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活動レポート「202110名鉄蒲郡線」

■名鉄蒲郡線について概要

 名鉄(名古屋鉄道)の蒲郡線とは愛知県西尾市の吉良吉田駅から愛知県蒲郡市の蒲郡駅を結ぶ17.6kmほどの旅客路線です。

 主要幹線路線の名古屋本線とは違い、全線単線でワンマン運転がおこなわれており、電化こそされているものの30分に1本という運転頻度(2021年10月現在)で、東海地方に多数の路線を張り巡らせる名鉄の路線網の中でも屈指のローカル路線となっています。

 吉良吉田駅で接続している西尾線(西尾駅~吉良吉田駅)と合わせた経常損益は7億3500万円の赤字(2018年度)で、日本屈指の赤字路線と表現しても大げさではないと言えるでしょう。そうした事情もあってか、路線内は無人駅が多く、できるだけ経費を抑えて効率的な運行管理が為されています。

 車窓から美しい三河湾を見ることができる蒲郡線は沿線にいくつかの温泉地(西浦温泉、吉良温泉、形原温泉など)、また、愛知こどもの国(県立児童遊園地)などの観光資源を抱え、観光路線の側面を持っています。そのため、かつては名古屋方面から直通列車が運行されていたこともあったのですが、三河湾エリアの観光産業衰退に伴い、2008年6月に直通列車は廃止され、以後は観光路線という側面を薄め、地域の生活路線としての役割を担うようになりました。

■吉良吉田駅を訪れる

 名鉄蒲郡線の起点は吉良吉田駅です。

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 吉良吉田駅は新安城駅から延びる名鉄西尾線の終点でもあり、駅の構造はアルファベット小文字の「r」を左に直角に横にしたような構造をしています。かつては、西尾線と蒲郡線で一体した運用が為されていたこともありましたが、2008年8月のダイヤ改正より、両路線の運行は分断され、それぞれを直通する定期列車は設定されていません(2021年11月現在)。

 現在は西尾線と蒲郡線の結節点として存在する吉良吉田駅ですが、名鉄三河線も接続していました。現在の蒲郡線からそのまま西へ進む形で碧南駅へと線路が続いていましたが、利用者減少などにより2004年に吉良吉田駅と碧南駅の間の区間は廃止となりました。

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 今回の本題とは離れますが、吉良吉田駅から旧三河線に沿ってほんの少しの区間ではありますが、歩いてみることにしました。

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 吉良吉田駅から百数十mほどの区間は架線柱や一部線路が残されてはいますが(蒲郡線の引き上げ線として残されている部分もある)、踏切は吉良吉田駅に隣接しているもの以外は撤去されており、国道247号線吉田交差点より南下する市道との交差部分から西は完全に線路は剝がされている様子でした(一部はソーラーパネル設置用地に転用)。しかしながら、細長い土地はかつてそこに鉄道が通っていたことを感じさせます。

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■東幡豆駅・西幡豆駅を訪れる

 さて、吉良吉田駅に戻り、名鉄蒲郡線に乗り、東幡豆駅と西幡豆駅を訪れることにしました。東幡豆駅は吉良吉田駅から3つ目、西幡豆駅は吉良吉田駅から2つ目の駅で、それぞれ西尾市の旧幡豆町に位置している無人駅です。

 今回、東幡豆駅と西幡豆駅を訪問先に選んだ理由は、それぞれの駅が持つ木造駅舎が老朽化を理由に2021年冬(西幡豆駅は2021年10月頃から12月頃まで、東幡豆駅は2021年12月頃から2022年2月頃までにそれぞれ工事を実施予定)に取り壊しが決定されているからです。

西幡豆駅の駅舎は1960年に、東幡豆駅駅舎は昭和34年に建築1959年にそれぞれ建築され、約60年間に渡って、名鉄蒲郡線に乗る人々を見守り続けたことになります。

 今回の両駅舎解体に関し、西尾市は2021年10月10日に「駅舎ありがとうイベント」を開催し、スタンプラリーや記念撮影、メッセージボードの設置をおこない、両駅舎の約60年間の働きに労いと感謝を送りました。

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 名鉄蒲郡線を走る一部列車には両駅舎へ「ありがとう」というメッセージを車両前面に掲げる列車も走っており、両駅舎がいかに名鉄蒲郡線の沿線民にとって馴染みの存在であったかが伺い知ることができます。

