な味だが、醤油を少し付けてみてもいい。

 少し頼みすぎた感じもしたが、どれも美味しくて大変満足だ。これはリピート確定である。

 そんな風に食事をしていると、小さい子どもを連れた4人家族が入ってきた。子どもは小学校低学年ぐらいの男の子と幼稚園ぐらいの女の子。一家は入ってくるなり厨房のコックや店員たちと親しげに話をし始めた。ここの常連客だろうか。店員の方からも何か話しかけている。程なくして私の隣のテーブルにつくと、お父さんが店の奥から子ども用の椅子を手ずから持ってきた。さらには厨房に入ったり、店のベランダに出たりと自由気ままに振る舞っている。常連とはいえ店に慣れすぎだ。

 私はジャスミン茶を飲みながらのんびりその様子を見ていた。するとそのお父さんが私の空いた食器を見て「あ、お下げしますね」といって厨房へ持っていった。そのお父さんは常連客ではなく店員だったのだ!そりゃ店の勝手も知っているはずだ。この店には制服がないので客との見分けがつかなかったのである。そのあともその店員一家は賑やかに食事を続けた。お父さんはぱたぱたとレジやテーブルを回りつつ時々席について子ども達に食べさせている。小さい子どもたちが「おいしい!」と言うのが何とも微笑ましい。私はしばらくその声を聞きながらお茶をもう何杯か頂いたあとお会計を済ませ、店を後にした。

 私はこの気楽で賑やかな光景こそがアジア料理店の魅力だと思う。店員の家族が家庭の延長のように店を訪れ食事をする。子どもたちが多少歩き回ってもさほど叱られない。お店と生活が近い距離にあるこの感じは、恐らくネイティブであろう人たちがやっているアジア料理店では割とよく目にする。家族連れでなくても、店員が隣のテーブルでまかないを食べ始め、厨房で仲良さげに言葉を交わす。客に対して過度に気を遣っていないのだ。そういうところを目にすると和やかな雰囲気と異国情緒に「あ~居心地いいな~」ととても心が安らぐ。そこには単なる店員という役割ではなく、生きた人間がいる。その息遣いを感じられるのがアジア料理店の、そして食べ歩きの醍醐味なのだ。

 客も店員も肩肘をはらない心地よい空間。舌でも目でも耳でも味わう遥か海の向こうの文化。だからアジア料理店は、楽しい。

 ちなみに今回はさんざん迷って頼まなかった料理もたくさんある。次に訪ねるときは是非とも違うメニューを堪能したいものだ。あのカエルの揚げ物というのも一度挑戦してみようか。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?