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見たくても見れない、あの映画 ~DVD化されないから余計に見たい…

 僕は映画が大好きで、中でも1960年代末~70年代のアメリカン・ニューシネマに大きな影響を受けた話は、既にnoteにアップした各稿で書いている。それらの映画については、機会があれば順次書いていくつもりだ。
 一方で、かつて見た1960年代末から1970年代に封切りされた映画で、自分の中では「この映画はいい」と力説するほどではないが、なんとなく懐かしく思い出され、もう一度見てみたいという映画がいくつかある。それらの映画のうち、もう映画館で2度と上映されることもなく、TVでも放映されず、ネットの映画サブスクにもない、しかもDVD(BD)ソフト化されていない…という、現在は見たくても見られない映画がいくつかある。以前、知人の配給会社の人に聞いたら、DVD(BD)化されない理由は、「採算が採れない」「権利関係が複雑」など、いくつもあるらしい。ともかく、そうした「懐かしいけれど、今は見られない」映画、「見られないからこそ余計に見たい思いが募る作品」を、いくつか挙げてみる。
 念のために断っておくが、本稿で挙げる3本の映画は、いずれの作品も「お勧めしたい傑作映画」というわけではない。


■ナタリーの朝

 「ナタリーの朝(Me,Natalie)」は、日本では1970年に封切りされたアメリカ映画だ。現在、日本語版(日本語字幕付き)のDVD化、BD化はされていない。かつて日本語字幕が付いたVHSパッケージが商品化されたことがあり、2000年代初め頃まではビデオ屋でレンタルされていたらしい(詳しいことは知らない)。
 僕は、この映画をいつどこの映画館で見たのかはっきりした記憶がないが、おそらく高校生から大学生時代にどこかの名画座で見たのだろう。その後、30代の頃に地上波のTV放映で見た記憶がある。だから2回見ているわけだ。「名画」と断言できるほど細部の内容を記憶していなかったが、妙に心に残る映画であることは確かだ。ましてや、僕が憧れた60年代末のニューヨーク、それもグリニッジ・ビレッジを舞台にした映画で、加えて主人公がバイク(スーパーカブ)に乗っているとなれば、なおさら記憶に残っている。
 僕がこの映画を無性にもう一度見たくなったのは還暦に差し掛かった10年くらい前からで、その時点ではレンタル落ちの中古VHSビデオが高い価格で売っていただけだった。さすがにこれを買う気はしなくて、現時点では見ることができず、いつかDVD化されるだろうとささやかな望みをつないでいるのが現状だ。
 
 映画のあらすじは次のようなものだ。 
 …ブルックリンに住む少女ナタリーは、容姿にコンプレックスを持っている。学生運動に参加してカレッジを中退、家を飛び出してグリニッジ・ビレッジで一人暮らしを始める。周囲の自由奔放な人々との出会いによって、ナタリーは次第に自分自身を受け入れ始める。階下に住む画家志望の青年デビッドとの恋や様々な人との交流を通して、自分の個性を受け入れて自らの価値や内面の美しさに気づいていく。デビッドに妻がいたことによる失恋を乗り越えて、未来へ向かって歩みだす…
 要するに一人の平凡な女性の成長物語であり、青臭い「青春映画」といってもいい。
 
 ナタリー役を演じたのはパティ・デューク。パティ・デュークと言えば、ヘレン・ケラーとサリバン先生の偉業を描いた1962年の映画「奇跡の人」のヘレン・ケラー役が真っ先に思い浮かぶ。…というか、「奇跡の人」以外の出演映画では、「哀愁の花びら」(こちらはDVD化されている)」くらいしか思い浮かばない。ちなみに、1979年のテレビムービー版の「奇跡の人」で、パティ・デュークは今度はサリバン先生役を演じている。テレビでもけっこう活躍していたようで、1963~66年に放映されたホームドラマ「パティ・デューク・ショー」(僕は見たことがない)は人気だったそうだ。ともかく、若きパティ・デューク(当時は20代後半)の顔・表情・雰囲気は、映画のストーリーにぴったりと馴染んでいた。そしてこの映画は、アル・パチーノが端役で初出演した記念すべき作品でもある。
 
 個人的なこの映画のハイライトは、主人公がブルックリン・ブリッジをスーパーカブで走るラストシーンに尽きる。カブに乗ってブルックリンへ帰るナタリーが、ブルックリン・ブリッジの上で一瞬スピードを落として、いろいろなことがあったマンハッタン島の方を振り返る。そして家に向かって走り出すナタリー。橋の上を疾走するスーパーカブ。カメラが徐々に引いていき、最後の航空写真のような遠景のショットでは、ブルックリン・ブリッジの全景とマンハッタン島の南部が一望できる。バックを流れるヘンリー・マンシーニの音楽が印象的だ。
 
