アート・プロジェクト 『サイレント・ポエトリー』 サラ・リーの絵 きばひろみの詩 コラボレーション

漠然と「コラボしたい!」と声を上げたのは今年のはじめ。サラ・リーの個展が決まったときだった。同時に彼女と前回コラボした結果として出来上がったカセットテープと詩集の制作についてのやりとりをしているうちに気づけば、サラの展覧会は作品の展示を変えてパート2に突入しようとしていた。それに気づいてすぐにメッセージを送った。相次ぐ大雪の日が続いていた時期だった。

その週末に彼女の新しい作品を観に行った。互いに近状を報告しカセットテープの進行状況も伝えた。そのショウの為に書いた彼女のステイトメントにあった言葉がインスピレーションとなった。そこには、『このコロナ禍に周りには誰も居ず、ひとつも騒音もなく、ただ絵に向かう行為の、その存在だけ』とあった。

前回のコラボでは匿名希望の我が友人がノイズ/インダストリアル系の音楽を提供してくれていた。音楽中毒のワタシは何も疑わず、音声を入れることを最初は考慮していた。意見を出し合っている間に、初の音ナシの試みに辿り着いた。

それは、サラに会いにいく道で声をかけてきた男の子とワシントン・スクエア・パークで踊った時のこと。ダンスしてはみたものの、音楽は流れていなかった。そこからの発想でもあった。結果、音がないことで、絵と文字だけに見ている目をより集中させることが可能な構成になったと思う。

それと前回も使った同じ詩をあえて日本語訳にしたいほのかな希望があった。短い単語に置き換えながら、ことばと絵にも面白い調和が生まれていた。時間が許されたなら、ことばの見せ方としての速度調整もより細やかにやってみたかった。

とにかく日本で経験した内容なので、日本語で伝えたい想いは前々からあった。ただそれを日本語にする行為自体について、途方もなく億劫になっていたのが正直なところ。英語にはなかった現実を越えた生々しがあまりにもリアルだったから。そう自分のステイトメントの中にも書いた。

このコラボの機会を与えてくれたmhPROJECTnycのまゆみさんは、サラの個展の最終日の知らせをニュースレターで発信する予定にしていた。そのEメールにこの動画の発表の知らせも含めてくれるつもりだった。

最終的に、この動画は32分以上の長さになっていた。その発信直前に、ワタシの詩の最後にある「ミラーボール」のことばの「ミ」が抜け落ちていたのを見つけてくれた。ホント危機一髪のところで助けられてしまった。注意散漫な私に懲りず、感謝しかない。

まだまだ荒削りではあるかもしれないが、こうしてようやく念願だった日本語版「ミラーボール」の詩が生まれた。次のプロジェクトとして、このコトバが音楽となり、ダンスフロアでその曲を聴き踊ることを夢みている。

48歳から人生の本編スタート。「生きる」記録の断片を書く活動みならず、ポエム、版画、パフォーマンス、ビデオ編集、家政婦業、ねこシッター、モデル、そして新しくDJや巨匠とのコラボ等、トライ&エラーしつつ多動中。応援の方どうぞ宜しくお願いいたします。