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 名鉄蒲郡線は基本的に2両編成のワンマン列車で運行されており、名鉄名古屋本線や西尾線とは違い、manaca等のICカードでの利用はできません(2021年10月現在)。吉良吉田駅には名鉄蒲郡線に乗るための中間改札が設けられており、ICカードではそこで駅員に降車駅を告げ、そこまでの運賃を事前に引き落としてもらう形となります(引き落とされたことを証明する紙が貰えます)。

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 吉良吉田駅の蒲郡線ホームにやってくる列車を眺めていると、18歳未満とみられる若者も少なからず利用しているのを確認できました。一方で土曜日ながら観光客とみられる乗客は見受けられず、蒲郡線がかつてのような観光路線ではなく、生活路線として役割を担っていることを感じさせます。

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 蒲郡線の列車は吉良吉田駅を発車すると、田園地帯を走り抜け、山間部に入り、また、進行方向右手側に美しい三河湾が見えたりと、車窓を目まぐるしく変えながら進み、東幡豆駅に到着しました。

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 東幡豆駅は趣深い素朴な島式ホームの駅で、列車を降り、構内踏切を渡ると、目的の木造駅舎と対面することができました。

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 駅には我々と同じ目的で東幡豆駅を訪れる人々も数人おり、古い駅舎をカメラに収めていました。

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 駅舎内の待合場所には地元の小学校の児童が描いた蒲郡線の赤い列車の絵が飾られていました。地元の人々にとって蒲郡線がどういった存在なのかを感じ取ることができます。

 東幡豆駅から吉良吉田駅方面へ向かう蒲郡線の列車に乗り、一駅隣にあるのが西幡豆駅です。

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 かつては貨物の取り扱いも行われていた駅ですが、こちらも東幡豆駅を始め、多くの蒲郡線の駅と同じように無人駅となっています。
 東幡豆駅と構造は似ており、素朴な島式ホームに構内踏切が設置され、同じく間もなく解体される駅舎が乗降客を迎える配置の駅となっています。

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 陽も暮れ始め、古い駅舎の入り口に備え付けられた灯りも点灯していました。まもなく役割を終える駅舎は最後まで勤めを全うするべく、数十分に一本訪れる三河線の赤い列車を出迎えて見送り、また出迎えては見送りを繰り返しています。

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■まとめ ~現地調査を終えて~

  西幡豆駅には「乗って残そう名鉄西尾・蒲郡線」という文言が記載された看板が立てられています。赤字路線として名鉄の経営に少なからずの影響を与え、幾度も廃線の議論が為されている路線ですが、地元の人々にとっては住民の足として何十年も当たり前のように存在していた路線です。廃線となると困る住民も多くいるのでしょう。

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 しかしながら、名鉄は公共交通を担う会社であると同時に営利を求める民間会社でもあります。鉄道経営には列車を走らせることにも費用はかかりますが、列車を走らせる状態を保つことにも費用がかかります。本数を減らしてもなお、収支が改善しない以上は、その路線そのものの存在価値が見直しの対象となり、廃線が議論されることも当たり前の話です。

 沿線住民にとっては本数が少ない蒲郡線を利用するよりもドアトゥドアで目的地へ向かうことのできる自動車の方が利便性は高いのでしょう。乗降客が少ないが故に運行本数が減り(名古屋等への都心部へ向かう直通列車も廃止され)、それ故に利便性が悪化し乗降客が更に減り、それ故に運行本数が更に減る、こうした悪循環が起きているのが蒲郡線の現況で、同様の悪循環に悩まされている鉄道路線は日本各地に、過疎地域を中心に多く存在しています。

 近年では赤字地方路線の列車運行を廃止し、その鉄道路盤をバス専用の道路に転用したうえで、そこに代替交通となるバスを走らせるという「転換」の事例も存在しています(気仙沼線BRT、大船渡線BRT、かしてつバス等)。所謂、「BRT(バス・ラピッド・トランジット)」というものですが、この方式に転換することで、路線の維持費を抑えることが可能になり、また、車両がバスであることから、市街地中心部や観光地へ直接乗り入れるなど、路線の柔軟な設定も可能になります。

 現状況の維持継続か、廃止か、はたまた「転換」か。今後の名鉄蒲郡線の動向を見守りたいと思います。

近畿交通民俗学研究会
活動日 2021年10月16日
執筆日 2021年11月14日

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