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【き・ごと・はな・ごと(第33回)】ヒバの香りに魅せられて

下北半島がヒバの産地だと気付かせてくれたのは、その地で出会った織姫だった。見て欲しいものがある。そう言うなりしばらく姿を消すと、山内さんはどこからか黒いビニール袋をひっさげて現れた。そして「この香り、わたし大好きで、なんとかここの特産にならないかとおもって」と言いつつゴソガサと微かに音のする中身を取り出した。それは見覚えのある物だったが、でも、それが特産とどう繋がっているのか・・・・? 「これカンナ屑?」 わたしの曖昧な質問が解消される前に、「はい、これなんです」山内さんが示したのはスリッパだった。足を乗せる部分にヒバのカンナ屑を使っている。

イタコの口寄せで知られる霊山恐山の麓に控える青森県むつ市の田名部、山内たきさんはその町の工房で織りを営む。昔、幼いころ祖母から得た、見よう見真似の手仕事を土台に、結婚し子供たちの手が離れた頃から少しずつ手織りを手掛け始めた。さまざまな土地の伝統織りを習いに行ったり、裂き織りのグープに所属したりしながら、ひたすら・・・好き・・・にひかれて織りを楽しんできたなかで、地元の建材所で多量に放出されるヒバのカンナ屑を「なんとか織りに使えないものか?」と考えるのはごく自然の道理であった。

「ほら、この香り、いいでしょう。わたしは、この香りが好きでカンナ屑を丸めて部屋の隅やら、戸棚やら、靴箱に置いておくの」。改めてわたしも鼻先に近付けてみる。切り出した時ほどの強烈な芳香ではないというが、それでも神聖な薬臭さとでも表現したい、心身共に安らぐ独特の香りだ。おまけにヒバは抗菌作用が強く腐りにくい。最高のアロマテラピーのこの建材のカンナ屑を、最初、彼女は裂織りに入れ込んでみた。テーブルセンターなどにもしてみた。スリッパも試作した。思考錯誤しているうちに、他で商品化したものが先に流通市場に出て、暫く参入を諦めていたが、地元の人たちの応援などもあって、最近また再度の挑戦が可能になったのだという。

経糸はナチュラルな麻、横には麻とカンナ屑を交互に織り入れたもの。布織りとおなじ技法とはいえ、折れ易いカンナ屑を糸様に扱うにはテクニックが要求されるだろう。商品化は来春以降になりそうだというが、披露して下さった作品は、カバー部分に裂織りを使ったもので、手の込んだ、そのうえ温もりのあるものだった。・・・その後、山内さんに朗報が入った。日頃から理解を示してくれる林業会社の方々が、扱いやすい柔らかなカンナ屑を削いでくれたのだ。これだと素材として作るものが限定されていた今までの枠を越えて、製品作りの幅が広がりそうである。どんな特産品ができるのか楽しみだ。

・・・こうして、たまたま出会った織姫に教えられて、いろいろと反芻したのだが、なるほどこの辺りはヒバ、ヒバ、ヒバであった。この日、山内さんに会う前に閉山間際の恐山に登った。恐山は11月~4月末迄の冬期は入山できない。10月の末のこと。まさかの初雪がパラ付いて、ありったけの服を重ねても上が薄手のコートでは歯先がガチガチと音をたてる。まるで参道のお地蔵さん状態にマフラーをグルグル巻きにした姿を待合所の人が見て「大丈夫だよ、どんなカッコしてても。だれも見やしないから沢山着てなさい」と声を掛けてくれた。そうとうヒドイ姿だったのだろう。そんなだから恐山がヒバの原生林だということにも無頓着で下山してしまったのだ。ひと昔前、明け方から登り始め、心を序ゝに先祖の待つ冥界へと高ぶらせながら、何時間もかけて登ったものだと土地の人が懐かしむ恐山も、今は田名部から車で30分とあっけない。快適に霊山へひた走るバスの窓に映ったのは杉ではなく、確かにヒバの原生林だった。

途中で泉が飲める場所があった。観光バスの団体がゾロゾロと下りているのをみて、乗り合わせた路線バスの運転手さんは親切にも「飲みますか?」と止めてくれた。傍らに『ヒバと水の森』と書いた立て看板もあった。飲むと不老不死ともいうこの霊水を生む「青森ヒバ」は、白蟻を寄せない、水に強いなど杉や桧と比べても、耐久性に大いに優れていることは規制の事実だが、最近富みに注目されているのは含まれているヒノキチオールという薬効成分だ。ヒノキとあっても桧には含まれていないというからややこしい。が、ともかくばい菌や害虫、カビを撥ね付けるこの免疫要素がアトピー性皮膚炎の改善など建材以外の分野にも生かされてきているのだという。ちなみに、ヒバ材を扱う会社の商品リストを見ると・・・・・材部から水蒸気蒸留したヒバ油始め、石鹸、シャンプー、リンス、浴用剤、ハンドクリーム、お茶、まな板他など・・・・とあってびっくり!。恐山にに幾つもある温泉場は、みなヒバ製である。他の材木ではあっという間に腐ってしまうのだそうだ。立ち込める硫黄と深い雪と、湯船から昇る蒸気のせいなのか? ともかくヒバでなければダメという。これを自然の摂理とでもいうのか、偶然にもそこで必要とするものが手に届く場所にあった。人と樹木との必然的な繋がりが、なにかとてもフシギだ。恐山は雪だろうか。凍てつく空気の下に凍えながら、今頃どんな表情を見せているのだろう。

ヒバのカンナ屑を披露する下北の織姫、山内たきさん
低がヒバ織のスリッパ 履き心地は抜群!
ヒバ織の反物
恐山へは田名部からバスで
後ろはヒバの原生林
噴き出す霊水は不老の妙薬とか
あの世とこの世の境,三途の川に掛る太鼓橋
夏の例祭ではイタコも出て賑わう
誰が手向けたかビールと草鞋・・・かざぐるまがカラカラ鳴っていた
宇曾利湖と外輪山を望む

文・写真:菅野節子
出典:日本女性新聞―平成11年(1999年)12月15日(水曜日)号

き・ごと・はな・ごと 全48回目録

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