見出し画像

別れと出発、混雑した感情の入り混じり(冒険記1)

特にいたってタイトルに大きな意味はないのだけれど、今までの約2週間の振り返りの言葉を表すのであればこれかなと思った。

冒険記と書いたものの、海外という土地で移住地を変え、仕事を辞めてから引っ越し、そして仕事に就くまでの気持ちをメインに冒険記として記していこうかなと。

きっとどこかの土地で、落ち込んだり不安だったりとやり場のない感情を持っている人たちにとってひとつの気休めくらいになればなぁと思う。

第1章はバタバタとしながらも別れと新しい土地での現実を突きつけられたお話。。。



(2月7日)
この日で約1年働いた店と色んな話をしてきた常連客と仲間とさよならをした。ついいつものようにまた来週という感覚で、まだ自分たちが引っ越してしまうとはわかってはいるものの理解まではできていなかった。でもとにかく最後の引っ越し作業と早朝出発に向けて、バタバタとしていたらその日は風のように過ぎていった。


(2月8日)
朝5時、いつもの出勤に合わせて起きる時間だったけれど、本来であれば祝日なので遅く起きれたはずだったが、6時出発のため最後の荷物の確認と特に私は思い入れがあったわけではない家とさよならした。(私は家に執着はなくて、ワーホリ時代に4回引っ越しした)

約9時間という長い道のりは長くも、今思うとあっという間の距離でもあった。もちろん、私は助手席で座っているだけだからというのもあったけれど、さすがはニュージーランド。毎時間ごとに見せる景色の顔が変わっていくので、自然大好きな私にとっては壮大なドキュメンタリーだったから、寝ることもなくドライブを楽しんだ。

新しい家は彼の知り合いが住んでいる場所。静かで綺麗なお家で、今でも過去一でいい場所にランクインする。引っ越し後は荷ほどきと少し街の散策をして、次の日すでに仕事があった彼のことを考えて早めの就寝。まだどちらかというと旅行気分だ。


(2月9日)
彼は朝から仕事、私は3件のインタビュー(仕事前の面接)があったので、どちらもバタバタとしていた。どこも印象としては悪くない。けれど、不思議とオークランドとウェリントンではコーヒー文化が少し違った。オークランドはエスプレッソマシーンもグラインダーもオートのものが主流になってきているけれど、ウェリントンではマニュアルがスタンダード。

もちろん、たくさんエスプレッソを作ってきた身としては抽出の度合いはわかるけれど、忙しい割に器材の取り揃えが微妙な印象。というのも、どこもカップに見合ったサイズのジャグがないから、ミルクの浪費も多くなれば、一度スチームしたミルクを使い直してもプロテインの関係でいいミルクは作れない。いいコーヒーを作ってきたと自負はするものの、改善点がインタビューの時点で気になる所はたくさんあったけれど、その時点で一チームではないから目を瞑る。
とりあえず、仕事のオファーをもらわない限り働けないからトライアルの日程を組んでいく。ただ次の日もインタビューの予定はあったので、一旦1件は保留、1件は連絡がこず、1件はトライアルさせてもらうことになった。

彼はというものの、死ぬほど疲れて帰ってきた。ご飯はいらないかもとのことだったけれど、次の日の朝のことを考えて多めに作っておいたのが吉。夜ご飯がなかったということで帰宅後に食べていた。どちらもまだ大丈夫と言い聞かせつつも心境としては落ち着かない所...


(2月10日)
この日は2件のインタビュー。彼はもちろん仕事で朝から出かけた。1件は前日にアプライした所からすぐに返信が来てこの日に組み込んだが、最初の印象はすごくよかった。いつでもチームメンバーに受け入れるよというような寛容さが感じられた。外見から見る店とは少し異なっていい店ではあった。

もう1つはコーヒーロースター。今のところ、コーヒーロースターで働くことを目標にしていたので嬉しいオファーだった。ただここはコーヒーを作るだけでなく、一般の人にも作り方を教えるトレイナーの仕事なので難しいけれどやりがいのある仕事ではある。いわゆる次のステップというもの。来週にトライアル組むからまた連絡するといったものの現在まだ連絡がこない。(メールで確認しても、日程組んで送るから待ってと言ってたけれど未だに連絡がない)

今日は時間があるからと知り合いが働いている店に訪れて少し雑談。カフェのコミュニティが大きいだけあって、たくさんの求人について教えてもらった。今では感謝しても感謝しきれない。

この日は次の日が朝早くないからと彼の帰宅に合わせてご飯を作った。ご飯ができたという連絡をしたら、渋滞で帰るのが前日よりも30分遅れるとのことで、結局1人で食べて帰宅を待った。
帰宅した時の彼は機嫌が優れないのはすぐにわかった。こういう時はすぐには会話しない。私が英語が流暢だったら別の話だけれど。彼が電話をしていた時に耳にした話で理解はできたけれど、泣くくらい辛くて、でもこれが移民という言葉にもちかけられた厳しい現実が待っていた。

ビザという問題を抱えて他国に住むことはそう簡単ではない。ただ引っ越し前から快く迎え入れてくれていると信じていた私たちにとっては大きな希望だったので、また大きな壁が立ちはだかり思考を止めさせた。

この記事が参加している募集

最近の学び

ご支援いただいた分は海外移住への未来の投資とコーヒーの技術向上に使わせていただきます。