シナリオサンプル2

機械と魔法の国、聖マキナ王国。
王国は長らく、人ならざるものたち・魔族と戦い続けている。その中で、生命体を機械化する魔法も発達してきた。脊髄に埋め込んだ装甲を纏うことで、人々は魔族たちと互角に戦うことができる。装甲は魔法によって次第に使用者の魂や身体と癒着し、さらに骨を与えることでより強力な力を得ることができるという。
主人公である聖騎士ヘンドリクセンは、体の半分を戦争で失い、機械化した男だ。その激しい戦果を讃えられて、聖騎士の称号を賜った。
人々にあだなす魔族の王に実の妹ヒルデガルドを攫われ、愛する彼女を取り戻す旅に出ることになる。過酷な戦いを生き抜くため、ヘンドリクセンは自らの下あごや鎖骨、大脳といった人間にしかない身体の一部を機械化することで力を手にしていくが、同時に人間の心も失っていく。やがて聖騎士として讃えられていたヘンドリクセンは魔族と同様に疎まれる本物の機械になってしまう。しかしそれでも、使命感だけが彼を突き動かしていく。

 魔王城に向かう途中、魔王の刺客である黒い騎士・ヴェスパに決闘を挑まれるヘンドリクセン。しかし魔族の身で機械化した身体を持つヴェスパには歯が立たず、ヘンドリクセンは膝をついてしまう。

ヴェスパ 「立て、聖騎士。動力切れでもあるまい。私と同じく半身を魔道に捧げた愚かなる騎士よ。魔王に立ち向かうというのなら、まずは私を越えて行け」
ヘンドリクセン 「く…!」
ヴェスパ 「そうか…。お前にはまだ痛みがあるのだな」
ヘンドリクセン 「なんだと?」
ヴェスパ 「私もかつてお前と同じだった。血潮が流れ、心の臓が脈打ち、感情を持った生命体だった」
ヘンドリクセン 「魔族にそんなものがあるとでも」
ヴェスパ 「私も昔、ひどく驚いたものだ。お前たち人間に、心があり、血が流れるなどと」
ヘンドリクセン 「…!」
ヴェスパ 「しかしそれももう、過去のことだ。今の私にあるのは使命、あのお方から定められた役目があるのみ。もはや己が何者であるかすらも、霧がかったように朧げなのだ。お前もいずれ、全て呑み込まれることになる。これは警告ではなく、確定事項だ」
ヘンドリクセン 「俺は…自分を見失ったりなどしない!妹をこの手に抱くまで、機械にくれてやるものなど一片たりとも無い!」
ヴェスパ 「お前の目はあの日の私と同じだ。その妹への歪んだ思慕すら、いつか惜しく思う日が来るのだ」
ヘンドリクセン 「貴様に何が分かる!!」
ヴェスパ「お前も私も、機械とは相性が良い。半身に埋め込まれた回路が、脊髄の装甲と呼応し合う声が聞こえるだろう。捧げるのだ、勝利の為に」
ヘンドリクセン 「―! 装甲が…!?」
 ヘンドリクセンの装甲と機械の体が、電流を帯びながら生身の部分にも侵食していく。
ヴェスパ 「私はまず、翼を持って行かれた。お前はどうなる?―聖騎士」


魔王城にたどり着いたヘンドリクセン。妹・ヒルデガルドが待ち構えていた。

ヒルデガルド 「兄様!私たちはもう争わなくて良いのよ。魔族を憎むのは―私の夫を憎むのはおやめになって!」
ヘンドリクセン 「夫だと!あのような醜く悍ましい獣を―お前は伴侶だと呼ぶのか。認めるものか、認めてなるものか―お前は未だ惑わされているのだ、妹よ。兄のもとへ帰ってくるが良い。今ならまだ、俺はお前をこの腕に抱き、全てのことを忘れ、二人だけの穏やかな日々を約束しよう。―さあ!」
ヒルデガルド 「無理だわ、兄様。私とあの人は家族なの。私を愛しているというのなら、あの人にも同じように微笑んでみせて!そうでなければ、この子は―」
ヘンドリクセン 「まさか…お前…」
ヒルデガルド 「言ったでしょう、私たちは家族なのよ、兄様。きっとこの子も、伯父の顔を見たがるはずよ」
ヘンドリクセン 「魔王の子を…その身に宿したと?我らの同胞を殺すだけでは、飽き足らず、お前を…」
ヒルデガルド 「違うわ、兄様!あのひとはそんな酷い人じゃない!私たち、愛し合っているのよ。私から望んだの。はじめはとてもとても、怖かったけれど―優しい人なのよ」
ヘンドリクセン 「―」
ヒルデガルド 「剣を降ろして、兄様。兄様の旅は、もうおしまい。辛かったでしょう、苦しかったでしょう。迎えに行けなくてごめんなさい。けれどこれからは、明るい未来が待っているわ。 ねえ、兄様―ここには兄様の部屋もあるのよ。あの人が提案してくれたわ。今夜はみんなで、暖炉の前で、眠くなるまでおしゃべりをしましょう。お互いの心が溶け合うまで―そうすれば、兄様も―」
ヘンドリクセン 「お前は帰るのだ。祖国へ、俺と共に」
ヒルデガルド 「なぜ?兄様、人間の体と一緒に、心まで捨ててしまったの?」
ヘンドリクセン 「そうだとも。既にこの身には―心も痛みもありはしない。 ただ回路のみが、目的を遂行せよと命じているのだ。もはや俺自身が何者なのかも、時折朧げになる。だが、旅に出ると決めたとき、設定したたった一つの命令が、今も俺の四肢を動かし続けている。 妹を奪還せよ。 それが今の俺の全てだ。それ以外はただの反応に過ぎない、ゆえに―お前を殺してでも、連れて帰る」

魔王 「―待て。我が妃をかどわかそうとする不届きものは、お前か?」
ヘンドリクセン 「俺は俺の使命を果たすだけだ」
魔王 「…我が兄よ。せめて腹の中の子だけでも。許してはもらえまいか。その子に罪はない」
ヘンドリクセン 「許す―許、す? 何故だ?」
魔王 「今更あなたを憎むつもりはない。同じ女を愛した者のよしみで、見逃してくれ。その為ならば、私は喜んでこの命を差し出そう。だから、どうか―彼女と私から、何もかもを奪わないでくれ」
ヘンドリクセン 「………」
魔王 「ヘンドリクセン?」
ヘンドリクセン 「ヒルデガルド を 連れ帰る―それ が、 使命」
魔王 「ああ………」
ヘンドリクセン 「それ以外は、不要」
魔王 「―待て!!」
 ヘンドリクセンはヒルデガルドの腹を裂き、中の赤子を引きずりだすと、その場で踏みつぶして殺す。
魔王 「なんという―ことだ。ヒトの騎士よ―お前と戦場で相見えたとき、それは凛々しい姿であったというのに、私がお前をここまで変えてしまったのか」
ヘンドリクセン 「貴様も 立ち塞がるか」
魔王 「…少しでも贖いになるというのなら。この首など安いものだ」
 ヘンドリクセンが頭を垂れた魔王の首を叩き落す。落ちた首はヘンドリクセンに噛みつき、同じように首をち引きぎる。
ヘンドリクス 「連れて 帰る」
 魔王に噛まれた首筋を修復するため、さらに機械がヘンドリクスの体を蝕んでいく。ジリジリという電流の音と、生首が這っていく音だけがする。


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