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ちょっと人間滅んでほしい~映画『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』を見た話~

映画『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』を見てきた。
しばらくはネタバレのない範囲で書くので、私と同じように知らなかった人、見ようか迷っている方の参考になれば幸い。
自分は水木作品は『子供の頃鬼太郎見てたなあ』程度の人間なのと、映画は映画(6期の前日譚)、原作は原作、アニメ各シーズンはそれぞれ別物、くらいのつもりで見ています。

なんで見に行ったの?
Twitter(X)のタイムラインも、にじみすのタイムラインも、皆が示し合わせたように狂いだしたので、自分も狂いたくなったから。のるっきゃない、このビッグウェーブに。

どうだったの?
自分が鬼太郎見て泣くとは思わなかったし、こんなに打ちのめされるとは思わなかったし、数多のオタクが狂うのが理解できた。
感情ぐちゃぐちゃにされたくてオタクやってるけど、こういう方向でぐちゃぐちゃにされるとは思わなかった。見て。
あと人間は滅ぼした方がいい。

どんな人におすすめ?
・京極夏彦が好きな人
・TRICKが好きな人
・横溝正史が好きな人
・伝奇、因習村が好きな人
・利害の一致でタッグを組んだ二人が信頼関係を育む展開が好きな人
・人間にやさしい人外に弱い人

どんな人にはおすすめできない?
・ニコイチブロマンスを溺れるくらい浴びたい人(ニコイチ感は溺れるほどではないがそれ以上に顔を覆いたくなる要素はある)
・ホラーは微量でも駄目な人(ビックリ系の脅かし方はされないが、そもそも雰囲気がおどろおどろしい)
・アニメであれグロ、血しぶきが駄目な人(人体ガンガン破壊される程度)
・子供、女性が虐げられている描写は絶対見たくない人
・ドロドロした展開は無理な人
・人間の醜悪さ、愚かしさに本気で拒否反応が出る人

以下はストーリーの明確なネタバレ含むので、情報を入れたくない方はここまでで、どうぞ。
見たよ、ってなったらまた来てくれたら嬉しい。一緒におかしくなろう。



オタクは、自分が良いと思ったら『拡散してくれ』なんて公式に言われなくても勝手に宣伝しだす生き物である、と思っている。なぜなら一緒におかしくなってくれる人間を常に求めているからだ。自分の感情を誰かと共有したい、誰かにわかってもらいたい。ええ、ええ、わかります、わかりますとも。今私がその状態だから。
結論から言うと、とても良かったです。
初見の勢いだけの感想なので、拾いきれていない情報も多々あると思うし、あれなんだったんだろう……って思う部分もあるし、考察とかは全然してないので、ただのオタクの断末魔だと思ってお付き合いください。

これ、PG12でいいんですか?めちゃくちゃ大人向けの作品では?
なんとなく「ゲゲゲの鬼太郎」と聞くと「子供向けのアニメ」の印象がある人が多いのではと思う。私もそうだから。古くからあり、何度もアニメ化されている作品であり、そして「子供向け」として作られた作品もあるがゆえに、多分この側面も間違ってはいない。ただ「ゲゲゲの謎」に関しては完全に大人向け作品だ。個人的に小学生に見せるのはかなりためらう。子供のうちからこういうのに触れといたほうがいいよ!!!!! とは思うが、一部の子供には確実にトラウマになるだろうからだ。TV放送するとして、ニチアサ枠では絶対に流せないなあ!! 深夜だなあ!!!

まず、すっごい人が死ぬ。めっちゃ死ぬ。なんなら冒頭から死ぬ。死んだところから話が始まる。
「人里離れた山奥にある村、そこで豪商の一族の当主が死んだ。次期当主の命名に立ち会うために主人公が村を訪れると、一族が次々と不審な死を遂げ始める」なんて完全に横溝正史の世界だ。大変わくわくしてしまった。複雑な一族の血縁関係、怪しげな神を奉る神社、立ち入ると心を病む禁足地、こちらを監視するような村人たち、皆何か秘密を抱えている……何もかもが怪しく見える……祟りじゃ……! と口走る分家のモブがいたりして最高である。序盤にたっぷり描写されるアウェー感は、大変居心地が悪く、緊張感がある。この村絶対ヤバイの役満状態なのが開始30分でこれでもかとお出しされる。

