『食欲』
夜、時計の長針と短針が"12"を指して重なる頃である。
ポテトチップスが僕を笑った。
彼の名前は「のり塩」である。
『いいのかいこんな時間に私を食べて。』
『君もご存知の通り私は脂肪と糖質の塊だ。今君が私を体内に取り込めば君は確実に体重を増やすことだろう。』
全く、五月蝿いポテトチップスである。
のり塩よ、お前はお菓子の分際で僕に逆らおうというのか。
『逆らおうなんてとんでもない。ただ君の身体を心配しただけさ。』
余計な御世話だ。
僕は何の躊躇いもなくのり塩の封を開け放った。
刹那、磯の香りが鼻を通り抜け、僕は親指と人差し指で彼の一部をそっとつまみ取る。
歯で押し潰すと、のり塩はバリ、と短い悲鳴をあげた。
静かな部屋に、断続した悲鳴が鳴り響く。
僕は五感を最大限に働かせて彼の最期を貪り尽くした。
やがて悲鳴は止まり、空間は静寂を取り戻す。
僕は空っぽになった彼の抜け殻を乱暴に丸めてゴミ箱の中に押し込んだ。
足りない。
ポテトチップス如きではこの空腹を満たすことなど出来なかったのだ。
脳から送られた命令に素直に従った足は僕の身体を台所へと運び、手は冷蔵庫のドアを開ける。
今度は、チョコレートが僕を笑った。
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