魔剣使いのリリィさん⑥

「みんな、大丈夫…?」
私は倒れているみんなに近づき、無事を確認した。
みんななんとか怪我もなく、ただサキュバスに精神を蝕まれたので少しだるそうだ。
「うん、なんとか」
ルルカが頭を押さえながら言った。
その横でミオンが厳しい表情をしている。
「でも、まだよ」
鋭い声だ。
「まだ本体が消えてない」
ミオンの魔力探知に引っかかっているのだ。
本体のサキュバスは倒れてはいなかった。
さっきのは分身か…
私はヒュンと魔剣を振ると、鞘に収めた。
魔剣は分身の魔力を吸ったおかげか、なんだか少し機嫌が良さそうだ。
私はゆっくりと周りを見回した。
「分身をいくら倒しても意味ないからね、本体を探さないと」
「ライオット、大丈夫?」
ルーティアに支えられて、ライオットが立ち上がった。
「すまん、全く役に立たなかった…」
「いいの、今回は仕方ないよ」
ルルカの言葉にライオットは申し訳なさそうにうつむいた。
私たちは周りを警戒しながら歩き始めた。
まだサキュバスの本体は残っている。
その時、子犬姿のフェーンが毛を逆立て吠えた。
「うーっ、わんっ!」
「どうしたの?フェーン」
「なんか来るよ!おねぇちゃん!」
ジャリ、ジャリ
足音がする。
私たちの目の前の暗闇から、何者かの足音が聞こえた。
私は1番前のライオットの前に進み出た。
サキュバス相手では、私がメインで戦うしかない。
いつもとは違うフォーメーション。
私の後ろにはライオット、ルルカ、ミオン、ルーティアと続く。
私は再び魔剣を抜き放つと、手から魔力の光を放った。
「光よ!照らせ!」
ぽわっと光球が前方の通路を照らした。
なんとそこには
小さな女の子が1人。
ワンピースを着た、褐色の肌の黒髪の少女だった。
泣き出しそうな顔をしている。
「えぐっ」
そして少女は私たちを見るとついに泣き出した。
「わ、わたし、サキュバスに攫われて、ここまで連れてこられて…!」
ひっくひっくと泣きながら、少女が言う。
私は警戒を解かない。
多分この子…
「リリィ、助けよう」
ライオットが前に進み出た。
「待って!罠かもしれない!」
「こんな小さな子を放っておかないだろ」
ライオットは少女の前まで行くと、しゃかみこみ、少女の顔を覗き込んだ。
「大丈夫だ、俺たちと来ればきっと帰れる」
「本当に?お兄ちゃん…」
少女はゆっくりと顔を上げた。
私は反射的に魔剣を振りかぶる。
「ライオット!罠よ!ダメ!」
私はライオットの後ろから進み出ようとしたが、ライオットは慌てて私の身体を抱き止めた。
「待て!リリィ!」
「ライオット!?」
「待てって!本当に小さな女の子だぞ!?」
私たちが押し問答をしている間、少女はしくしくと泣いていた。
「ミオン、どう?」
ルルカがミオンに聞く。
ミオンは首を振った。
「この辺り、魔力が充満してるの、この子からは何も感じないけど、あたりの気が強すぎて」
ミオンの言葉に私は一旦ライオットから離れた。
そしてライオットはまた少女に向き合うと、
「名前はなんと言うんだ?」
少女は顔を上げた。
「ルーン、だよ」
「ルーンね、あなた街の子なの?サキュバスに連れてこられた?」
私の問いかけに少女、ルーンはくしゃっと顔を歪めた。
「わたしのお父さんは魔術師です。魔力の実験のためにサキュバスを呼び出してしまい、お父さんは魔力を吸われて…」
ガタガタとルーンは震え出した。
「お父さんはサキュバスに殺されたの…私はサキュバスに餌として連れてこられて…」
どうやらこうらしい。
街の魔術師が、実験のためにサキュバスを召喚してしまった。
しかし思ったより上位サキュバスを呼び出してしまい、魔術師は昏倒。
娘のこの子を攫って、サキュバスはダンジョンは身を潜めた。
そしてこの子を囮に使い、サキュバスは何人かの人間を餌食にしたらしい。
私たちももれなくサキュバスの術中にハマったと言うわけだ。
私は思わずため息をついた。
どこかに本体が隠れてる。
