魔剣使いのリリィさん⑤

「そうね…あんなことが起きてしまった後だとね」
私はポツリと呟いた。
そして、リビングに立て掛けてある剣を見る。
魔剣セルシスリード。
魔人ノイジーが合体した本物の魔剣だ。
私はこの剣を手に入れ、魔剣使いになった。
魔剣の力で色々なことができる様になった。
ライオットは一口コーヒーを飲むとゆっくりと私の方を向いた。
「俺も無理なことを言ってるのは承知だ。お前はまだダンジョンには入りたくないだろ?しかし…今回の冒険にはお前さんの力が必要なんだ、リリィ」
ライオットが真剣な表情で言う。
「ライオット、今回は最下層に潜るんでしょ?何が目的なの?」
「実は…」
言い出そうとして、ライオットは少し言葉を詰まらせる。
何か言いづらいことがある…?
私は少し不思議に思った。
いつでも猪突猛進なライオットにしては珍しい。
一体何があるっていうの…?
ライオットは言い淀むと、少し顔を赤らめた。
ん?んん?
私は不思議なものを見る様にライオットの顔を覗き込む。
「ん…いや…実はだな」
「どうしたの?変ね、あなたにしては」
「いや…あのその…実はサキュバスの女王の討伐なんだ」
ライオットがそう言ってますます顔を赤くした。
「ん?サキュ…え?」
私は思わず聞き返す。
サキュバスは男性の精を吸い取る淫魔だ。
その女王の討伐?
「もしかして?ライオット?」
「すまんリリィ!今回のパーティはどうしても女性の力が必要で…!」
「そっか、サキュバスに対抗するには確かにね」
「しかもかなり危険な相手だ、あまり下手も打てない」
ライオットはモゴモゴとそう言うと、ふっと一息ついた。
「すまんな、こんなことを頼むのは気が引けるんだが」
「いいわよ、あなたと私、知らない仲じゃないんだし」
私はフッと笑った。
なんだかおかしい。
堅物のライオットが勇気を出して打ち明けてくれたのだ。
しかし私は少し意地悪な気持ちになった。
「で?パーティは女性だけなのに、あなたも来るんでしょ?」
「う、そ、それは…」
ライオットが固まる。
私はニヤニヤとライオットに笑いかけそうになるのを堪え
「サキュバスの攻撃、あなたが受け止めるんでしょ?大丈夫なの?」
「それなんだが…まるで俺…おとりじゃないか?」
私は不安げな表情のライオットに吹き出しそうになるのを堪えて
「そうね、それは否定しないわ」
私は少し面白がっていたが、サキュバスくらいならライオットがいなくてもなんとかなる、と思っていた。
割とその時は本気で。
でもまさか、あんなに大変なことになるなんて…!


パーティの構成メンバーはこうだった。
ライオット、聖騎士
私、リリィ、魔剣使い
ミオン、僧侶
ルルカ、弓使い
ルーティア、魔道士
ルーティアという女性魔道士は私は初めて会う。
ライオットによると名の知れた魔道士らしい。
ふうん…今回は本当に戦力は女の子だけになりそうね。
ライオットには、サキュバスを惹きつけるおとりをしてもらう。
何とのことはない、と思っていた。
そっか、ここにフェーンが加わるのね。
私は子犬の姿をしたフェーンを見た。
フェーンは椅子に座っている私の横で大人しくしている。
私はフェーンの背中を優しく撫でた。
フェーンは嬉しそうに尻尾を振る。
「ねえ、フェーン。フェーンはサキュバスって知ってるの?」
「わおん!」
フェーンが元気に鳴くと、ポンっと姿を変えた。
今回はちゃんと服を着ている。
「そうだねー魔界でも暴れん坊だからね、あいつら」
フェーンはニコニコとしていた。
「なんかわかんないけど、男の人に人気で、女の人に嫌われててさ。僕は会ったことはないんだけど」
「まぁ、そうでしょうね」
私は思わず苦笑いした。
「おねえちゃんは知ってるの?あいつらのこと」
「あぁ、今回戦う相手なのよ、実際そこまで怖い相手じゃないと思うけど」
「わん!あんまり舐めない方がいいよ!」
フェーンが珍しく咎める様に言った。
「ん?フェーンにしては珍しいこと言うね?」
「だって、そんなに弱い魔物なら、最下層になんか現れないよ!」
わんわん、とフェーンが鳴く。
「それもそうか」
「おねぇちゃん、サキュバスは人間の欲望を具現化させるんだよ、相手によってはとっても怖いんだ」
「フェーン、よく知ってるのね」
「僕の知ってる魔物でも、あいつらには近づかないよ、怖いってさ」
フェーンの言葉に私はふむ、と思わず納得した。
確かに、欲望を見せつけられるのはもしかするととても怖いことなのかとしれない。
私は思わず魔剣に目を止めた。
ノイジーはこんな時、なんて言ってくれるのかなぁ…
ぼんやりとしていると、ファーンはまたポンっと子犬の姿になった。
「わんわん!」
「あら?お腹すいたの?待っててね今用意するから」
私は席を立つと、フェーンのために塊のお肉をお皿に乗せた。
フェーンは喜んでガブリと肉にかぶりつく。
私は嬉しそうに食べるフェーンを見ながらほっこりとした気持ちになった。
今回の相手、やっぱり油断はできないか。
フェーンの言ってることももっともだし、気をつけないと。
「でも、いざって時は守ってね、ノイジー」
ポツリとつぶやく。
魔剣はしん…として何も答えない。
でもかすかに、わかった、と言われた気がして。
気のせいなのはわかっていた。
でもなんだかノイジーに会いたくなって、私は涙が込み上げてくるのを慌てて隠すと、フェーンの背中を何度か撫でた。
フェーンは肉を食べながら尻尾を振っていた。
さて…今回も気張りますか!
私は立ち上がるとぐーんと伸びをした。

