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【小説】無人島新人研修

「私は、無人島に何か一つだけ持っていけるとしたら、犬を連れて行きます」

半年前の最終面接でそう言った自分を殴ってやりたい。
今日から1週間の新人研修が始まる。研修内容は無人島でのサバイバル。支給品は入社試験最終面接において「無人島に何か一つ持っていけるとしたら?」という質問で回答した物品のみ。
同期達が早速ナイフや食糧を持って各々の拠点を探し始める中、水野凪は犬っころと一緒に海を眺めていた。

事前情報は研修の日程のみ。我々は集合場所で目隠しと耳栓を装着させられ、待機していたバスに乗って日本のどこかの港から無人島へ連れてこられた。やってることは拉致監禁ど真ん中であり、それより恐ろしいのは今朝まで一緒の布団で寝ていた犬っころがいつの間にか連れてこられていることだ。

一時ハマっていたムキムキの英国人がジャングルや雪山でサバイバルする動画では、「火、水、そして、シェルターが大事やで」と言っていた。凪もそれに倣い、とりあえずヤシの実なんかが落ちてないか探しに行くことにした。
砂浜を歩いていると、でかい葉っぱで寝床を作る者や、木陰で仕方なくニンテンドースイッチをやっている者など様々いたが、犬を連れている者は凪以外皆無であった。「そうきたかァ…」という視線が痛い。

犬っころが突然駆け出したと思ったら、ふさふさの毛の生えたハンドボールを咥えて戻ってきた。
「ヤシの実やないか!」
お利口すぎる。もしかして犬っころを連れてきたのは正解だったのではないか。この島にいる哀れな新入社員の中で、私が最も死から遠いのではないか。
凪は犬っころを撫で回し、もらったヤシの実を手頃な石の前で掲げた。
「いただきます」
ヤシの実を振り下ろすと、“ゴッ”という鈍い音と共に腕に電流が走った。思わず手放してしまったヤシの実には傷一つついていない。
その後もラッコのように果敢にヤシの実を石に叩きつけたが、ついにヤシの実が割れることはないまま日が沈もうとしていた。

ヤシの実、凪、犬っころの並びで夕日を眺めていると、パンツスーツに白衣を羽織りサングラスをかけた怪しい女が砂浜をモスモス歩いて近づいてきた。よく見ると、いやよく見なくても凪の面接を担当していた人事部の先輩だ。
先輩は聴診器や体温計やらを使って犬っころの体を調べ始めた。その様子はやけに手慣れており、犬っころは吠えもせず大人しく検査を受けていた。
「…報告、ハナちゃんのバイタル正常。帰還します」
先輩は一通りの検査を終えたのか、インカムで誰かに報告を入れている。

「先輩、ナイフとか持ってないですか」
「…」
「凪ちゃんのバイタルも調べといた方がよくないですかね」
「…」
「…先輩ですよね?」

先輩は立ち上がってこちらに向き直り、絞り出すように言った。
「先輩じゃない、エージェント獣医ちゃんだ…んふっ」
殺したろかこの女。
「笑ってんじゃねえぞコラァ!」
「き、帰還しますっ!帰還っ!」
「ワン!ワンワン!」

エージェント獣医ちゃんに手を伸ばしたところで砂浜に足を取られ、前のめりにモサっと倒れ込む。前方から「がんばってーっ!また明日ねーっ!」と声が聞こえた。なんて福利厚生のちゃんとした会社なんだ、絶対に辞めてやる。

仰向けになると、犬っころが凪の顔を覗き込んでいた。

「私は、無人島に何か一つだけ持っていけるとしたら、犬を連れて行きます」
「それは、なぜですか?」
「私が無人島にいる間、犬が家でどうしているか気が気でないからです」

受けを狙ったわけでも、奇を衒ったわけでもなく、本心から出た答えだった。それが結果的に凪の責任感の強さを最も分かりやすく面接官達に伝えたのかもしれない。

「お前は私が守る」
凪は犬っころを撫でてやると、立ち上がってヤシの実を手に取った。

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