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美味しい って難しい。

はろー。写真に慣れたい今日この頃。きょん です。

「餃子って美味しい!」と言う。
「ここの餃子美味しいね!」と言う。

確かにその通りなんだけれど、
餃子という食べ物そのものが、基本的に美味しいと思うのです。

残念だったのは、わたしが初めて作った餃子ぐらいかな・・(笑)
このお話は詳しくこちらに書いているので、気になる方は合わせてどうぞ。

ふと思った。
”美味しい”って何だろう?

甘い?辛い?塩っ気?苦味?酸味?

誰が考えた基準?

ネットで検索してみると、同じような疑問を抱いている人は既にたくさんいて、
なんとセミナーを開いたり、討論したりしている人もいるようだ。意外と深い問題なのか。

困った時にはWikipedia先生〜!!!って検索したら見つけられなかった。衝撃。

この間初めて食べた”いなり餃子”が予想をはるかに超えて美味しかった。
冷凍食品売り場で偶然目に飛び込んできて即買いしたのです。
油を引いて蒸し焼きにして食べるもの。

油揚げが油を吸ってくれて、良い役割をしている!
豆腐を薄く切って油で揚げることを思いついた人は発想力が豊かで天才だ。
噛むたびに豆腐の甘みが出てきて、餡の肉やキャベツ・ニラとも見事なマッチングを見せている。
口の中が幸せの大渋滞。噛むたびに出てくる肉と野菜と豆腐の融合。
にらと豆腐炒めとはまた違う、一口で旨みと甘みを味わえる。なんという贅沢な時間。

話を戻して(笑)、
自分が餃子を食べてきて拙いながらも伝えてきたり、食レポをしている人を見て考えるのは、
食事って経験値なのではないかな。

たくさんの食材や各々の味を知っている人は、舌の感受性が豊かで、どのように美味しいのかを伝えられる。舌だけじゃなくて脳の扁桃体や視床下部の働きもきっと良い。

初めて食べるものって、どんな味がするのか誰にもわからない。
だから恐怖というか恐れを感じることもあるのかな。例えば虫とか。

未知な世界で、これまでに味わったことのないものだから認識できない。
たくさん出会って経験するから、舌や脳にインプットされて蓄積されて味覚の感受性も豊かになっていくのかなと。

赤ちゃんが離乳食を始める時が、まさに当てはまるか。これまで母乳やミルクだけを飲んできた何も知らない状態から、毎日少しずつ新しい味を覚えていく。

大人になっても同じな気がする。日本という美味しい食べ物に恵まれた国では気がつかないかもしれないけれど、外国へ行くと知らない味がたくさんあることを知る。
知らないから、一度食べて不味かったからという理由で、毎回弾いていくと味の幅が広がらなくて寂しい。

自分もニュージーランドへ初めて行った時に出会ったベジマイト
ホームステイ先で毎朝出てきたトーストに乗せて食べるもの。当時の味覚には合わなくて毎日正直辛かった(笑)10年ほど前の話だから時効ってことでカミングアウトして良いよね?笑
それでも毎日食べると慣れてきて、最初の印象とは少しずつ変わってきた。

例えば”甘い”について、10段階で表現できる人と、100段階で表現できる人。
同じものを食べていても、感じていることが全く違う気がする。大袈裟に言えば、見えている世界が違う気がする。

同じものを食べて、たくさん感じられるようになりたいな。

今の時代は平和で、食料に困ることなく飢えは全く考えられない。
食事というものは、楽しいもので、人とのコミュニケーションの一つになっている。ある意味エンターテイメント化している。

五感をフルに使って感じるもの。味わうもの。
人それぞれ感じ方が違うはずだから、厳密に言えば感想も一つとして同じものはないはず。
人と同じ数だけ感想があると思う。

美味しい って曖昧な言葉だけれど、伝えるには簡単だ。
日々いろんなものを感じて、味わって、知って、経験値を増やしていこう。わたしなりに美味しいを伝えよう。

いなり餃子も良い出会いだった。経験値UP。また食べよう。


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