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源頼政、ヌエを捕える(抜粋11)

                  ( Brian Penny 様 画像提供 )

皆様、お元気でお過ごしのことと思います。
季節の変わり目に差しかかり、体調管理も容易ではない
今日この頃ですが、せめて空想の脳世界では自由自在に
遊んでみたいものです。

連続してお届けしてきた『音庭に咲く蝉々』もいよいよ
今回をもって抜粋の最終回とさせていただきます。

主人公フジ(藤沢)は高校時代から社会人に至るまで、
ケイ(時原敬一)の幻影に翻弄されてきたわけですが、
或る日、平安時代の謎を解き明かすような不思議な夢を
見ることになります。


johnny px 様 画像提供

 或る日の深夜、僕は不思議な夢を見た。
 古い茅葺の民家が建ち並ぶ歴史保存区。そこは他ならぬ会津の大内宿だった。数年前、ただの気晴らしにふらりと立ち寄ったことがある。ふだんは歴史や文化に興味がある人々の往来で活況を呈する大内宿であったが、この日に限って、人影が疎らだった。
 そこへ、ひとりの旅人がやって来た。何か、異様だった。
 その姿は平安時代の位の高い人物と一見してわかる装束で、旅の疲れなのか、いかにも憔悴していた。やんごとなき旅人は一軒の古民家に入ると、何やら複雑な事情を説明しはじめた。
 名は以仁王、宇治の戦いで戦死したと噂されているが、この通り生きて北上した。源平の戦乱は厳しく、深い混迷に陥り、いつ決着がつくか見通せない。自分は後白河天皇の皇子であるが、すでに平清盛の孫・安徳天皇の即位が決まった今、天皇家の家督は絶望的となった。西の地を彷徨えば平家の刺客に殺害されることは明らか。しばらくは、北の地で身を休め、無名の旅人として暮らしたい・・・・・、とのことだった。

 壮絶な境遇を理解した古民家の家人は、奥の間へ進むよう案内した。何もない田舎の民家ですが、食事だけは何とか用意できます、と。以仁王はさらにつけ加えた。まもなく、時空の迷路を抜け出した、ひとりの弦楽師が訪ねて来る。背の高い黒服の男だが、そのまま奥の間に通すように、と。
 家人が時空の迷路とは何か理解できず、ぼんやりしていると、 そこへ案内人に導かれた長身の黒服男が姿を現した。登場したのは・・・・、
 ケイだった。ケイは以仁王に謁見し、何か難しい話を続けた。以仁王は京の都の腐敗を嘆いていた。謀略、闘争、分裂、独断、猜疑、狂気………………。後白河法皇が幽閉された現状では、もはや政治的統括は不能の状況にあり、この危機を打開するためには、源氏と手を結び新政権を樹立する以外に方策はない、と。新天地は東が良いか、北が良いか、いずれにせよ西の混迷を正常化すべく改革断行は必須である………………、と。


n-k 様 画像提供


 以仁王は何か唐突に閃いたらしく、話題を変えた。源頼政が御所で奇獣を捕らえるはずだから、それを譲り受け、飼いならし、自在に操れるようになれば、武士よりも強くなれると説明していた。そのためには、時空の迷路に再び入り込み、少しばかり時を遡り、二条天皇の頃へ行くが良かろう、と。 
 ケイが承諾したとたん、時空がねじ曲がり、地理も時代も溶けて全てが不定形の雲海に投げ出された。柔らかな瑪瑙模様の曲線渦の中を果てしなく泳ぐ。時間と空間の関係性が酩酊し、しばらくの間ふわふわと漂泊していたが、ねじ曲がった時空が次第に整い、正規の三次元空間へと戻っていく。

 ふと、下界に視線を落とすと、京の御所が見える。何やら勇ましい恰好の武官が弓を持って何かを狙い撃ちしようとしている。通常の狩衣などではなく、兜をかぶり大鎧をまとっていた。防御の栴檀板と鳩尾板も見える。全体に金工・漆芸・染織の粋が尽くされた雅な武装が似合うその武官は、いかにも位の高い者に思われた。どうやら・・・・・、弓の達人は源頼政であるらしかった。
 二条天皇が清涼殿や紫宸殿の屋上に現れる奇獣におびえ、心身ともに変調をきたしている。何としてでも、その奇獣を捕獲しなければならない。猿の顔、狸の胴体、虎の手足を持ち、その尾は蛇のように長くうねる。不吉な声で啼くその奇獣【ヌエ】を、頼政が狙っている。
 そして、いよいよ意を決し、先祖・頼光より受け継いだ雷上動の弓矢を鋭く放った。弓矢は命中し、奇獣ヌエはもんどりうって地に転がり落ちた。急所は外れていたと見え、まだ命はある。最後の一撃で仕留めようと構えた頼政に、質素な褐衣姿のケイが呼びかけた。
 恐れながら申し上げます・・・・・・・。
「その獣、わたくしが処分いたしましょう」
「見かけぬ顔だが、新入りの下北面か?」頼政が的を射貫くような鋭い眼差しで、ケイの姿を捉えた。
「雑務を務める非蔵人でございます」ケイが敬礼し、低く構える。
「ほう、まだ若いのに勇気のある男だ。心の臓を射しぬくことができるのか?」
「獣の扱いには慣れております。お手を汚さずとも、後の始末はこちらで致します」
「うむ、その覚悟できておれば、任せても良いぞ。帝への御報告はヌエ捕獲殺処分といたす」すっかり納得した様子で、頼政は弓矢を納め、その場を潔く立ち去った。
 
 頼政の後姿を見届けた後、ケイは粗末な木箱に血まみれのヌエを保護すると、それを抱きかかえ、再び時空の迷路へと帰っていった。
 
                          抜粋終了 !


最後まで抜粋企画にお付き合いくださり、ほんとうに
ありがとうございました。また、何か別な企画を考え、
投稿いたしますので、宜しくお願い致します。   夏林人



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