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スケッチ 【ショートショート:青春】

「おまえ、上手いな、そっくりだよ」
「センセー、授業やって」
「ふーん、確かに似てる」
「だったら、静かにして、席に座りなさいよ」
「はい、先生、怒らない、怒らない」
「寝てるところ。描きやすかったから」
「木下だろ、本当にしょっちゅう寝てるよな」
「おーい、木下、起きろよ」
「もうすぐ夏休みだからって、浮かれてちゃだめでしょ」
「センセー、俺たち、わかってまーす」
「いや、本当に上手いわ、藤田、おまえ、すごいな。俺も描いてもらいたいよ」
「私を本気で怒らせるつもりなの」
「……」
「では、授業を始めます」

8年後――。

学校側は、新校舎建築に取りかかる前に、ホームカミングディに合わせて、旧校舎見学会を催した。
あらかじめ登録しておいた時間帯に、卒業生たちに、自由に学校に出入りして、中学・高校時代を懐かしんでもらおうという試みだ。
水野貴文は、校門をくぐると、ゆるやかな登り坂が始まる楠の木のもとに、かつてのクラスメイトの姿を見出して、声をかけた。
「あ、藤田、おまえも来てたんだ」
「うん、校舎見学会に来たくてね」
「もう、この校舎、なくなっちゃうんだもんな。俺、最後にもう一度、見ておきたくなってさ」
「俺もだよ」


貴文は、そのまま藤田裕史と連れだって坂道を登った。
お互いに正面を向いて歩きながら、裕史は高校時代の思い出話をした。

もう、忘れちゃっただろうけど。
高一の時、同じクラスだったよね。
あの頃、俺、絵ばっかり描いててさ。
手当たり次第にスケッチしてた。
まあ、勉強に行き詰まってたってことなんだけど。
クラスの連中とも、あまり話とかしたくなくて。
そしたら、水野が俺のスケッチを誉めてくれてさ。今だから言えるけど、すごく嬉しかった。ありがとう。


裕史から思いがけない感謝の言葉を聞かされ、貴文は、戸惑ったが、同時に、当時の記憶がよみがえってきた。
「いや、でも、あれって、木下の絵だったろう。本当にそっくりに描けてた」
「よく覚えてるなぁ。木下って、俺とは小学校から一緒でさ、うちで昔飼ってた猫に似てたんだよ。そう言うと、あいつ、怒るんだけど。おまけにしょっちゅう寝ているやつだったろ、動かないから描きやすくてさ、あいつのこと、ちょくちょく描いてたんだ」
「お、俺は羨ましかった、木下のこと。あんなに上手に描いてもらって」
「そんな風に言ってくれて、ありがとう。これさ、水野に言われて、描いたんだ。本当は、あの後、すぐに渡したかったんだけど、どうしても出来なくて」


同期生のグループラインを見たら、水野がこの時間帯に見学希望って書いてあったから、ちょうどいいと思ってさ、今日持って来たんだ。
昔描いたものだから、気に入らなかったら、処分していいよ。

はい、と渡されたのは、貴文の横顔のスケッチだった。

8年前の、高校生の顔。
似てる、すごく。

「この絵、俺だよな、描いてくれたんだ、っていうか、ずっと持っててくれたんだ」
「けっこう力入れて描いたものだから。俺としては、初めてリクエストもらって描いた絵だろ?」
「だったら、あの時渡してくれたら良かったのに」
「さすがに恥ずかしくてさ。図々しいじゃん、さっそく描きました、なんて」

校舎の入り口で、靴を脱ぎ、スリッパに履き替えた。
貰った絵を鞄の中にしまう。

「今は?どうしてる?」
「社会人二年目。営業職」
「俺も同じく、プログラマーってとこ」
「今日は休めたんだ?」
「半休取ったんだ。たまには、午後ゆっくりしようって」
「俺は一日休み。でも良かった、会えて。ずっとあのスケッチ、渡したかったんだ」

貴文は、あらためて裕史に言った。
「ありがとう。本当にマジで嬉しい。昔の自分に会えた気分」
「よかった、お世辞を真に受けて、変なやつって思われたらどうしようって、心配もしてたんだよ」
裕史が笑う。
そんな彼を見ていると、校舎見学会だけで別れるのが、惜しくなってきた。

「なあ、校舎見学終わったら、どこか一緒に行かない、マックでもスタバでも」
「いいね、水野とどこか行ったことなんて、なかったな」
「あの頃って、せいぜいサイゼリアかバーミヤンだったよな」
「そっか、なら、飲みに行くのもいいな」
「それ、いいよ。じゃ、さっさと教室まわっちゃおうぜ」


藤田には、言えないけど。
貴文は、心の中で呟いた。

俺、木下のことが羨ましかった。
藤田に描いてもらえるだけじゃなくて、いつも何かあると、藤田と二人でコンビで行動していたから。

でも、今日は、藤田と一緒にいるのは、俺だよな。

鞄の中にある、横顔のスケッチ。

8年前の俺が、俺に向かって笑いかけた気がした。

(了)


タイトル画像は、まるこめ。さんからお借りしました。
ありがとうございます。

「#夏の香りに思いを馳せて」


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