見出し画像

リベレーティング・ストラクチャーとレゴ®︎シリアスプレイ®︎メソッド(16)最小スペック

 今回取り上げるのは「最小スペック(Min Spec)」というリベレーティング・ストラクチャー(Liberating Structures: LS)である。

 リベレーティング・ストラクチャーとは?という方はまず、こちらのNoteを読んでいただければと思います。

この方法で何ができるか?

 絶対に守らなければならない最小限のシンプルなルール、「最小スペック」だけを指定することで、グループを自由に革新することができます。「最小スペック」を尊重することで、目的意識と責任感のあるイノベーションを実現することができます。十戒のように「最小スペック」は制約を活かすもので、「しなければならないこと」と「してはならないこと」だけを詳細に記述します。イノベーションの邪魔になる、必要以上のルール、最大スペックを排除することができるのです。多くの場合、2~5個の「最小スペック」で十分であり、グループが進歩するために何をしなければならないかという理解に、より多くの自由とより多くの責任を加えることによって、パフォーマンスを向上させることができるのです。参加者は、現場での経験から、「最小スペック」を一緒に作り、適応させ、一体となって働きます。ルールに従うことで、グループは自由に行動することができます。

”LS Menu 14. Min Spec”より。DeepLで翻訳し一部修正したもの。

 「スペック(Spec)」はPCなどの機械類の規格や性能仕様を指す用語として使われることが多い。転じてこのLSでは「組織や個人が目的を達成するためにしなければならないこと・してはならないことを定めたもの」ということになる。そのような制約が多過ぎれば人は自由に動きにくくなる(何かを確実に行うために考えられうる、あらゆる制約を詰め込んだものが「最大スペック」である)が、そのようなもの全くがないとどう行動を決めていいかわからなくなる。その中間のどこかに人々が自由にかつ足並みを揃えて行動する「最小スペック」が存在する。

5つの構造要素

1.始め方
・挑戦的な活動、新しい取り組み、あるいは戦略的に行き詰まりになっている状況などにおいて、参加者を招きます。まず、成功するために注意すべき全ての「やること」と「やらないこと」のリストを生成してもらいます。これが最大スペック(Max Specs)のリストとなります。
・最大スペックのリストが出来上がったら、参加者に目的を達成するために必要最低限の状態まで減らしてもらいます。1項目ずつリストをふるいにかけ、「このルールを破ったり無視したりしても、目的を達成できるか?」という質問に対して「イエス」となるルールをすべて削除するよう、参加者に呼びかけます。
2.空間の作り方と必要な道具
・小さなテーブルの周りに4~7脚の椅子を並べたグループ。
・最大スペック・最小スペックを記録する紙。
3.参加の仕方
・活動やプログラムに関わるすべての人が参加できる。
・誰もが平等に貢献する機会がある。
4.グループ編成の方法
・個人でスタートし、その後4~7人の小グループに分かれる。
・グループ全体で共有する。
5.ステップと時間配分
・最初に一人で1分間、その後に小グループで5分間、統合と拡張を行う。短時間でできる限り完全なリストを作成する。6分
・小グループでは、その「最大スペック」の各スペックを、目的に照らしてテストする。そのスペックに違反しても目的が達成できる場合、そのスペックはリストから除外される。15分。
・必要であれば、2ラウンド目を行う。15 分
・小グループ間で比較し、最も短いリストに統合する。15分

”LS Menu 14. Min Spec”より。DeepLで翻訳し一部修正したもの。

 最初に考えられる範囲でルールを出していく「最大スペック」を作り、そこから「本当にこれがないと目的を達成できないか」を吟味してルールの数を削っていく。まず視野を広く「拡張」して、その後「縮小」するという組み合わせで覚えていけば進行も難しくなさそうだ。

実施にあたっての追記事項

 ここでは「5つの構造要素」以外の項目を紹介する。

なぜ その目的なのか?
・成功のために絶対に必要なものを評価し、決定する。
・新しい可能性のためのスペースを確保する。
・現場のフラストレーションを軽減し、細部までの管理から人々を解放する。
・リソースやエネルギーを重要なところに集中させ、振り向けることができる。
・イノベーションを忠実にスケールアップし、普及させるためのガイドとなる。
・動きの速い市場において戦略を簡素化する。

”LS Menu 14. Min Spec”より。DeepLで翻訳し一部修正したもの。

 「無駄をなくす」ことや「新たな挑戦を繰り返す」とはよく言われることだが、管理が厳しくなってコスト削減で何もできなくなったり、既存の業務に新たなことが重なって忙しくなりすぎて倒れてしまったりと落とし穴も多い。それらを回避するという意義もあるということである。

コツとワナ
・平凡な言葉ではなく、具体的な課題に注意を向ける。
・やるべきことの完全なリストから始める。
・できるだけ多くのプレイヤーやステークホルダーを巻き込むこと。
・最大限のスペックが入り込まないよう、冷酷に「ルール」を削る。
・必要に応じて追加ラウンドを行う。
・最小スペックを正式なものにし、その通りに実行する(「はい。しかし...」は無し)。
・概念的な知識よりも、現場での直接的な経験を重視する。
・現場での経験や「シンプルなエスノグラフィー」による観察に基づき、「最小スペック」を適応させることによって、「最小スペック」を生かし続ける。
・もし、グループが問題を抱えている場合は、目的を明確にし、本当に重要なことにまで落とし込む必要があるかもしれません。
・スタンフォード大学のKathy Eisenhardtのビデオ(youtube)で詳しく知ることができます。

