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365短歌(2022)

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2022年に投稿した三首の連作短歌をまとめたマガジンです。
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記事一覧

連作 君とゆくために

靴底を雨に濡らして君とゆくために殺した必要な嘘 風に揺れる風船みたいにごめんねが笑ってばかりで手を離される 捨てられるのが怖いから捨てるだけ ふたりで見た映画のパンフ

連作 雪がひらがな

文章が文字に崩れてゆく窓にちらつく雪がひらがなみたいだ 唇から当たり障りのない言葉ばかりあふれる冬の人波 初雪を祈るグレーの街並みが流れるだけのさびしい車窓

連作 夜明けが来るボタン

変わりたい欲はあらかたなくなって朝焼けを待つ銅像の犬 息継ぎを繰り返している降り続く雨に差し出す手のひらみたいに もう少しだけ変わりたい 夜明けが来るボタンがあるなら躊躇わず押す

連作 冬の約束

改札を出れば開発予定地で冬がひそめる息も白くて 白桃のゼリーにスプーンを刺しこんでしずかな冬に触れたい微熱 左手が指輪を回している冬の約束はずっと遠回りして

連作 今年最後の月曜の夜

屋上に靴を並べるように来る今年最後の月曜の夜 聞きやすい言葉を話す君の元に僕よりしずかな聴衆が降る 小説のページを捲る指先で脱ぎ散らかした靴を咎めて

連作 一倍速の鳥の鳴き声

二倍速の動画を再生する夜明け 一倍速の鳥の鳴き声 寝室の電気を消しても眠れないレースカーテンの向こうから月 わたくしのひとりぼっちの心臓を絞めつけるように降った初雪

連作 ヒロインになりきれない

コンビニのホールケーキを揺らしてはヒロインになりきれないヒール ときめきを奪われたばかりの片胸はローストチキンにして食らいたい 会いたいの文字が滲んでかみ砕くジンジャーブレッドマンの脊椎

連作 マグカップ 捨て方 エンターキー

さよならのために目覚めたかぜの朝 マグカップ 捨て方 エンターキー 投げ出した体を止める背もたれに共依存するばかりの恋だ お供えのひとつのみかんが絵のように夜が海ならひかりのひとつだ

連作 意味もなく

右頬の涙の跡が残るまま白い吐息のお別れを言う 君と会うこともなかった初冬にしずかに香るシナモンティー 意味もなく君の名前を口にした袋のみかんを手に取ったとき

連作 置いてけぼりの過去

高校に。待ちぼうけした公園に。社宅に。置いてけぼりの過去だ 夕飯はレトルトのカレーでもよくて来客用マグにココアをいれる 目覚めたらいくつ記憶をなくすだろう 新雪に足跡を残す朝

連作 最寄駅から十分

初雪にならない雨がまなうらを震わせて夜、言葉が欲しい ささやきが水を含んで落ちるまでビニール傘の向こうの黒色 信号が青になったら最寄り駅から十分のもう来ない部屋

連作 流星群のように

大丈夫、と言われたいのはわがままでマフラーを巻くピーコートの腕 耳にかけた髪の一筋を梳く指は流星群のように幼気 たぶん好きになってくれない人のこと南半球は今は朝かな

連作 外れない指輪

傾いた方へ転がるビー玉の軌跡をたどれば君がいる朝 シルバーの指輪はずっと外れない忘れたいとは忘れたくない 友達の恋愛話聞きながら無心でさけるチーズの細切れ

連作 ぴったりはまる

『きっと』とか要らない今日のためだけに花屋で千円分の花束 おろしたてのシーツに耳を傾ける新雪を汚すような静けさ 一人用こたつで食べる一人分の鍋がわたしにぴったりはまる