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エゴまみれの待つ~懺悔室⑥~

あぁ、恥ずかしい!!
そして懺悔室ネタとなりました。
反省です。

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昨日の投稿のシェア文章

■NOTE #Day100
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
記念すべき100投稿が、こんなタイトルだなんてね…
等身大の私です。
キラキラなんて微塵もありません。

こんなことを書いてしまっておりました。
結局、等身大の私ですって言いながら、まだ格好つけていた。
「待つ」ってなんだよ!?っていう話。
あぁ…恥ずかしい。

本日、Zoomで話をしていた時に
「本当、待つって辛いです!!」と言ったところ
「辛くないよ!!」と一言、ド・ストレートに返された。

えっ?辛くない?
動揺する私。
何で?だって信じて待つんですよ?
何ひとつ反応が無いって辛いですよ。

笑いながら一蹴された。
「それって待ってないよ。来るのを待ってるでしょ?
待たないっていう選択肢もあっての「待つ」だよ。」

返す言葉がありませんでした。
ありがとうございます。
いつも例え話を交えながらユーモアに富んだウイットな笑いで諭してくださる貴女に頭が上がりません。

エゴまみれの「待つ」。
「待つ」にもう一つの動詞が追加されていた。
「信じる」と「待つ」
「分かってくれる」を「待つ」
「出来ることをやり尽く」を「待つ」

私は辛かったんだな。
苦しかったんだなと分かった。

全部を上手くまとめようとして合わせに行くから疲れる。
ならば合わせてに来るようにしたら良いよとも慈しみのアドバイス。

そうして冷戦状態の娘との問題は、そもそも問題が共有されていないということに落ち着いた。
1つ1つ丁寧に説明していく義務も怠ってたんだな。
1言って10分かるわけもない。
反省。

帰宅した娘と話をした。膝を突き合わすとまではいかないけれど、私の気持ちや考えは伝えた。
彼女は泣いた。
少し時間をおいて改めて考えや気持ちを聴くことにする。

子育てって言いながら一人の人間として私も娘に育ててもらってる。
なのに「親」という肩書が邪魔をする。耳が痛いけど課題の分離、改めて必要でした。

そうして主人は発熱して、父の日の夕食は流れたのでした…


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