ザッザッ
私たち5人と1匹はダンジョンの中を進んでいた。
途中何度か魔物と戦闘があったが、誰も傷を負わず無傷だった。
わんっ、とフェーンが吠えると、魔物が現れる。
先に戦闘の準備ができて、とても有利だった。
「かわいいねー、リリィの使い魔さん、お利口さんだし!」
「そうね!とってもかわいい、フェーンちゃん!」
ミオンとルルカが私の肩に乗った子犬姿のフェーンをそっと撫でる。
フェーンは嬉しそうに尻尾をふった。
「本当かわいいね、私もこんな使い魔ほしー」
キャラキャラと笑うのはルーティアだ。
見た目は派手目のギャルである。
金髪をツインテールにして、ミニスカートを履いている。
その上に魔女のローブと帽子をかぶっていた。
初めてあったその魔道士は、あまりにもギャルすぎて。
しかし実力は本物だった。
何度もその卓越した魔力で魔物を撃破した。
「ありがと、みんなも仲良くしてね」
私が言うとわんっ、とフェーンが鳴いた。
すると3人はデレデレになった。
「かわいいー!!!」
「本当にかわいい!」
「こんな子ほしー!」
先頭を歩いていたらライオットが、やれやれと振り返る。
「お前たち、これから大きな戦闘があるんだぞ?少し気を引き締めてだな…」
「ライオットー!そんな硬いこといわないでよー」
ルーティアがニヤニヤと笑いながら言った。
「それに今回はあなたが頼りなんだからさ!シクヨロ!」
ルーティアの言葉にライオットの表情が曇った。
「んー、俺にあまり期待するな…」
ライオットはやれやれと前を向いた。
私たちはフェーンを囲んで大盛り上がりだった。
女子たるもの、かわいい存在がいれば、全力で愛でるべし!
ルーティアのセリフだ。
本当に暫くぶりに和やかな空気に触れた。
私もなんだかホッとしてしまっていたが、これから戦闘があるのよね。
確かに、少し気を引き締めないと。
「フェーン!人型になって」
「わんっ」
ポンっと、フェーンが少年の姿になる。
すると!3人はワナワナと震え出した!
「ショ、ショターーーー!?」
ミオンがキラキラとした目で叫ぶ。
「どういうことなの!?リリィ!?」
ルルカが拳を握り締めながら叫んだ。
「少年の姿になれるなんて、反則よおおお!」
ルーティアが泣いた。
ありゃりゃ、失敗した!
少し空気が引き締まるかと思ったのに、阿鼻叫喚になってしまった。
私は焦った!
「あのね!フェーンは3つの姿に変身ができて…」
「ちょっと待ってーーー!」
あわわと3人が狼狽える。
「もう一つの姿って、まさか美青年!?」
「ち、ちが…」
「すごすぎるー!」
「だ、だからちょっとま…」
「何でこんな使い魔いるのぉー!?反則ーーー!」
「ちょ、3人…待てって!」
私はなんとか3人を宥めようと焦った。
ライオットが振り返り、冷たい目線を向けてくる。
「お前ら、本当にわかってんのか!?これから戦闘あるんだぞ?」
「ご、ごめん、ライオット…」
私は焦って謝った。
「まさか、こんなに盛り上がるなんて」
「女子会は地上でしろ!ほら行くぞ」
今日何度目かのやれやれをしながら、呆れた表情でライオットは私たちを促した。
本当、こんなんで大丈夫かなぁ?