しかし、自分の魔力にそぐわない魔物を召喚して、命を落とす。
年に何度かある事故だ。
魔物に逆に襲われて命を落とす者が少なくないのだ。
私はルーンを側に引き寄せた。
「ルーン、私から離れないでね、きっと街に返してあげるから」
「ありがとう、お姉ちゃん」
ひくひくっとルーンは鼻をすすった。
そしてくるりとライオットに向き直り
「お兄ちゃん、さっきは信じてくれてありがとう」
ライオットに笑いかけた。
ライオットはびっくりしたが少し笑って
「大丈夫だぞ、俺たちは強いからな」
くしゃっとルーンの頭を撫でた。
私たちはゆっくりとダンジョン内を進み始めた。
しかし、進んでも進んでも、サキュバスの本体を見つけることはできなかった。
「どうする?どこにいるかわからないし」
「そうね、私の魔力感知でも、いることはわかるけど場所の特定のまではできないから」
ミオンの言葉にルーティアが
「そろそろ一旦戻ってみる?」
私たちは最下層を後にすることにした。
何せルーンもいる。
このままでは埒があかない。
フォーメーションを崩さずに歩いていると、ルーンが少し遅れた。
「ルーン、大丈夫?」
私が声をかけると、ルーンはふるふると首を振り
「ダメ…」
「どうした?」
ライオットがルーンに近づく。
するとルーンはしくしくと泣き出した。
「ダメだよぉ…ダメ」
「何?魔力が上がってる」
ミオンの言葉に私たちはハッとした。
ルーンの周りの空気が歪む。
「ダメェ、出てこないで」
ルーンの中から何かの気配が感じられた。
彼女の身体を通り抜ける様に何かが現れ始めた,
「ルーンから感じるのは…!?」
「もしかして!潜んでいたの!?」
ルルカの言葉に私たちはフォーメーションを組み直した!
「ライオット!下がって!」
私の言葉に
ライオットは呆然としつつも数歩下がった。
「ルーン!」
「ダメェ!」
ルーンのことばが途切れた。
その瞬間、ルーンの背中から蝙蝠の様な羽が飛び出した!
ルーンの表情が変わる。
にやりと笑っている。
「ふふ、可愛い子供たち…私の餌におなり!」
ルーンの姿そのままに、彼女はサキュバスに身体を乗っ取られたのだ!
「ルーンの中に隠れていたの!?」
「そうみたいね…!」
私たちが構えているスキにルーンは飛んだ!
巨大な翼が空を舞う。
私たちは圧倒的な魔力の強さに圧倒されていた。
これが本体の力!
私は魔剣を構えた!
「ライオット!」
私はライオットを振り返った。
「しかし、あれはルーンだぞ!?」
ライオットの表情が歪んでいる。
「サキュバスに乗っ取られたとはいえ、生身の女の子だ!」
「ダメよ!もうダメ!助けられない!」
私の言葉にライオットは唖然とした。
そしてくっと、表情を歪めてルーンに向かって走り出した!
「目を覚ませ!ルーン!」
「あ…おにいちゃ…」
ルーンの目が虚に見開かれた。
まだ意識がある!
「ダメだよ…わたし、もう…」
「気をしっかり持て!俺が必ず助け…」
その時だった。
サキュバスに乗っ取られたルーンの身体から触手が放たれた!
そしてライオットの身体を貫通する。
「グハッ」
「ライオット!?」
私は魔剣を構えて飛んだ。
触手をぶった斬り、倒れたライオットに近づいた。
「ライオット!しっかりして!」
「俺としたことが…情け無い」
血を吐いてライオットはつぶやいた。
そして辛そうな表情で私に言った。
「ルーンを助けてやってくれ」
私はハッとした。
ダメだ…ルーンはもう
「お兄ちゃん…」
ルーンが虚な声でつぶやいた。
その時、突然私の頭に何かの考えが閃いた。
魔剣の紫の宝石が輝いたのだ。
頭の中に呪文が流れ込んでくる。
そうか…サキュバスの意識を封印すれば!
「みんな!ライオットをお願い!」
「わかった!」
私が叫ぶとミオンがライオットに近寄り、回復魔法をかけ始めた。
私はルーンと対峙した。
そして呪文を唱える。
魔剣からのメッセージだろう、ということは、ノイジーの意志?