 「ナタリーの朝」は、海外では2016年に初DVD化され、次いで2020年に初BD化されたが、むろん英語版だ(amazonで購入可能だがリージョンコードが違うので日本では再生できないプレーヤーが多い)。日本語版(日本語字幕付き)のDVDが発売されないのはなぜだろう。そして英語版なら全編をYouTubeで見ることができる。画質は悪くとも映画の雰囲気とストーリーを十分に味わうことができるのは有難いが、著作権の問題でいずれ見られなくなるかもしれない。
 
 「ナタリーの朝」という映画は、先に挙げた印象的なラストシーンだけでなく、随所に主人公が乗るスーパーカブが出てくる。後ろにかごを付けたカブは、当時のマンハッタン、グリニッジ・ビレッジの街並みに溶け込んでよく似合っている。バイク好きの僕にとって、「スーパーカブ」はこの映画のもうひとつの主役だ。

 「ナタリーの朝」についての情報をネット上で検索していたら、こんな個人サイトを見つけた。モーターサイクリスト誌の1970年3月号「映画案内」で、この映画が紹介されていたという。「…彼女といっしょに見に行けば、きっと彼女もモーターサイクルに乗りたいと言い出すョ…」というセンテンスには笑った。
 僕は、高校時代からモーターサイクリスト誌を読んでいた(当時オートバイ雑誌は3誌しかなかった)。バイクが登場する映画を紹介するこの「映画案内」のコーナーも、必ず読んでいたはずだ。しかし、僕がモーターサイクリスト誌を読み始めたのは1973年からで、従ってこの記事の記憶はない。現在手許に保存しているいちばん古い同誌は、1977年4月号だ。ちなみにこの号の映画案内を見たら、「デス・ライダー」と「パニック・イン・スタジアム」の2本の作品が紹介されていた。

■カトマンズの恋人

 「カトマンズの恋人(Les Chemins de Katmandou)」は、先に挙げた「ナタリーの朝」と同じ年、1970年に公開されたフランス映画だ。確か高校2年か3年の頃に、名古屋の映画館で見た。この映画も、TV放映もされていないし(知らないだけかも…)、現時点でDVD化されていない(仏語のPAL版が存在するらしい)。
 
 映画のあらすじは次のようなものだ。
 …パリ五月革命の結果に絶望した青年オリヴィエは、失踪した父親から養育費を受け取るために、ネパール・カトマンズへ向かう。旅の途中で、ヒッピーの少女ジェーンと出会い、自由奔放な彼女に惹かれていく。カトマンズに到着したオリヴィエは、父親が麻薬中毒に苦しんでいることを知り、さらに失望する。一方、ジェーンは麻薬の売人に追われ、オリヴィエは彼女を助けようとする。しかし、オリヴィエはジェーンの自由な生き方に次第に疲弊し、二人の関係は悪化していく。さらに、ジェーンが麻薬中毒に陥り、オリヴィエは彼女を救おうとするがうまくいかない。絶望したオリヴィエは、カトマンズを去ることをと決意し、ジェーンと別れて一人旅立つ…
 未来へつながる明るい結末の映画ではなく、全体的に虚無感が漂う不思議な雰囲気の作品だった。
 
 この「カトマンズの恋人」、ストーリー設定、主人公の生き方・背景、撮影地、ファッションなど、もう何から何まで「60年代末という時代」を反映した作品である。あぁ…、パリ五月革命、ヒッピーの少女、麻薬…と時代を象徴する3点セット。まるで60年代末の「三題噺」だ。僕の世代が今思うと、よくこんな陳腐なストーリーの映画を撮ったものだと笑ってしまう。
 でも、映画館で初めてこの映画を見た時、高校生の僕はけっこう感動した。いや「感動」と言うよりも、いろいろと考え込んだ記憶がある。そしてまだ見ぬカトマンズという都市へ、行ってみたくなった。
 
 60年代末~70年代当時のカトマンズはバックパッカーの聖地であり、一時期インド音楽に傾倒したビートルズのメンバーも訪れている。
 僕は、この映画を見て7~8年後の1979年に、インド各地を放浪した後にネパールのカトマンズを訪れた。タメルの安宿に沈没して毎日当てもなく街中を徘徊していたのだが、当時のカトマンズは「カトマンズの恋人」の中に出てくる街並み、雰囲気そのものだった。夜になると、たくさんの野犬が出没して怖かった。泊まっていたタメルの安宿では、入口奥の共用スペースで外国人のバックパッカー達が、ごく自然体でマリファナを回して談笑していた(むろん僕にも回ってきた)。お札を丸めて、鼻からコカインを吸っているヤツもいた。そこにはまだ、「カトマンズの恋人」で描かれたヒッピー文化の残滓が確実にあった。
 
