魔剣使いのリリィさん④

「はぁ…はぁ…」
私は痛む腕を押さえながら足を引きずっていた。
ここはダンジョン内、第四階層。
最深部は第八階層、いわば今いるのはダンジョンのど真ん中。
こんなはずじゃなかった…
私たちは腕の立つパーティだ。
こんなところでここまでの深手を負うはずもなかった。
仲間たちとははぐれたままだ。
私は剣を片手に足を引き摺りながら歩いた。
とにかく誰かと合流しなければならない。
今の私ではまともに魔物とも戦えない。
私はあまりの痛みに、剣を取り落としそうになっていた。
ことの発端は
私だ。
私が強力な罠のかかった宝箱を迂闊にも開けてしまったことによる。
私は発動した罠で、テレポートさせられ、しかもその先でグレーターデーモン3匹とやり合う羽目になったのだ。
デーモンくらい大したことない。
そう思っていた。
しかし私は罠の影響で体力が半減し、力を封じられたも同然だった。
「…早く、誰かと…」
デーモンと戦い、何とか勝利したが、私は深手を負った。
そしてみんなとははぐれたままだ。
ズル…ズル…
引きずる足は折れていて、腕の傷も深い。
血溜まりが、私が歩いたあとにいくつも続いていた。
はやく…誰か…!
その時だった。
私の目の前に大きな黒い影が立ち塞がった。
「嘘でしょ!?キマイラ!?」
ライオンの顔と体、蝙蝠の翼、尻尾は蛇だ。
合成魔獣キマイラ。
最悪の魔物に遭ってしまった!
まるで最悪を絵に描いたようなシュチエーション。
「やばい…!」
私は慌てて剣を構えるが、どう考えてもまともに戦えるはずもない。
「ギャオオオオン!」
キマイラが咆哮し、叫びながら突進してくる。
万事休す…!
私はもうダメだと目を瞑った。
その時だった。
「まてまてーい!」
いきなりハスキーな男の声が響いた。
ハッとして私は目を開ける。
ドシュッ!
何かを切る音。
「ギャオオオーン!」
キマイラの前足が切断され、魔獣はうめきをあげる。
そこに立っていたのは長身の男だった。
マントをはためかせ、右手にロングソードを構えている。
後ろ姿しか見えない。
彼は私とキマイラの間に入ったのだ。
ロングソードは血を吸って、ポタポタと垂れた血が地面に血溜まりを作っていた。
「大丈夫かな?お嬢さん」
「あ、あなたは誰…!?」
男はチラリとこちらを見たが、すぐにまた戦闘を開始した。
「ははっ、若い娘さんがこんなダンジョンで手負で一人きり!これは男としては助けねばならぬシュチエーションだろ!?」
男はそう言うと飛び上がり、キマイラの背に乗った。
そして深々とロングソードをその頭に突き立てたのだ!
「グオオオオン!」
一声鳴いて、魔獣は倒れた。
ズズン…
重い体を横たえた魔獣はもう生き絶えていた。
すごい…この人、強い!!
私はポカンと男の姿を見る。
男は黒髪の短髪で、ツンツンヘア。
瞳の色はとび色、彼はこちらを見てニッコリ笑った。
「大丈夫だったかい?お嬢さん」
「え、ええ…ありがとう」
私は男にお礼を言った。
「あの、あなたは誰なんです?」
私の問いに男は照れ臭そうに笑った。
「オレか?オレはノイジー・ノイズ。このダンジョンで日夜レベル上げに励むただの剣士さ」
男、ノイジーはそう言って、ロングソードについた血飛沫を振り払い、剣を鞘に収めた。
私は男の前でただ呆然とするばかりだったが
「ところで、お嬢さんのお名前を聞いていいか?」
「えっ、私?…リリィ・アンダースロープ、剣士よ」
「リリィさんと言うのか、よろしくな」
ノイジーはそう言って私に笑いかけた。
しかし私は今にも倒れそうになっていた。
とても笑い返す余裕はない。
傷が深すぎる。
ノイジーはそんな私に気づいたのか、すぐにポケットからポーションの瓶を取り出した。
「ほい、リリィさん、これを使いたまえ」
「あっ、ありがとう…でもポーションくらいじゃこの傷は」
「いいから、いいから!」
彼から寧ろ強引に瓶を渡されて、私は少々困惑したが、私はとりあえずそれを飲んだ。
ないよりはマシだろう、ポーションひとつでも
そう思っていた。
しかし
パァアアアア!
光が体から溢れた。
体の奥底から力がみなぎってくる。
こ、これは!?
「ははっ、どうかな?秘薬エリクサーの力は」
ニヤニヤしながらノイジーが言う。
エリクサー!?