作中の大人たちは本当に醜悪で、身勝手で、愚かで『燃やそうこんな村』となんど思ったことか知れない。思い返していても、さっさと燃やしてしまった方が良かったと思う。いや、本当に……燃やそう……? こんなに、日本残酷因習村フルコースなことあります……? もういいだろ……勘弁してくれ……と思っているとそこで地獄の底が抜けて、さらに地獄が待っている。えげつなさ全部盛!! 脚本に容赦がない!!!
大人たちに同情の余地がない、という点では後味が悪くなくていいのかもしれないがとにかく、濃い。胸焼けしそうなほど濃くて、醜い。人間滅んだほうが良くない? と思うし、多分水木もそう思ったんだと思う。な。そうだよな。自分含めてろくなもんじゃねえよ、ってなるよな。あの一族、この世の悪徳が極まっている。
しかしPG12とはいえ、近親相姦までぶっこんでくるとは思わなかった。しかもわりとダイレクトに言及される(さすがにビジュアルでは提示されなかったが、未遂はある)世のお父さん、お母さんがうっかり子供さんと見に来て「あれってどういうこと?」って質問されたりしないだろうか、といらぬ心配をしてしまった。
沙代が大暴れする場面では、映画のサイレントヒルのクライマックスを思い出した。あれも「村人側がひどすぎてクリーチャー側に肩入れしてしまう」という構図の作品だった。やったれやったれーーーーーーーー!!

主人公の水木の描写の仕方が好きだなと思った。
頭の回転が速く、行動力があり、口もうまい。野心と出世欲が旺盛で、そのためには女性からの好意も利用するし、チャンスを掴もうとすることにためらいがない。嘘もつく、人も騙す。正義感よりも保身を取るし、危険からは逃げ出そうとする。なんというか『汚いことを知っている大人』なのである。
しかし、同時に、良心があり、良識があり、倫理観があり、人として踏み越えてはいけない一線がわかっている。
見ず知らずの、出会ったばかりの、怪しい風体の男なんて放っておけばいいのに『立ち入ったらおかしくなる禁足地』に向かっているのを見かけて、追いかけて連れ戻そうとする(禁足地云々を信じていなかった可能性もあるが、立ち入ったと知れたら取り入っている一族への心証は確実に悪くなるので、見て見ぬふりをした方がメリットがあるのにだ)
本当に逃げてはいけないときには逃げない。立ち向かう。自分の身を危険に晒す。己の命より、金より、地位より、尊厳と誇りを選ぶことができる。
『かくあるべし、人間』という姿そのものだった。
強くない、格好良くない、綺麗ごとでは生きていけないことを知っている。けれど水木は、本質的に『善性』の人間なのだ。
水木はヒーローではない。あれは『私たち』の姿だ。『私たち』だからこそ、私たちも、自分の中のささやかな善性を信じることができるのではないだろうか。ヒーローにはなれない。でも『善なる小市民』になることができるのかもしれない、と。

人間に対して醜悪で愚かでどうしようもないな……という感情を抱くのに対して、人外は徹底的に「清らか」である。人外と戦う、という場面も存在するのだが、それらは皆「致し方なし」という状況で起こることであり、彼らは人間のように欲望で動いているわけではなかった。意図的にそういう描き方をしているのだろうと思う。
「ゲゲゲの謎」の中で一番清らかで、混じりけなく、温かで、尊かったものは鬼太郎の両親の夫婦愛、家族愛なのだからもう、やはり人間滅んだほうが良くない?
目玉のおやじ……いや、この時点では目玉ではないのでただのおやじ……ゲゲ郎……? 何と呼んだものか、とにかく、鬼太郎の父親である彼は人間が嫌いだった、と言いながら、妖怪に襲われる水木を助けて担いで逃げたり、「事情を話せば牢から出してやる」と騙されたことに怒って、水木が寝ている間に牢の中に放り込むことはしても、布団をはぎ取ったりはせず、布団ごと牢にいれたり、鍵も開けっ放しにしていったりと、なんというか「優しい」人間嫌いだったんじゃないの。
奥さんのことを愛しているのだなあ、ということが思い返すだけでよくわかる。彼女が人間を愛していたので、彼も人間を愛そうとしてくれているのだ。大切な相手が愛したものを否定したくない、と思ってくれているのだと、言葉ではなく行動で伝わってくる。にもかかわらず人間が彼らにした許しがたい仕打ちを思うと本当に本当に、もう、やはり人間滅んだほうが良くない?
実際、クライマックスでは日本がほろびかけたのだが、彼はそれをよしとしなかった。ほっとけ!!!って思ったし、水木もそう言った。気が合うな。私もそう思うよ。けれど彼は「子供」と「友人」のために自分が負債を負うことを選んだ。迷いなく。どうして……そんなに優しくされても人間はあなたに何も返せない……

