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リベレーティング・ストラクチャーとレゴ®︎シリアスプレイ®︎メソッド(17)即興劇プロトタイピング

 今回取り上げるのは「即興劇プロトタイピング(Improv Prototyping)」というリベレーティング・ストラクチャー(Liberating Structures: LS)である。

 リベレーティング・ストラクチャーとは?という方はまず、こちらのNoteを読んでいただければと思います。

この方法で何ができるか?

 (1)参加者が共有する形式知、(2)互いのパフォーマンスを観察することで発見される暗黙知、(3)潜在知、例えば新しいアイデアが浮かび上がり共同で開発される、という3つのレベルの知識を同時に活用することで、グループを巻き込んで学習と改善を迅速に行うことができます。この強力な組み合わせは、変革的な経験の源になると同時に、とても楽しいものです。参加者は、慢性的な問題や困難な問題に対する解決策を見いだし、実行に移します。多様な人々が、問題解決に役立つシンプルな要素をドラマチックに表現するために招待されます。即興スケッチで表現される革新的なアイデアは、別々に、または一緒に使用することができる断片や塊から徐々に組み立てられます。これは、非常に真剣な仕事を成し遂げるための、遊び心のある方法なのです。

”LS Menu 15. Improv Prototyping”より。DeepLで翻訳し一部修正したもの。

 このLSでしようとしているのは「即興劇」を作ることである。その「即興劇」づくりが、形式知、暗黙知に続く3つ目の知である「潜在知(latent knowledge)」も巻き込む行為であるという位置付けとして説明されている。
 「形式知」「暗黙知」はもともと哲学者であるマイケル・ポランニーが唱えたコンセプトである。

 それを企業経営に活かそうと提案したのが野中郁次郎教授と竹内弘高教授である。次の本は日本発の理論として世界的にも有名になった。

 「潜在知」というコンセプトは上記の書籍には出てこず、学術的にも(少なくとも私が見れる範囲では)広まっていない。
 ただ「潜在知」が示そうとしている、人々のやり取りの中で新たな知識が創られるという側面はあるので、このLSの範囲でのオリジナルコンセプトとして理解しておいた方が良さそうだ。

5つの構造要素

1.始め方
・参加者に、自分の仕事の中で慢性的に抱えているフラストレーションの溜まる課題を特定してもらい、その状況と可能な解決策を演じることで、その課題に対処するためのより良い方法を遊び感覚で実験、発明、発見してもらう。
2.空間の作り方と必要な道具
・部屋の前方または中央にあるオープンスペースまたは舞台。
・必要であれば、提供するシーンに応じた小道具。
・参加者全員が座れる分の小さな椅子。
3.参加の仕方
・全員を役者または観客として参加させる。
・うちの数人がボランティアで「役者」になる。
・それ以外の人は、観客や評価者として、その後、共同創造的な役者として参加する。
4.グループ編成の方法
・1つの小さなグループが役者として「舞台」に立つ。
・その他の人は観客として、ステージの前や周囲に小グループを作る。
5.ステップと時間配分
・何が行われるかを説明し、手順の順序を説明する。2分
・演じるシナリオと役割分担を説明し、舞台を設定する。3分
・舞台上の役者がシーンを演じる。3~5分
・観客グループは、「1-2-4-ALL」で、さきほど観たシーンの成功した部分と失敗した部分を確認し、まとめのミーティングを行う。5分
・観客グループは、成功した部分を新しいシナリオへとまとめて、グループ内の有志で自分たちのグループ内で新しい寸劇を演じてみる。5分
・シナリオが改善されたと判断した観客グループの参加者が、自ら舞台に上がり、グループ全員の前で寸劇を演じる。3〜5分
・必要な回数だけシナリオ作りと寸劇を繰り返し、実用に耐えるものを1つ以上完成させる。

”LS Menu 15. Improv Prototyping”より。DeepLで翻訳し一部修正したもの。

 上記の説明のうち、途中で出てくる「1-2-4-ALL」はLSのひとつである。それについては以下の記事を確認してほしい。なお1-2-4-ALLを使うところは5分とあるが、このLSの標準実施時間は12分である。

実施にあたっての追記事項

 ここでは「5つの構造要素」以外の項目を紹介する。

なぜ その目的なのか?
・人々が新しい考え方を行動に移せるようにする。即興劇プロトタイピングは実生活のリハーサルです。
・困難と思われる課題を小さく分割する。
・面倒な課題を解決するために、全員の想像力を結集させる。
・固まった行動や抵抗する行動を打破する。
・非生産的なトレーニングに代わる、魅力的で楽しいトレーニングを提供する。
・職能や職種の壁を越える。
・問題を解決する行動をとる仲間から学ぶことができる。

”LS Menu 15. Improv Prototyping”より。DeepLで翻訳し一部修正したもの。

 「新しい考え方を行動に移す」は問題解決にとって非常に重要である。実際には解決策がわかったとしてもそれまでの習慣的行動から脱せられず結局解決しないという事例は後を絶たない。
 そういう意味で、ワークの中で少しでも「身体に染み込ませておく」という狙いは注目に値する。