私は呪文をつぶやいた。
『魔の子よ、魔の巣窟からい出し魔の者、我の名にかけて封じられん、魔の者よ』
私はサキュバスを調略し始める。
魔剣の力で、サキュバスを使い魔にする!
『るわーく、どむ、るぇりにおす』
そして周りの空気が変わった。
ドクン…
ルーンの中に私から力が注ぎ込まれる。
サキュバスの意識は完全に封じ込まれ、ルーンの中へと閉じ込められる。
ルーンの姿は相変わらず翅が生えたままだったが、その瞳に意識が戻った。
サキュバスの封印に成功したのだ!
「ルーン、あなたの中にサキュバスを封じ込めた。これからは私の使い魔として生きるの」
ルーンは瞳をぱちぱちと瞬かせた。
どうやら意識が戻り、私の言葉を理解したようだった。
「お姉ちゃんありがとう…わたし戻ってこれたのね」
「ごめんね、完全には救えなかった…こんな形でしか」
「いいの、これからはわたし、お姉ちゃんの使い魔として生きます」


回復魔法により、ライオットは生還した。
ミオンの回復魔法を、ルーンの魔力で強化したのだ。
「ルーン、無事か」
「ありがとう、お兄ちゃん」
ルーンはしくしくと泣いた。
「痛かったでしょう…大丈夫?」
「大丈夫だ、これしき!」
ライオットはルーンに笑いかけた。
いつもの彼の笑みだ。
私はなんとかサキュバスの意識を封じることに成功した。
しかし魔力そのものは残っている。
ルーンの身体に封じ込めたので、ルーンはこれからサキュバスの魔力と共にいかなければならない。
私の使い魔として。
私たちは地上へ戻ることにした。
今回の討伐は成功とは言えないが…
「ライオット、あなたがルーンを諦めなかったから、彼女は救われたの」
「そうか、すまんなリリィ」ライオットはポリポリと頭をかいた。
そして少し寂しそうな表情になり
「昔、俺にはいもうとがいてな」
ポツリと呟く。
「もう小さな時に亡くなったんだが、なんだかルーンと重なって。俺の力でなんとか救いたかった」
「大丈夫!私がこれか面倒みるからね!」
私はポンとライオットの肩を叩いた。
ライオットは泣きそうな顔をしていた。
思い出すことがあったのだろう。
そういえば、ライオットとは長い付き合いだけど、昔のことなんて聞いたことなかったな。知らないことだらけね。
私はガシッとライオットに抱きついた。
「なっ!?リリィ?!」
「遠慮しないで!大丈夫!ライオットはライオットなんだから!」
「そうね、とってもあなたらしい」
ルルカが笑った。
「いつもみんなを守る聖騎士だもんね!」
ミオンも笑いながら言う。
「このパーティ、あったかいね」
ルーティアがポツリと言った。
ルーティアの顔は泣きそうだった。
「なんか、心地よくって」
ぐすっと鼻を啜りながら、ルーティアは笑った。
「また呼んでね!いつでも来るから!」
そう言ってルーティアは私たちと握手した。
小さな手だった。
しかし強い魔力を感じる。
彼女も歴戦の戦士だから。
こうして、私たちの討伐は終了した。

ルーンの父親は助からず、埋葬した後に私たちは一緒に私の家に帰ってきた。
ルーンはこれから私とフェーンと一緒に住む。
私はルーンのためにパンケーキを焼いた。
シロップをたっぷりかけて、熱いミルクティーと一緒に食べる。
「わあっ!美味しそう!」
ルーンがはしゃいだ声を上げる。
曇っていた表情が輝いた。
「いっぱい食べてね!」
「わんわん!」
フェーンは私の足に絡みついておねだり。
「わかったわかった、今お肉をあげるね」
私はふぇのお皿に大きなお肉を乗せてあげる。
フェーンは嬉しそうに尻尾を振りながら肉にかぶりついた。
「ルーン、私たちのこと、新しい家族だと思っていいからね」
私がそう言うと、ルーンの大きな瞳にみるみると涙が出てたまっていった。
「うん…ありがとう、お姉ちゃん!」
ルーンは無理やりに笑った。
悲しくても、こうやって笑う。
そんな日々がこれからも続く。
私たちは新しい家族になったんだから。
「わん!」
フェーンが自分もいるよ、と鳴いた。






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