”LS Menu 14. Min Spec”より。DeepLで翻訳し一部修正したもの。

 上記の文章の中に含まれる「シンプルなエスノグラフィー」はLSの一つである。詳しくは以下の記事で紹介している。

 この「最小スペック」はKathy Eisenhardt教授の「シンプル・ルールズ」をヒントに作られたとのことである。その観点から、最後の項目で紹介されているビデオは見ておきたい。英語のビデオではあるが、Youtubeの自動翻訳機能を使えばある程度の意味はつかめると思う。

 より時間や興味を持つ方は、Kathy Eisenhardt教授の研究については日本語訳されている以下の書籍を読んでおきたい。
 本書では、この「最小スペック」よりもさらに踏み込み丁寧なルールの作り方についての解説がある。


 繰り返し方とバリエーション
・「このスペック以外の何らかのルールに従った場合、目的を達成できますか?」という質問で、2回目の目的テストを行う。もしイエスなら、そのスペックをリストから外すことができる。
・現在の「最小スペック」を開発する代わりに、将来の行動を形作るべき「最小スペック」を推測するよう人々に依頼する。それを現在に役立てる。
・インターネット上にグループを作って「最小スペック」を行う場合、チャット機能を使って「この仕様に違反して目的を達成できるか」という質問に対する答えを共有する。「最小スペック」のリストが少なくなり、引き締まってきたら、音声による会話を全員に開放する。
・「シンプルなエスノグラフィー」や「9つのなぜ」により、暗黙の「最小スペック」が明らかになるかもしれません(より深く掘り下げてください!)。

”LS Menu 14. Min Spec”より。DeepLで翻訳し一部修正したもの。

 将来の行動を形作るための「最小スペック」を考えるというバリエーションは興味深い。これが成立するならば、逆に、過去の習慣(成功体験につながるものでも、現在の問題へとつながるものでもいいだろう)を形作ってきた「最小スペック」を掘り起こすというバリエーションも考えられるだろう。

 LSのひとつである「9つのなぜ」については以下の記事で解説している。

事例
・上院議員のLynda Bourque Mossは、「最小スペック」を使って、すべての関係者が飲酒運転の習慣を防止する責任を共有し、新しい州法を支持するために、しなければならないこととしてはならないことを明らかにしました。Lyndaのストーリー「モンタナ州上院法案29番の可決」は第3部の「現場からの声」でお読みください。
・Alison Joslynは、全社的な「オープン・スペース・テクノロジー」を使った会議の後に、企業再建の新しいプロジェクトリーダーとともに、一連の「最小スペック」を開発しました。第3部の「現場からの声」の「ビジネスの転換」を参照してください。
・与えられたり、受け取ったりした課題には必ず「最小スペック」を含める。
・ロンドンビジネススクールのDonald Sullによる企業への応用についてのビデオがある。

”LS Menu 14. Min Spec”より。DeepLで翻訳し一部修正したもの。

 第3部(リベレーティング・ストラクチャーに関するページの「現場の声」という事例集)から2つのものが紹介されている。いずれも、最後のワークの締めくくりとして「最小スペック」が使われている。
 このことからも、一連の取り組みの締めくくりとして「最小スペック」を活用する場合が多いことが推察される。

 先程のKathy Eisenhardt教授とともに『シンプル・ルールズ』を著したのがロンドンビジネススクールのDonald Sull教授である。上記で指摘されている彼のビデオは以下から見ることができる(いくつかの配信のうちのひとつで「シンプル・ルールズ」と戦略についての概略に触れる内容になっている)。

レゴ®︎シリアスプレイ®︎メソッドとの関係

 レゴ®︎シリアスプレイ®︎メソッドに限らず、ワークの成果をどのようにまとめていくかは、全体の効果や満足感に大きな影響を与える。

 その点において、できるだけ数が少なく、覚えやすく、必須であるとわかるルールのみに絞ってまとめようという、この「最小スペック」は大いに参考になる。特にクライアントが終わった後の参加者の行動変容を強く意識している場合には、何らかの形で組み入れたいところだ。

 この「最小スペック」の方法を単純にレゴ®︎シリアスプレイ®︎メソッドに載せていくと、(1)ルールの候補を各人がブロックを使ってモデルとして考えられるだけ作ってみる(2)「本当に必要か?」を検証しつつ絞り込む、となる。

 このとき(2)の絞り込みをどのように行うかが鍵になる。モデルを作るということはその人の思いがそこに込められるので、簡単に「不要」として絞り込みによって外してしまうと参加者の心が離れてしまう。

 具体的にどのような方法が良いかについては検証をしていないが、一つには、各人でモデルを修正する機会をしっかり設け、「これがないと目的を達成できないか?」という問いに向かい合わせ、持ち込む前に完成度を高める方法が考えられる。
 その後、それらの各人のルールを突き合わせて、3〜5個になるまで統合を行う。そのときにはルール間の関係性をテーブル上のモデルの配置を考えながら考察するランドスケープ・テクニックが役に立つだろう。
 ルール間の関係性を考察することで同じ絞り込みをする場合でも参加者の納得性を高めることができるかもしれない。このとき、ファシリテーターとして議論をうまくまとめていく技量を高めておく必要があるだろう。

 もうひとつは、各自のルール1つをつくり、それらを共有して一覧表をつくるところまででとどめ、実際にそのルールに従って動いてもらって検証をしてもらう期間を設けることが考えられる。実際に役に立つルールを皆で作り上げていく過程を時間をかけて共有することで、他の人のルールにもコミットできる気持ちを作り上げるという方法である。

 この「最小スペック」の活用に限らず、レゴ®︎シリアスプレイ®︎メソッドの効果を、これまで以上に明確に普段の生活に結びつけていくための工夫は今後もつづlていきたい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?