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004/オレたちを形作るのは

空は雲ひとつない快晴なのに、キンと張り詰めたように冷え込む冬の午後。今日は伊達さんが夕飯を作る日。オレと雲母さんは楽しみすぎて朝からウロウロ。何か手伝うことないですか、伊達さんは笑いながら、お前らゆっくりしてなよお。雲母さんと縁側でパッキリ割れるスティックアイスを吸う。これ美味しいですね、雲母さんが珍しそうにしている

一袋を半分こ。小さな頃からこのアイスはオレら兄弟のおやつだった。甘いミルクコーヒーの味、そして雲母さんと互いの舌を絡めシャーベット状のそれを味わう。溶けかかったアイスをもう一度。優しく戯れる感触は激情に変わることなく、ゆるゆると唇や頬を撫でて穏やかに離れる。

なんかいい匂いしませんか台所から、至近距離でオレの頬を擽る長いまつ毛。これはきっと豚の角煮じゃないですか?雲母さんの目が輝く。角煮と聞いたとたんオレの腹が鳴って、二人で大笑い。一緒にこっそり台所を覗きに。三つのコンロの上に鍋が並び、伊達さんはダイニングテーブルのイスで何やらタブレットを眺めている。あビール飲んでるんですかオレにも、つい心の声が出ちゃったオレと、これまた鍋の中身が気になって覗きたそうな雲母さん。いいよお見ても。冷蔵庫から缶ビールを出して伊達さんはオレと雲母さんに渡した。お夕飯の前に少し頂きたいです、ハルちゃんおねだりに目尻を下げる伊達さん。親戚のおっちゃんみが香るな。

お向かいさんに新鮮な豚肉もらったからね、鍋の中身は角煮、茹で豚のスユク、それに糸でぐるぐる巻きの焼豚の三種類。オレらに説明して鍋の蓋を閉じる伊達さん。これは明日までおあずけ、焼豚の鍋はそのまま保温調理の入れ物に。角煮は割包でパクチーと挟んでこう、割包なんて台湾式で素敵ですねと雲母さん。

じゃあもう夕飯にしちゃおか、伊達さんの一言で早めの夕飯に決定、そしてそれに合わせての酒も選定。全員一致で青島ビール。台湾料理は何故かビールが一番合うような気がする。テーブルに豚の角煮とパオズ、パクチーを並べて。三人で角煮を挟んだパオズを食べる。これがまた実に美味い。

伊達さんの角煮は少しだけ八角が入ってたり、香りが立っていて美味い。何でもちょっとずつ、その匙加減が何度見せてもらっても掴めなくて、そのうち舌で確かめるように。一舐めして、これはあれとあれと、そんな時は決まって横から伊達さんが、調合わかったあ?禁断の上目遣いで見つめるもんだから、思わずガッと抱きつきそうになった、けど耐えた。雲母さんが一口にしては大きすぎる角煮を今まさに食べようとしてたから。美味しい瞬間を邪魔するわけにはいかない。あーあハルちゃんいっぺんだと熱いでしょ、雲母さんはこくこく頷きながらもかなり熱そう。

ぺっしなよぺっ、心配する伊達さん。何とか持ちこたえた雲母さんは、最高です、頬を膨らませたまま嬉しそう。ハルちゃんの顔リスみたいなってる、顔を見合わせて笑う。僕の一部になってくれるものたちは出来るだけ全部食べてあげたい、火傷しても入り切らなくても、全て受け入れる。雲母さんのこだわりは俺らのこだわり。

ふかふかの割包に挟んだ美味い角煮、新鮮なパクチー、冷えたビール。美味しく食べるもの全てが自分を形作る。きっと雲母さんや伊達さんも既にオレの一部になってる。細胞も、心も。二人が角煮を食べさせ合ってるのをアルコールで少しふやけた意識の外で眺めて、空間全部がご馳走だ、そう思ってやまないんだ。




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佐久イヌ140の日常
174-183まとめ 加筆修正
2024.1.19

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