魔剣使いのリリィさん②

その魔物と対峙している時、私は不思議な感覚を覚えた。
魔剣で魂を吸い取って仕舞えばただの抜け殻になる。
なのに私はそれをする気にならなかった。
「リリィくん、どうしたのかね?この魔物はそんなに強くないはずだが」
私は構えていた剣をゆっくりと下ろす。
そしてそのまま暴れ出しそうな魔物に近づいた。
「グルルルル…!」
魔物は私の喉元を噛みちぎらんばかりに唸り声を上げる。
私は剣を持ってない手でその魔物にそっと触れた。
ビクン!と魔物が驚いた様に身体を震わせた。
私は魔物の目を見た。
その目は真っ赤で、殺意をむき出しにしている。
魔物の目を見ながら私は言った。
「フェスト様、この魔物を私に頂けますか?」
「リリィくん!何を言っているんだ!?」
「この子を私の使い魔にします」
私は言いながらそっと魔物の鼻筋を撫でていた。
ゆっくりと、優しく。
魔物の唸り声が小さくなっていく。
その目から殺意が薄くなっていくのを見た。
私の手は魔物の喉元を撫でた。
喉には首輪をかけられ、それは鎖で繋がれている。
やがて魔物は静かになった。
そして私を見る目が優しげに変化していく。
「いい子ね」
私は魔物を撫でながら、その目を見て言った。
「あなた、人の言葉がわかるのでしょう?どう?私の使い魔にならないかしら?」
魔物の目は驚いた様に見開かれた。
そうだ、この魔物は知性がある。
憎しみと殺意でグチャグチャの心に、ほんの少しの優しさを感じる。
躊躇っている、人間と戦うことを。
私はそっと魔物に近づき、その首に腕を回した。
「クゥン…」
魔物が可愛らしい声で鳴いた。
私はその魔物を抱きしめた。

「驚いたな…リリィくん、まさか君は魔物を籠絡出来るとは。この魔物は凶暴で捕まえるのに難儀したのだが」
フェストが、心底驚いた声でつぶやいた。
そして少し考える素振りをしつつ、やがてうなづいた。
「見事だ、リリィくん。わかった、その魔物は君の好きにしなさい。連れて帰れるのかね?」
「ありがとうございます、フェスト様」
私は魔物からそっと離れ、そして魔物に命じた。
「あなた、小さくなれる?」
魔物はゆっくりとうなづく素振りを見せ、そして次の瞬間に姿を変えた。
小さな子犬の様な姿がそこにあった。
「おお!なんと!」
「なんと愛らしい…!」
周りからどよめきが起きる。
「いい子ね、私はリリィよ、あなたはなんて言う名前なのかしら?」
「…フェーン」
辿々しい声で魔物が鳴いた。
「あら、可愛い鳴き声ね、じゃああなたをフェーンと名づけることにしようかしら」
私がそう言うと、魔物、フェーンは勢いよく私の腕の中に飛び込んだ。
魔剣使いは魔の扱いに長けている。
魔物を籠絡することも朝飯前だ。
私はフェーンを撫でながら、ゆっくりと振り返った。
「フェスト様、寛大な対応誠に痛み入ります。この子は私が責任を持って育てますね。」
「ああ、構わない。しかしこんなにも愛らしい姿になるとは。先程まで暴れ狂っていたのに。リリィくん
君はやはりすごい魔剣使いなのだな。」
フェストは感心した様に口元の髭を撫でた。
「魔の扱いには慣れています、しかし、魔剣の力をお見せ出来ず、申し訳ありませんでした。」
「いや、それよりもすごいものを見せてもらったよ。こちらこそありがとう、リリィくん。」


私とフェーンは家に帰ってきた。
そして私は早速この子をお風呂に入れることにした。
泡で洗って、流してあげる。
フェーンは大人しくしていた。
そして2人で湯船に浸かりながら、私はフェーンに話しかけた。
「どうしてあなたは街で暴れていたの?どこから連れてこられたの?」
「フォン」
フェーンは人語を喋れない。
しかしこちらの言葉を理解している様だった。
悲しそうに耳が垂れていて、なんだかとても可愛い。
「フェーン、あなたは私の使い魔になったんだから、ずっと一緒なの。それでもいいかしら?」
「フェン!フェーン!」
フェーンは嬉しそうに手足をばたつかせた。
私は微笑みながら、フェーンとお風呂を出る。
乾かしてあげ、乾いたフェーンの毛並みはとても艶々で美しかった。
この子の種類はブラックドッグ。
魔界の魔犬だ。
思えば魔剣使いが魔犬を使い魔にしたということも、すごく特殊なことなのかもしれない。
珍しそうに部屋の中を行き来するフェーン。
私はその光景を微笑みながら見ていた。
「フェーン、ご飯にしよう。あなたお肉を食べるかな?ちゃんと用意してあるから大丈夫よ。」
私は生肉を買ってきていた。
それをお皿に乗せて、フェーンの前に出す。
フェーンは嬉しそうに肉に飛びついた。
そして美味しそうに咀嚼する。
そうか、何も食べていなかったのね。
お腹空いて、とても辛かったでしょう。
私は肉を食べるフェーンの頭を撫でてあげた。
さて、人間もご飯を食べないとね。
私は自分の分を作り始めた。
今夜はふわふわのパンケーキだ。
シロップをかけて食べる。
私はパンケーキを頬張りながら、眠くなった様子のフェーンを見た。
お腹いっぱいなのね。
くすっと微笑み、食事を中断して、フェーンを寝室へと連れて行った。
そしてベッドの上に乗せてあげると、フェーンは微かな寝息をたてながら、眠りに落ちていった。
その姿はとても愛らしい。
昼間見た大きな恐ろしい姿とは大違いだった。
きっと、あの姿は戦闘時のものなのね。
私はゆっくりとフェーンを撫でた。
寝息を立てる愛らしいその魔犬に、私は心が温かくなるのを感じていた。
フェーン、よかったわ、あなたを使い魔に出来て。
あのまま退治しなくて本当によかった。
私はそっとベッドから降りると、リビングへと戻り
「おやすみ、フェーン」
寝室の扉を静かに閉めた。

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