 この「カトマンズの恋人」という映画は、今考えると「気恥ずかしさ」を感じる作品だ。映画のストーリーが恥ずかしいというより、この映画を見て感動し考え込んだ当時の自分が何となく恥ずかしい。だからこそ、年を取った今になって、もう一度じっくりと見てみたいという思いが募る。ああ、もう一度見たい、見たい…

■ダブ

 「ダブ(The Dove)」は、日本で1975年に劇場公開されたアメリカ映画だ。この映画を見たのは公開から3年後ぐらいの1978年頃で、勤め始めたばかりの僕は、営業の仕事の合間にさぼって入った新宿の映画館で見た。現時点では未DVD化作品である。
 
 あらすじは次の通り。
 …17歳の高校生ロビンは、7メートルの小さなヨット「ダブ号」で世界一周をするためにカリフォルニアのサン・ペドロ港から出航した。同乗するのは仔猫のジョリエッタ。ハワイからサモアを経由してフィジー島へ。そこでロビンはパティという世界をヒッチハイクしているアメリカの女子大生と知り合う。そのフィジー島で愛猫がトラックに轢かれて死ぬ。悲しむグレアムをパティが慰めてくれ、それを機に交際を申し込むが振られてしまう。しかし、ロビンはパティを諦めきれない。その後ロビンは、パティを追っかけ、ようやく二人は結ばれる。様々な苦難と葛藤を乗り越えて世界一周を成し遂げたロビンは、サン・ペドロ港に帰港してヒーローとして迎えられる…
 
 それで、この映画の何が面白かったのか、どこに感銘を受けたのかと問われても、うまく説明できない。第一、主人公の行動の細部についてよく覚えていなかった。年上の女性との恋についても、ベッドシーンと結婚式のシーンぐらいしか記憶になかった(現時点ではYouTubeで見て記憶を取り戻している)。全体的に見て、甘ったるい青春映画、恋愛映画としか言いようがないのだ。この映画を、「いい映画」だと誰かに勧める気は全くない。よく言ってB級映画だろう。
 でもこの年になって、かつて映画館で見た時のこと、断片的なシーンを鮮明に思い出すのだ。特に大海原を航海するヨットと、それに乗る少年の姿が強く印象に残っている。しかも、航海のシーンで必ずバックに流れる音楽がいい。本稿を書くにあたって調べたら、主題曲はジョン・バリーだった。いかにもジョン・バリーらしい軽快さと雄大さを併せ持つメロディだ。ともかく、音楽と映像の組み合わせが、非常に記憶に残る映画だった。
 
 この「ダブ」と似たような感覚(内容よりも雰囲気)で、初見の時を思い出す映画となると、「カリフォルニア・ドリーミング」(1979年)を挙げることができる。ママス&パパス「夢のカリフォルニア」(使われたのはカバーだけど)をバックに、巨大な波の上を滑るサーファーの姿を思い出す一方、主人公の少年の姿や行動については曖昧な記憶しかない。でも、「カリフォルニア・ドリーミング」はDVD化されていて、いつでも見ることができる。
 
 「ダブ」はDVD化されていないが、「ナタリーの朝」と同様にYouTubeで英語版の全編を見ることができる。低画質だが、しっかりと映画の雰囲気を楽しむことはできる。でも「ダブ」は、もう一度映画館で見るか、DVDかBDを大画面TVで高画質映像で見てみたい…

■突然のDVD化を期待する…

 DVD化と言えば、劇場公開後30年間以上も一度もDVD化されることのなかった「カリフォルニア・ドールズ」が、2015年に突然初DVD化されたことがある。
 「カリフォルニア・ドールズ」は、掛け値なしに名画だと思っている。1982年の日本公開以来、リバイバル上映のたびにファンを増やし続け、映画ファンのみならずプロレスファンまでも魅了してきた映画だ。もっともプロレスファンが注目するのは、この映画に懐かしい「ミミ萩原」と「ジャンボ堀」の2人が出演しているからだろうけど…。本稿の主題から外れるし、まだ見ていない人のためにもストーリーの詳細は書かないが、要するに「アメリカ各地を転々と巡業して廻っている売れない女子プロレスラー2人と中年マネージャーが、ついに成功を収めるまで」…を描いた作品だ。僕の大好きな「アメリカン・ロードムービー」でもある。中年マネージャー役のピーター・フォーク(あの刑事コロンボ)がいい味を出している。この映画がいかにいい映画なのかを語り始めたら、数千字は書いてしまうだろう。ともかく、僕はこの映画を初めて見た時に「泣いた」のだ。2015年にDVD化されたときは狂喜して購入し、何度も見てまた涙した。
 
 こんな「ある日突然DVD(BD)化される」という例があるからこそ、今回挙げた「ナタリーの朝」「カトマンズの恋人」「ダブ」の3本の映画も、日本語版でDVD化されることを期待している。

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