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リベレーティング・ストラクチャーとレゴ®︎シリアスプレイ®︎メソッド(31)シンプルなエスノグラフィー

 今回取り上げるのは「シンプルなエスノグラフィー(Simple Ethnography)」というリベレーティング・ストラクチャー(Liberating Structures: LS)である。

 リベレーティング・ストラクチャーとは?という方はまず、こちらのNoteを読んでいただければと思います。

 エスノグラフィーは「民族誌」「民族誌学」などと訳される。基本的には、対象となる集団や社会に属する人々の生活の中に入り込んで観察をして、その詳細を記述する。そこから、その集団・社会のもつ独自の文化や思考の癖や行動様式を理解しようと試みる。

この方法で何ができるか?

 参加者は、現地で経験を積んだ人々、つまり最前線で働く同僚や自社の製品やサービスを利用する人々の活動に身を置くことで、課題に対する斬新なアプローチを見つけることができるようになります。参加者が、自社の製品を作り、提供し、使用する際に、実際に何をし、何を感じているかを探ることで、変化と革新への扉を開くことができます。参加者の観察と経験は、パフォーマンスの迅速な改善とプロトタイプの開発を促進することができます。観察結果を組み合わせることで、重要なパターンを容易に発見することができるかもしれません。

”LS Menu 28. Simple Ethnography”より。DeepLで翻訳し一部修正したもの。

 相手の見ている世界を理解することは存外難しい。皆、自分の視点をもって世界を見ているからだ。そのことに自覚的になり、相手の見ている世界を理解しようと努める中で、それまで気づかなかったことに気づけるようになり、それが問題解決の突破口になることがある。それをもたらす機会をつくるLSである。

5つの構造要素

1.始め方
・参加者に、目の前の課題に関連する経験を持つ人を黙々と観察してもらい、さらにインタビューして洞察を深める。
2.空間の作り方と必要な道具
・調査結果や写真、ビデオを共有するのに便利なスペースがあるローカルな環境(職場、顧客組織、近所のどこか)。
・ノート、カメラ、ビデオ、許可証(必要な場合)を用意する。
3.参加の仕方
・課題に取り組む中核グループメンバー全員がエスノグラファーとなる。
・誰もが平等に貢献できる機会を持つ。
4.グループ編成の方法
・1人またはペアで観察したい場所に分散させる。
・グループ全体による報告会。
5.ステップと時間配分
・解決すべき問題と現在の状況把握を説明する。5分
・ユーザーエクスペリエンスを深く明らかにするために、観察するサイトやシャドーイングする人物を特定する。5分
・参加者に現場を訪れてもらい、対話と活動を無言で観察し、その詳細と内的考察を記録する。10~180分
・参加者に、観察された行動のうち、(部分的または全体的に)斬新な方法で課題に対処しているものを選んでもらい、観察した個人がその行動に取り組む際に何を感じ、何をしていたかを尋ねることでフォローアップする。20~180分
・エスノグラファーのグループを再招集し、「1-2-4-All」を使用してメモを比較し、観察結果のパターンを見つけたり、例外的な解決策を見つける。15分
・観察結果を書き上げたり、ニーズや機会を強調するストーリーを構成する。10~20分
・ブレーンストーミングやプロトタイピングに反映させる。10分
・中核グループのメンバーが、特に新しい強力なアプローチのプロトタイプができたと感じるまで、このステップを繰り返す。

”LS Menu 28. Simple Ethnography”より。DeepLで翻訳し一部修正したもの。

 各ステップの時間に大きな幅がある。対象によって最低限必要な時間が変わるということである。さらに、中核グループのメンバーが満足するまで繰り返すともあるので、根気強さが求められるLSともいえる。

 文中に出てくる「1-2-4-All」はLSの一つである。それについては以下のNoteにまとめている。

実施にあたっての追記事項

 ここでは「5つの構造要素」以外の項目を紹介する。

なぜ その目的なのか?
・見えないルーティーンを見えるようにする。
・基本的なニーズと革新的なソリューションを特定する。
・ユーザーに明示的なニーズを聞くだけではアクセスできない暗黙知や潜在的な知識を明らかにする(例:フォーカスグループを使って)。
・最前線の人々を観察し、インタビューすることで、敬意と信頼を示す。

”LS Menu 28. Simple Ethnography”より。DeepLで翻訳し一部修正したもの。

 三つめの項目はこのLSの本質に迫る記述である。観察する外部の人が対象について簡単に理解できないのはもちろんのこと、観察される対象者本人も(習慣化されすぎてしまって)気づいていないことがある。したがって、「シンプルなインタビュー」ではなく「シンプルなエスノグラフィー」なのである。インタビューは観察の中で気づいたことがでた後に深掘りのために行うというのがポイントだ。
 ちなみにここで出てくる「フォーカスグループ」は市場調査などをするときに、1人ではなく複数名の想定顧客を呼び出し、司会のもとでプロトタイプの商品などを見せながら顧客視点の理解を深めていく手法である。想定顧客の反応を観察し、その観察に基づいて必要に応じて話を聞いていくというように進められる。

