月山にて
祖父は1人で深夜に山に入る。
怖くないのか聞いたことがあるが、「怖い目にはたくさんあってるけど、自分の行だから」と笑っている。
そんな祖父が、8月の月山で体験した話。
月山は、山形県にある海抜1,984m、世界でも珍しい半円形の火山で、頂上に月山神社があり、月読命を祀っている。
また、月山は、羽黒山・湯殿山とともに出羽三山を構成しており、古くから山岳信仰の地として信仰を集めている。
お盆の月山では、「月山神社本宮柴燈祭」という、山頂の月山神社に護摩壇を組み、主に月山で供養した塔婆をお焚き上げし、御霊を各家々に送る祭事がある。
祖父はその日は紫燈祭を見に月山に入っていた。
祭りは夜に行われるが、終了後、神職さんから今日は下山しないようにと話があったという。
ところが、翌日にどうしても外せない用事があった祖父は、1人で下山することにした。
祖父はこれまで月山には何度も深夜に入山しており、夜道はお手の物だった。
途中までは何も無かったが、行者返しを過ぎ、九号目の仏生池を過ぎたあたりで、周囲で何人かの話し声が聞こえてきた。
「なんだ、他にも下山してきた人がいたのか」と祖父は思ったが、周囲を見回してみても祖父の懐中電灯の明かりのみで、人がいる様子はない。
気のせいかと思い直し、前を向いて先を進もうとした時、耳元で大声で何かを叫ばれた。
祖父は心臓が止まるかと思うくらい驚くとともに、金縛りにあったように体が動かなくなった。
その間も耳元で叫ぶ声や大勢の話し声が聞こえるが、何を言っているのかはっきりしない。
その時、ふと祖父の頭の中に曾祖父が亡くなった時の光景が浮かんだ。
「昔は家で死ぬのが当たり前だったから、曽祖父が死んだ時も家族で看取ったんだ。それで、ああ、Kじいさん(祖父の曽祖父)、こうやって死んだなあって頭に浮かんできて、不思議なことに気持ちが落ち着いた。」
「お盆だったし、塔婆供養された人たちが山を下りてるんだなって思ったら、フッと体が動くようになって、声も聞こえなくなった。」
と語ってくれた。
祖父はその後何事もなく下山し、それからも深夜の山歩きは続けているが、お盆に山に入ることだけはやめたという。
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