私は人間を信じてくれる人外に弱い。弱くない人いるの? 皆弱いでしょ?? 人間の可能性を、善性を、信じてくれる人外にとても弱いのだ。今これを書いていても涙が出てくるのだが、奥さんを託されて逃げている途中の水木もさぞつらく苦しかっただろうなと思う。人間の愚かさが、醜さが、何もできない自分が、自分の弱さが、悔しくて口惜しくて悲しくて悲しくて、記憶を失ってもその無念さが涙になったのだろうなと思う。
つら……でもそういう人だからおやじも水木のことを「友」と呼んだんだろう。

ああ、冒頭とラストに出てくる記者「山田」も良かったな。
興味本位、怖いもの見たさ、みたいなもので鬼太郎を追いかけているのかと思ったら、ジャーナリスト魂のある人だった。
「語られなければ、忘れられれば、その物語はなかったことになるのか」というここ何年も、あるいは何十年も向き合い続けている命題と、この人も向き合っている人だった。

バディものだと聞いて、浮かれて見に行ったら予想外の部分に足を取られて土下座で泣いている、という状況である。人間愚か……愚か……
感情をぐちゃぐちゃにされはしたが、こういう、ぐちゃぐちゃのされ方は想定外だったかなァ…………人間のほうが悪役じゃん、というストーリーは鬼太郎のなかではちょいちょいあるものではあるが、その頂点、という気がする。私は昨日から何回「人間滅んだほうがいい」と言っているかわからないが、多分そんなことないっておやじも奥さんも言うんだろうな……!!ちくしょう!!
いい作品だと思います。引きずるのはいい作品なので。映画館から出て、泣きながら駅まで歩いて、電車の中でも、帰り道でも泣いている不審者になりましたが、刺さる人間にはこういう刺さり方もします。

あと、これは言っておかないといけないので、すごくシンプルな話をしますが「着流し下駄ばきで格闘するめっちゃ強い片目隠した男」は健康にとても良い。すげーーーーーーーーかっこいい。めちゃくちゃ動く。アクションシーン見るだけでももう一回見たい。
おやじ……めっちゃ強いじゃん……荒事は嫌いって言ってたの誰……嫌い=弱いではない……ってコト!?
「血まみれスーツでライフルをぶっ放し、斧をぶんまわす男」も健康にいいです。ビジュアルが優勝してるんだよな……ふたりとも……
あと、おやじ、爺口調で飄々としてて表情あまり変わらないけど泣き上戸の愛妻家(強い)関俊彦とか好きにならない要素がありますか?好きです。
声帯が関俊彦というだけで、好きになってしまう、私と同じ呪いがかかっているオタクは安心してください、致命傷です。

ああ、よかった。人の愚かしさに気がおかしくなりそうだけど、見られてよかった。次いつ行こう。見に行きます。パンフレットも読みたい。再販あるようなので買い損ねないように気を付けないと。
あ、これから見に行かれる方は、必ず「劇場が明るくなるまで」席にいてくださいね。明るくなるまでが映画です。

あ~~~~~~おやじと水木がバディ組んで因習村燃やすのあと30本は見たい。これはこれとしてシリーズ化しません? しませんか?

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