 コツとワナ
・できる限り参加型にする:さまざまな役割の人を招待する。
・ 「発見と行動のための対話」と「シンプル・エスノグラフィー」から、各シーンに意味のあるテーマとドラマチックな台詞を描き出す。
・シナリオの複雑さに応じて、ステージマネージャー、クリエイティブディレクター、ファシリテーターという3つの脇役を作ることを検討する。
・想像力をかき立てたり、新しいアイデアを生み出さないシーンはやり直す。
・例えば、医者が看護婦を演じ、看護婦が医者を演じる、学生が教授を演じるなど、他人の立場になって、人々に思い込みや偏見を手放すように促す。
・必要に応じて、クリエイティブディレクターが優しく役者に指示するよう促す。

”LS Menu 15. Improv Prototyping”より。DeepLで翻訳し一部修正したもの。

 第2項目に出てくる「発見と行動のための対話」はLSの一つで以下の記事で紹介している。解決策の骨格を考えることが難しそうな参加者が多ければ、このLSを組み合わせるのは良い方法となるだろう。

 この「発見と行動のための対話」と並んで挙げられている「シンプル・エスノグラフィー」もLSの一つである。これについては、機会を改めて取り上げたい。

 「シナリオの複雑さに応じて、ステージマネージャー、クリエイティブディレクター、ファシリテーターという3つの役割を設定することを検討する」とあるが、それら3つの役割についての細かい説明は、リベレーティング・ストラクチャーのページ上には残念ながら記載されていない。
 シナリオが複雑になっていくと、即興劇に慣れていない参加者にとってはハードルが非常に上がると思われる。経験豊かな演出家が付くのであれば、参加者を引っ張っていけるかもしれないが、未経験者が多いの中で役割を追加してもあまり効果はないと考えられる。
 参加者が初めての場合には、複雑なシナリオをあまり扱わないことが最も大事なことでありそうだ。

繰り返し方とバリエーション
・より良い(あるいは悪い)アクションを発見することを目的に、観客に小グループに分かれてシーンを再現してもらう。まずは小グループで即興のインプロを行い、その後、「歓声メーター(applause-o-meter)」を使って対決してもらう。
・「デザイン・ストーリーボード」、「シフト&シェア」、「UXフィッシュボウル」と紐付け、イノベーションの普及を支援する(何があるのか、何があり得るかを明示する)。

”LS Menu 15. Improv Prototyping”より。DeepLで翻訳し一部修正したもの。

 ここで出る「歓声メーター(applause-o-meter)」は、古くからある歓声の音を計測する機械である。

 iPhone向けのアプリも存在している。

 第2項目に出てくる「シフト&シェア」はLSの一つであり、以下の記事で紹介している。ゼロから解決策を考えるのは大変だという場合には、基本となるアイデアを共有するために使うと良いということだろう。

「デザイン・ストーリーボード」と「UXフィッシュボウル」もLSであるが別の機会に紹介したい。

事例
・病院のトレーナーが、従来の講習を即興劇プロトタイピングで代用している。
・営業担当者が顧客との新しい接し方を考案した。
・管理職が部下とのやりとりをより生産的にするために。
・医療従事者が、患者や家族と終末期や緩和ケアに関する会話を練習する。
・教師が教室での破壊的な行動に対する効果的な対応策を見出すために。
・若手看護師が安全に関する問題に立ち向かうためのトレーニングに(第3部「現場からの声」の「感染症を食い止めるための行動変容をドラマチックに」を参照。)

”LS Menu 15. Improv Prototyping”より。DeepLで翻訳し一部修正したもの。

 このLSが活きる問題としては、作るのが「劇」であるだけに、人間同士のやり取りが中心となっている場の問題が良さそうだ。上記にもあるように、対人営業、上司部下のやりとり、医療介護、教育現場などが想定される。

レゴ®︎シリアスプレイ®︎メソッドとの関係

 レゴ®︎シリアスプレイ®︎メソッドで解決策を表現するというのはあるが、その作品の説明のなかで「ストーリー」は語られることはあるのものの、「即興劇」を展開するという形ににはなかなかならない。
 そう考えると、この「即興劇プロトタイピング」は、レゴ®︎シリアスプレイ®︎メソッドではなかなか引き出されない側面や知恵を引き出せる可能性をもっているといえる。

 例えば、対人間の問題(作っていく劇の背景や人物設定のもとになる)については、レゴ®︎シリアスプレイ®︎メソッド使ってモデルにしてもらい、共通の認識を持ってから、「即興劇プロトタイピング」へとつなぐなどの組み合わせ方が考えられる。

 他にも、何らかの課題解決のために、モノやサービスのシステムなどを通じた解決についてはレゴ®︎シリアスプレイ®︎メソッドで考え、その後、対人間のやりとりを通じた解決については「即興劇プロトタイピング」で考えるなどという組み合わせも考えられる。

 このような組み合わせを考えることはレゴ®︎シリアスプレイ®︎メソッドの有効性の範囲について理解を深めることにもつながる。さまざまな手法を知ることで、相対的にレゴ®︎シリアスプレイ®︎メソッドの価値や魅力がわかってくるのである。

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