私は仰天する。
それはあまりにも希少な霊薬だ。
どんな傷もたちどころに癒え、体力も全快する。
その通り、だった。
私の腕の傷はみるみるふさがり、折れた足は元通りになったのだ!
「こんな、こんな貴重なものを使ってしまって…!」
「君の体の方が大事さ、リリィさん」
ノイジーが笑いながらそう言った。
私は何とも言えない気持ちになり、ノイジーを見つめた。
よくよく見ればとんでもないイケメンな顔立ちだった。
彼の長いまつ毛が、目を瞬きさせる度に影を落とす。
掘りの深い顔に美しい肌、こんなに綺麗な人だったんだ…!
私はなんだかポーッとしてしまった。
それはそうだろう、このシュチェーションだ。
大ピンチの所をかっこよく救ってもらい、傷まで治してくれた。
私は顔が赤くなっていくのを感じる。
だ、だめよ!今日会ったばかりの人にこんな感情持っちゃ…!
「ん?どしたの?リリィさん」
「な、何でもない…!!それより、あなたは冒険者よね?私の仲間に会わなかった?聖騎士1人、僧侶1人、弓使い1人、魔術師1人」
「んん?あー会ってないねぇ、でもお仲間とはぐれてこんな所にいたのかい?いいよ、ならお仲間に会えるまで一緒に行こう」
「いいの?」
「無論、レディを1人で放っておく趣味はないんでね」
ノイジーは笑みを浮かべながらそう言った。
とても人懐こい笑みだった。
私は胸がドキドキするのを感じて、1人で焦っていた。


ノイジーと一緒に、私はダンジョン内を探索していた。
途中、何度か戦闘があったり、それでも難なくノイジーと私で魔物を倒していた。
そうしているうちに、だ。
「リリィ!!」
私は野営している
仲間たちに再び会うことが出来たのだ。
「リリィ!心配したんだよ!」
ぎゅっと私を抱きしめるのは、僧侶のミオン。
エルフの僧侶だ。
耳をぴくぴくとさせながら、私の顔を覗き込んでいる。
顔の右半分を髪の毛で隠している。
「大丈夫だったの!?」
弓使いのルルカが私に話しかけた。
ルルカもミオンと同じエルフ族だ。
赤い髪をポニーテールにしている。
ミオンとは長い付き合いらしく、たまに2人はお互いの事で笑い合っていて、とても仲が良いようだった。
「とりあえず、無事だったようだな」
ホッとしたような声で話すのは聖騎士のライオット。
白金の鎧を着た、本物の聖騎士だ。
私たちのパーティのリーダーである。
剣の腕も一流だ。
「良かったですね、ところでそちらの方は?」
魔術師のエデンが言った。
エデンは黒髪のロングヘアの魔術師だ。
かなり強力な魔法も扱える、魔術のエキスパート。
そのエデンの声に、みんなはノイジーの方を見た。
ノイジーは、ほぇっ?と言う顔をしたあと、はっはっはと笑った。
「オレはノイジー。リリィさんと偶然会ってね。君たちが仲間か。出会えて良かったな!」
ノイジーは薄く微笑みながら、良かった良かったとうなづいていた。
私はそんな彼をみつめ
「ありがとうノイジー。あなたに会わなかったら、私はどうなっていたか…!」
「いいんよ!」
ノイジーは手をひらひらさせて、笑っていた。
ニッコリとした表情がとても眩しい。
私の胸はじんわりと熱くなっていた。
このダンジョンでのこの出会い。
この出会いがなければ、私は今こうしていない。
私はノイジーに深く感謝した。
「さて!それじゃオレは行くかな。じゃあな、リリィさん」
ノイジーはそのままこの場を去ろうとする。
私は思わず彼の服の裾を掴んでいた。
「ま、待って…!」
私の声にノイジーは足を止めた。
彼は優しそうな笑みのまま、私に振り返った。
「ねぇ、あなた何者なの?あれだけ強くて、しかもエリクサーまで持ってた。あなたって一体…」
私の言葉にノイジーは笑顔のまま
「いやいや、大したことじゃないよ
それより、リリィさん…」
急にノイジーが真顔になった。
私はびっくりした。
しん…と一瞬沈黙が訪れた。
「何か…来る!」
ルルカが鋭く発した。
私たちの間に緊張が走る。
ただごとではない、その予感にみんな体を硬直させた。
「ああ…こりゃ大物が来るな」
ノイジーがまた、ヘラヘラと笑いながら言った。
そして
「魔物…!?」
「こ、これは…!」
エデンとライオットが声を発したその時だった。
ズズン…
遠くで何かの音がした。
しかしそれは近づいてきて
そして、私たちの近くの通路の壁が壊れた。
ゴオン!
