桜から連想するのは、窓ガラスをぶち破ってあらわれる彼女の姿
桜が散り始め、葉桜が顔をのぞかせ始めた。
僕は、歩道にまだら模様を描く花びらを見おろして、ふと彼女のことを思い出した。
チャプター1.『主人公2人と僕の関係』
僕が彼女に出会ったのは、高校のころ。
そのころの僕は、友人と同じ剣道部に入って、お互いに技を磨きあっていた。
僕らが2年生に上がってしばらく経つと、後輩である彼女は剣道部に入った。
彼女の名前は、サクラ。
友人の名前は、ウメハラ。
こんな書き出しだと、まるでサクラと僕の仲が深まっていたかのようだが、実際はそんなことはない。
この話のヒーローはウメハラくんで、ヒロインがサクラだ。
チャプター2.『主人公2人の人物像』
ウメハラくんがどんな人物だったかというと、なんとなく部活をやっていただけの僕なんかとは違い、剣道に情熱を捧げる男だった。
中学時代の彼のことは詳しく知らないけど、その頃の彼と既知だった同級生の言によると、まるで戦国時代に活躍した英雄がリアルで現れたかのようであった、という。
実際に、ウメハラくんは剣道が強いうえに、上手かった。
体力バカの上、技量も、精神力も、忍耐力も、どれもがずば抜けていた。
彼と練習試合をしても、僕は一本もとれなかったことをいまだに覚えている。
サクラがどんな人だったかというと――にぎやかで明るい、剣道の上手なスポーツ女子、という印象だった。
もっとも、この印象はのちに起こったとある事件のせいで、別の印象に上書きされてしまったのだが。
ウメハラくんとサクラの関係は、主に部活動を通して深まっていったようだった。
僕は常に二人の近くにいたわけではなかったが、二人の距離感の取り方や会話の空気感から、出会ってからわずかな期間で付き合う寸前までいっていたと思われる。
チャプター3.『付き合う前から2人はイチャイチャ』
サクラの実家は剣道に関しては有名なところらしく、剣道部が練習に使っている道場も、サクラの実家の持ちものだった。
部活動が終わった後、サクラは道場の施錠を確認することを日課にしていた。
ウメハラくんは、一緒に帰ろうという僕の誘いを断り、戸締りを確認したサクラが出てくるのを、いつも待っていた。
彼がそうする理由は、遅い時間だからサクラを家に送っていこうという紳士的な理由……ではなかった。
ウメハラくんがサクラを待つ理由。
それは、外から道場の入り口にカギをかけて、戸締り中のサクラを建物に閉じ込めるためだった。
なぜウメハラくんにそんなことができるかというと、彼に道場のカギが託されていたからだ。
どういう経緯か知らないが、ウメハラくんはサクラの実家から信頼を得ているらしく、「彼にならカギを渡しても大丈夫」というお墨付きまでいただいていた。
その特権を生かして、ウメハラくんはサクラを道場の中に閉じ込める、というイタズラを頻繁に繰り返していたのだ。
まあ、閉じ込めるふりをするだけで、本当にカギをかけるところまではいかなかったのだけど。
サクラの方も、彼に文句を言いながらも、実際には怒っておらず、むしろ楽しそうな様子だった。
「もー、先輩やめてくださいよー、いっつもいっつも!」
「ははは、悪い悪い」
剣道部を経験した人間からすると、この部活動は青春ドラマの舞台には選びにくいと思っている。
夏は暑い、冬は寒い。
稽古着も防具も、きつい匂いを年中発散させている。
しかし、ウメハラくんとサクラには、そんなこと関係なかった。
剣道部の辛さと、男女の仲の良さは相関しないのだ。
――そんなある日、事件は起こった。
『覚醒ヒロイズム』事件である。
チャプター4.『二人が付き合い始めた日』
その日は明らかに、二人の様子がおかしかった。
二人の間に何があったか知らないが、会話中に醸し出す空気が甘かった。
心を許した者同士の会話の距離感というのは、周りにも伝わる。
「ああ、二人は付き合い始めたんだろうなあ」と、剣道部員の全員が察していた。
ウメハラくんとサクラが付き合いだしたことについて、僕はなんとも感じなかった。
「あ、二人は付き合ってるの?」くらいの感想は浮かんできたが、羨ましいとか、置いて行かれたとか、そんなネガティブなイメージは抱かなかった、と思う。
僕のことはさておき、事件の話をしよう。
チャプター5.『2人の障害は1枚のガラスだけ』
その日、剣道部の活動が終わった後のこと。
サクラが戸締りをしている間に、いつものようにウメハラくんは道場の入り口を閉めるイタズラを始めた。
その日に限ってというか、その日に初めて、ウメハラくんは本当に入り口のカギをかけてしまった。
彼がどういう理由でそんなことをしたのか、後日彼に聞いても明確な答えは返ってこなかった。
「なんとなく嬉しくてさ、いつもと違うことをして、アイツの反応を見たかったんだ」
――なんてことを言っていたウメハラくんだったが、後日彼は後悔することになる。
外側からカギをかけられたことを知ったサクラは、開けるようウメハラくんに言った。
道場の入り口のカギは、内側から開けられないようになっていて、サクラは出られなかったのだ。
サクラの言葉を聞いても、彼はなかなか開けようとはしなかった。
「いいんですか先輩? 私をなめたらえらい目に遭いますよ? あと5秒以内に開けてください。1…2…3…」
5カウントが終わっても、ウメハラくんはカギを開けなかった。
程なくして、周囲にガラスの破砕音が響いた。
道場入り口にある屋外灯の光を、地面に散らばる破片が反射していた。
何が起こったのかわからず、固まるウメハラくんと僕。
続いて、ガラスの破片を踏み砕くパキパキ、という音。
さらに、入り口の扉の、窓ガラスが入っていた枠をまたいで、サクラが現れた。
その時何が起こったのか、正確に把握していたのは、事を起こしたサクラ本人だけだ。
なんと彼女、1秒でもウメハラくんと一緒に居たいがために、入り口のガラスを砕いてしまったのだ。
チャプター5.『その後の話』
ここまでは思い出せるのだが、その後にどんな展開になったのか、僕はあまり覚えていない。
ガラスを割ってまでして恋人に会おうとする、サクラの奇行というか凶行というか、なんとも表現しづらい行動の衝撃で、僕の記憶は欠けてしまったらしい。
覚えているのは、その後の2人は仲良く手をつないで帰っていったことと、翌日の剣道部の活動が休みになったことと、「金が無くて困ってるから、ジュースおごってくれ」と頼んでくるウメハラくんの情けない様子くらいだ。
2人がその後どうしているのか、僕は知らない。
学生時代の友人ではあったが、今となっては疎遠になってしまった。
ただ、僕が思うに。
恋の障害となるものを排除して突き進むサクラから、きっとウメハラくんは逃げられなかったんじゃないか。
そして、いろんな困難を乗り越えて、2人は結ばれたんじゃないか。
――春の季語と同じ名前を持つ、サクラという少女の印象について。
一言で言うと、恋に一途、それでいて苛烈。
これが、『桜』から僕が連想するものの一つだ。
■補足
・この話はフィクションです
・僕が昔に書いた小説をベースに、一部改変を加えた話になります
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