私たちはついに最下層に着いた。
そこは他の階層とは違い、澱んだ空気が流れていた。
私はゆっくりと魔剣を構えた。
どこから何が襲ってくるかわからない。
不思議な緊張感があった。
「これは…思ったより侵食されてるみたいね」
ルーティアがつぶやく。
「ミオン?どう?」
「うん、いるね、近くに」
ルルカの問いにミオンが答えた。
ミオンは感知の力を持っている。もちろんそれだけではないのだが、ミオンの力についてはまた別の機会に説明しよう。
「ライオット、頼むわよ」
「任せておけ、と言いたいところだが、正直俺にもどうなるかわからん」
私の言葉に珍しく弱気な発言をするライオット。
その時、ねっとりとした気配を感じ、私は振り向いた。
大きな目玉が浮かんでいた。
これは…!?
私はゾクリとして剣を構えた。
「いる!来たよ!」
私の叫びに4人が振り返る。
その目玉は私たちを睨め付けると、ギョロリと瞬きした。
私はその時発せられた強い魔力にフラフラと魔剣を取り落としそうになった。
ヤバい…テンプテーション!?
私は叫んだ。
「ダメ!目を見ないで!」
「わんっ!!」
フェーンが鳴き声を上げる。
目玉はみるみる姿を変えた。
豊かな黒髪に、くびれた腰、大きな乳房、瞳は先ほどの目と同じ赤い色をしている。
『ククク…よく来たね、冒険者たち、妾の庭へ』
「お前がサキュバスの女王か!?」
ライオットが剣を構えながら叫ぶと女はフフフと笑った。
『いかにも、妾はリオーネ。女王と呼ばれるのにふさわしい存在ぞ』
女、淫魔リオーネが笑った。
色っぽく、どこか人を魅了するかの様な笑い。
私たちは陣形を組んだ。
ライオットを先頭に、横に私がつく。
後ろにルルカ、最後尾はミオンとルーティアだ。
「ミオン!祝福!!」
ルルカぎ叫び終わると同時にミオンの呪文の詠唱が始まった。
「祝福よ!」
ミオンのバフの魔法が私たちにかかる。
全てのステータスの底上げだ!
「ルーティア!魔法をお願い!」
「任せとき!」
私の叫びにルーティアが詠唱を始める。
『そんな魔法、妾に効くと思っておるのか?』
ルーティアは両手の間に火球を宿した!
「ファイアーボール!」
ルーティアが振りかぶって火球を投げつけた!
ゴオオと周りを焼き尽くすような豪炎だ。
その火の玉はリオーネ目指して突き進む!
リオーネはフッと吐息を吐いた。
するとみるみると炎の球は小さく、消えていった。
うそ…!思った以上に魔力が強い…!
「フェーン!戦闘形態になって!」
「わかったよ!おねえちゃん!」
フェーンが大きな魔物の姿に変わった。
大きな体躯、屈強な体。
しかしリオーネは動じず
『フフフ、使い魔か?こざかしい』
リオーネの魔力は思った以上に強かった。
その姿の背後から何本も触手が現れた!
その触手は素早い動きで私たちに巻き付いてきた!
「きゃっ!?」
ライオットを除く全員が捕まった。
『フフフ、男は妾の餌だからの』
リオーネはゆっくりとライオットに近づいた。
ライオットは動けない。
「ライオット!」
『ムダじゃ、もうこの男は妾のいいなり』
金縛りにでもあったかのようにライオットは動かなかった。
『さて、他の女の気ももらっておくかの、この男を使ってな、動け!』
リオーネはパチンと指を弾いた。
するとライオットは捕まっている私の方を向いた。
「ライオット!?」
彼の目は虚で、フラフラと私に近づいてくる。
そして、触手に巻き付かれた私をライオットは両手で抱きしめた!
「きゃ!ライオット…やめ…!」
『ほうら、その女の生気を吸い取るのじゃ!』
ライオットの顔が段々と私に近づいてくる。
そうか、唇から生気を奪わせる気だ!
私は顔を背けた。しかしライオットの唇がどんどん私に近づき…
「ガオオ!」
唯一、触手を引きちぎったフェーンが
私とライオットを引き剥がした!
「フェーン!」
「おねえちゃん!大丈夫!?」
フェーンはブチブチと私の体に巻き付いた触手を引きちぎった。
『小物が!そんなもので勝てると思うな!』
リオーネの目が妖しく輝いた。
私たちに催眠をかける気だ!
ヤバい!強い!
私はクラクラと混濁する視界の端に魔剣を見た。
ふと後ろから誰かに抱きつかれる。
「ノイジー!?」
私を抱きしめているのはノイジーだった。
あの捉えどころのない笑顔を浮かべて。
まずい!幻覚!?
しかし私はその幻のはずの彼の姿に懐かしさを感じて、胸が締め付けられる思いだった。
フェーンが言っていた、欲望を具現化…まずい…
意識が持っていかれそうになった。
ノイジーがゆっくりと私の唇に唇を重ねようとする。
ダメ…!!
私の右手が動いた。
正確には魔剣が。
ニセモノなんかに、渡しゃしねぇよ!
ふと声がした気がした。
そして魔剣を一振り。
私たちの周りにあった景色が変わる。
『なんじゃ!その剣は!妾の魔力が効かない!?』
「そう、この剣ソウルイーターなの、あなたの魂もらうね」
私は全力で走った。
そして剣をリオーネの胸元に突きつける。
リオーネはなすすべもなく魔力を吸われた。
その姿はどんどんしわくちゃになり、やがて消え去った。
空気が変わった。
私とフェーン以外の4人は床に倒れていた。
フェーンがはぁはぁと荒い息をしながら私の傍に立った。
「おねえちゃん…大丈夫?」
「ありがと、フェーン。ノイジーに…助けられたみたい」
私は右手の魔剣を見た。
その剣に着いた紫の宝石が妖しく光っていた。
私たちはこうして何とか戦闘に勝利したのだった。



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