その壊れた壁から、それは出てきた。
「ちょっと待て…!」
ライオットの顔が青くなる。
「ジャイアント・デーモン!?」
エデンが叫んだ。
魔物は群れだった。
壁から次々と姿を表す。
禍々しい魔物の姿に、私たちは戦慄した。
そうだ、私が倒したグレーターデーモンの上級種、ジャイアントデーモンだった。
「な、7匹…!?」
ミオンが驚きの声を上げる。
私たちは仰天した。
こんな強力な魔物がこの階層にいるわけがない。
明らかに最深部の魔物だ。
「ダメよ!多すぎる!逃げよう!?」
ルルカが叫ぶ。
「いや…無理だ。囲まれた」
ライオットの顔が引き攣った。
私たちはいつの間にか7匹のジャイアントデーモンに囲まれて、退路を無くしていた。
「なんてことだ!何でこんな魔物が!?」
ライオットが腰の剣を抜き放つ。
もう戦うしかない。
そう思ったその時だった。
「ふふふ…また冒険者か」
魔物たちの後ろから、何者かの声がした。
そこには1人の少年のような姿の人物がいた。
フードを深く被り、口元しか見えない。
右手に剣を一振り持っている。
「あなた、何者なの!?」
私が思わず叫ぶと、彼はフードを脱いだ。
さらさらな銀色の髪、瞳の色は真紅だった。少年は口元を歪めるように笑った。
「初めまして、僕はエルドラド・レオンという。しがない魔導士さ」
そう言って、エルドラドはくっくっと笑った。
ぐるりと周りを見回すように首を曲げ、そして言った。
「このダンジョンはいいねぇ、僕の実験場として最適だ!馬鹿な冒険者たちがわんさかやって来る!実にいい!」
エルドラドの声は不気味にダンジョン内に響き渡った。
私はその少年のような人物、エルドラドに話しかける。
「あなたがこの魔物を使役しているの?」
「そうさ」
エルドラドは緩く笑った。
口元を歪めるような笑みだった。
「僕はここで魔の力の実験をしている。君たち、宝箱を開いただろ?あれも僕が設置したのさ」
そうだったのね…!
私は納得した。
確かにあの宝箱はおかしかった。
罠が厳しすぎる。
この人物の介入があったのだ。
私は思わず唇を噛んだ。
「さーて、そろそろお話しは終わりだよ」
エルドラドはそう言って剣を振り上げた。
魔の力を感じる、そうか、魔剣か!
「その魔剣で魔物を操っているのね!」
私の言葉にエルドラドは楽しそうだ。
「そうだよ、勘がいいな、好きなタイプだ。君、名前は?」
「名乗ってどうなるの!?この魔物で私たちを殺す気でしょ!」
私が言うとエルドラドは盛大に笑った。
心底楽しそうに。
顔を歪め、大きく笑っていた。
「そうだな、そう思っていたが、それも面白くないなぁ。どうだ?僕の実験に君が付き合ってくれるなら、他の人間たちは見逃してあげるよ」
エルドラドの言葉にライオットが怒気を含んだ声を上げた。
「馬鹿にするなよ!リリィを犠牲にして助かるなんて、騎士道に反する!」
「ふん、かっこつけるなよ、騎士様」
エルドラドとライオットの間に不穏な空気が流れた。
ライオットは剣を構えたまま。
私はその2人の間に進み出た。
「待って、私が行けば、みんなを助けてくれるの?」
「リリィ!」
ライオットが驚きの声を上げる。
「ダメだよ!リリィ!」
ミオンが私の腕を掴む。
「私たちは仲間だよ!?仲間を売って助かって、嬉しいはずないでしょ!」
ミオンが私の目を見て叫んだ。
私はなんだか胸に来るものがあった。
「はーあ、つまらないねぇ、お仲間ごっこの情けのかけ合い、下らなすぎて笑いが出るよ」
心底どうでも良さそうに、エルドラドが言った。
本当に下らない、と言う表情だ。
「まぁいいや、ならここでデーモンに喰われてくれよ。」
エルドラドが馬鹿にしたように言いながら剣を振り上げた。
その時だった。
私の前にノイジーが進み出た。
「まてよ、あんたオレが身代わりになると言ったらどうするよ?」
ノイジーの言葉に私は言葉を失った。
「何言ってるの!?」
私の代わりにルルカが声を上げた。
「あなたはリリィを助けてくれた恩人です!」
「仲間を救ってくれた恩がある!」
エデンとライオットが続ける。
ノイジーは私を後ろに庇うように前に出た。
「ノイジー!やめて!」
私が悲鳴のような声を上げると、ノイジーは振り返った。
少し困ったような、寂しそうな笑みを浮かべて。
「いいんだよ、リリィさん。オレはあんたに会えて楽しかったぜ。負けん気の強い娘さんだからな。さて、オレはオレの仕事をするまでよ!」
ノイジーはロングソードを抜き放った。
「ほう?僕と戦うつもりなの?」
「いかにも!さて、どうしようかね?男の身代わりはいらないんだろ?」
「まぁねぇ、何の利用価値もないからね、君、そろそろ死んでくれよ」
エルドラドとノイジーが対峙した。
ジリジリと間合いを詰め、先にノイジーが動く。
ロングソードを素早く振るう。
しかし…
エルドラドはその身を恐ろしい反射速度でかわし、ノイジーの剣は空を切った。
エルドラドはニヤリと笑った。
これは普通の人間の動きじゃない。
エルドラドは素早く魔剣を
ノイジーの腹に突き立てたのだ!