コツとワナ
・観察結果に対して、意味や解釈を早急に加えることは避けるようにする。
・中核グループのメンバーが、特に強力な新しいアプローチによる試作ができたと感じない場合は、ステップを繰り返す用意をしておく。
・洞察力は、目立たない、見過ごされがちな細部から生まれることを意識する。
・本質に焦点を当て、材料や技術的な面は無視する。
・不規則なもの、親密な感じがするもの、気取らないものを探す。
・曖昧さを心地よく感じられるようにする。
・不完全なもの、粗けずりなもの、一時的なものを無視してはいけない〜逸脱していることが良いこともある。
・新しいアプローチを教えた後、簡単なエスノグラフィーを1ラウンド以上行う。

”LS Menu 28. Simple Ethnography”より。DeepLで翻訳し一部修正したもの。

 「見落としがちなこと」から洞察を得るので、目立たないものや逆に例外として対象外にしてしまいそうなものにも注意を払うということが言葉を変えて繰り返し強調されている。
 このLSの紹介ページには、可能性がありそうなことをさらに掘り下げるためのインタビューに使えそうな問いの一覧がある。以下にそれについても紹介する。

尋ねることを明確にする
順序を聞く: 順を追って説明してください...最初に何をしますか...次に何をしますか...。
具体性を求める: 昨日を例にとりますと...最初からお願いします。思い当たる重大な出来事やストーリーはありますか?
タスク+構造: あなたの1日の仕事の図を書いてもらえますか?
比較する: 他の人はこのように、あるいは違う方法で状況を処理するでしょうか?あなたの仲間はどう思うでしょうか?
参加させる: この○○(タスク)をどうやるか、どこでやるか見せてください。同じ作業をする他の方法はありますか?
歴史を知る: これまで、どんな方法で課題に取り組んできましたか?
重要性を聞く: 強い反応をしているようですが、その理由を教えてください。
数量を聞く: あなたの同僚のうち、何人がそれに該当しますか?
変化を確かめる: 昨年とどう違うのか?
内気な部外者になる: 私は見知らぬ者ですが、ここの文化について教えてください。
現地語を確かめる:( 笑って、笑って、肩をすくめて、にやにやして、目を丸くして)ながら言うのはどういう意味がありますか?
良い意味での逸脱している人に注目する:私たちが議論した課題を克服することができる人や一団はいますか?どのように、どのように、どのように?
振り返る: 〜という声が聞こえてきそうですが、そうなんでしょうか?

”LS Menu 28. Simple Ethnography”より。DeepLで翻訳し一部修正したもの。

 これらの質問を手札に持った状態でインタビューできると確かに効率性が高まりそうだ。

繰り返し方とバリエーション
・ストーリー・テリングのテンプレートを使って観察を構成する(例:ヒーローズ・ジャーニー)。
・参加者に課題の模型を描いたり作ったりしてもらう(非言語的手法が生み出す深い洞察に驚かされる準備をしておくこと)。
・観察にクライアントを参加させる(例:クライアントに自分の行動を記録してもらい、その画像や動画をグループで共有する)。

”LS Menu 28. Simple Ethnography”より。DeepLで翻訳し一部修正したもの。

 「ヒーローズ・ジャーニー」は他のLSの記事でも何度か紹介したが、ジョセフ・キャンベル氏が世界中の神話を調査する中で浮かび上がってきた成長や問題を克服する物語の雛形である。興味のある方は以下の書籍をお勧めする。

 事例
・営業担当者が、追加的なリソースや特権がなくても、より良い結果を得ている同僚がいることを知ることができる。
・患者さんのスピリチュアルなニーズに対応できる臨床医とそうでない臨床医がいることを理解するために。
・病院の隔離室から患者が何度も警告を受けたにもかかわらず出て行ってしまうのはなぜかを理解するために。
・病院での患者の転倒を減らす方法を理解するために。
・効果的な会議と非効果的な会議の違いの理解のために。

”LS Menu 28. Simple Ethnography”より。DeepLで翻訳し一部修正したもの。

 病院での事例が多く並んでいるが、医療に関わらずあらゆる場所で使うことができるLSであるといえる。特に「エスノグラフィー」で検索をかけるとビジネスへの応用を示唆するページが数多くヒットする。

レゴ®︎シリアスプレイ®︎メソッドとの関係

 「繰り返し方とバリエーション」の項目に、「参加者に課題の模型を描いたり作ったりしてもらう(非言語的手法が生み出す深い洞察に驚かされる準備をしておくこと)。」という記述がある。ここが、レゴ®︎シリアスプレイ®︎メソッドとの直接的な接点となる。
 加えて、「なぜ その目的なのか?」のなかで、「観察する外部の人が対象について簡単に理解できないのはもちろんのこと、観察される対象者本人も(習慣化されすぎてしまって)気づいていないことがある。」ということも書いた。本人が気づかない考え方についても、ファシリテーターがうまくリードすることによって、レゴ®︎ブロックのモデルによってそれを顕在化できる。

 「ファシリテーターがうまくリードする」と軽く書いたが、それを実現させるのは決して簡単ではない。調査の対象者は自ら調査されることは望んでいない。むしろ警戒さえするかもしれない。そのような参加者の気持ちをうまく整え、フローに入れてワークへと夢中にさせること、作った作品に対して適切な問いを投げることなどができて初めて効果的なワークが展開できる。
 そうした普段からの研鑽があってこその「エスノグラフィー」とレゴ®︎シリアスプレイ®︎メソッドとの連結なのである。

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