「ぐはっ!」
ノイジーの口から、大量の血が吐かれた。
「いやあああああ!」
私は上げたことなのないような悲鳴をあげていた。
いや…!こんなの…!
私はガクガクと膝から崩れ落ちた。
「おやおや、随分と呆気ないなぁ」
エルドラドがつまらなそうに言った。
しかし
ノイジーは突き立てられた魔剣を掴むと笑った。
「さーて、そうかなぁ?」
ノイジーは笑いながら剣をさらに自身の体にめりこませた!
「なっ!?何をしている!?」
「魔剣よ、オレのものになれ!同化しろ!」
その叫び声に、魔剣がまさかの反応をした!
青い刀身がが震え、甲高い音がする。
「な、なんだと!?馬鹿な!お前…もしかして!」
「多分当たりだよ、少年」
ノイジーは心底楽しそうに笑った。
口から血を滴らせているのに、とても楽しそうだった。
「オレは人間ではない…魔の者だ」
エルドラドは慌てて剣を抜こうとする。
しかし剣はびくともしなかった。
「剣と同化!?まさか‥ソウルイーター…」
「そうだよー。だからさ…」
ふわっとノイジーの身体が浮いた。
魔剣との同化が始まったのだ。
魔剣とノイジーがどんどんと重なり…ノイジーの姿がだんだんと消えていく。
「リリィさん…オレは消えちまうけど、その後この剣を使ってくれよ」
「ノイジー!待って!」
「魔剣使いになってくれよ、リリィさん」
私は涙が溢れて止まらなくなった。
そんな、ノイジーが人間じゃなくて…!
「オレは魔の者…魔人だ。ソウルイーターと呼ばれている。魂を喰うもの。しかしあんたのその綺麗な魂はとても喰っていいもんじゃないからな」
まって…!
「待って!ノイジー!」
ノイジーは笑った。
とても綺麗な顔で、血だらけで、それでも心底楽しそうに。
ノイジーのこの顔を、私は生涯忘れないだろう。
私は泣き声をあげてしまった。
「泣かないで、リリィさん。オレは消えるが、魔剣はあんたのものだぜ」
「させるか!」
呆然としていたエルドラドが、ハッと我に帰り、魔剣に手を伸ばす。
しかし、もうその魔剣を手にすることはできなかった。
魔剣は持ち主を変えたのだ。
エルドラドはの手は空を切った。


ノイジーの身体は完全に消えて、残ったのは妖しく輝く青い刀身の魔剣だけだった。
ふわりとその剣は私の手の中に収まった。
「我が主人、我は魔剣セルシスリード」
「私はリリィよ」
私は涙を拭いた。
もうノイジーの姿はない。
彼は魔剣の一部になったのだ。
ノイジー、私、あなたのこと…
私は剣を振り上げた。
「さて、あなたはどうするの!?」
私は呆然とするエルドラドを睨みつけた。
「バカな…!」
エルドラドはたじろいだ。
「デーモンたち!こいつらを…!」
しかしデーモンたちは動かない。
「さぁ、ジャイアントデーモンたち、私に従いなさい!」
魔物たちの間に、火花のような光が飛び散った。
魔物たちはゆっくりと私に向き直り
私の前にひざまづいた。
「くそっ!こんなはずじゃ…!」
エルドラドは私を睨んだ。
でももうこんなやつ怖くも何ともない。
ね、ノイジー、私を守って。
「必ず!その魔剣を取り返してやる!リリィとか言ったな!お前のことは忘れんぞ…!」
エルドラドは走り去り、その姿は闇に飲まれるようにダンジョンの奥へと消えていった。

これが、私とノイジー、いえ、魔剣セルシスリードとの出会いだった。
私はこの時、魔剣使いになった。


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