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「洋画不振」の正体-なぜ『アバターWoW』は日本だけNO.1をとれないのか-

こんにちは。そして遅ればせながら明けましておめでとうございます。
モダンエイジの映画大好きマーケター栗原健也です。

さて12月に公開された、『アバター』待望の続編、『アバター:ウェイ・オブ・ザ・ウォーター』(以下『WoW』)が、世界中で特大ヒットを飛ばしています。公開から約1か月経た本記事執筆時点(1/23)で、世界興収は20億ドル(約2600億円)を突破。世界興収ランキングでも、既に歴代6位につけています。

しかしながら、そんな『WOW』も、「日本”以外”すべての国で1位」とセンセーショナルに取り上げられてしまうほど、日本では大苦戦を強いられています。興収としては1/18時点で興収35億超えと一応かなりのヒット水準ではあるものの、作品自体のポテンシャルを考えると決して満足できる数字ではないでしょう。

日本でも、9月に前作の3Dリマスターが公開されたり、『WoW』の上映館数は国内最多の1,466スクリーン、かつIMAXやドルビーなどのプレミアムフォーマット上映比率も非常に高く、大ヒットを迎えるべく万全な状態で公開を迎えました。そんな多方面からのアシストが最大限図られた中でのこの結果は、やはり期待外れと言えるのでしょう。

興収ランキングには、そんな苦戦模様が顕著に表れており、『WoW』は公開から1か月の間、一度も1位をとることができていないどころか、2位すらもとれていません。今週はすでに『イチケイのカラス』に抜かれてしまっており、おそらく再浮上の見込みも厳しいでしょう。

公開から一段落したところで、今回はこの要因や背景について、マーケティング観点からじっくりと考察してみたいと思っています。

※本記事は、「DVD&動画配信でーた2023年2月号」の連載記事を大幅に加筆した完全版として書いています。

「革新的映像」のコモディティ化

『WoW』が日本で不振だったのは、当然複合的な要因が重なっていますが、まず第一にあるのが、「革新的な映像」のコモディティ化があると考えています。

コモディティ化とは、市場参入時に、高付加価値を持っていた商品の市場価値が低下し、一般的な商品になること。高付加価値は差別化戦略のひとつで、機能、品質、ブランド力などが挙げられるが、コモディティ化が起こると、これらの特徴が薄れ、消費者にとっての商品選択の基準が市場価格や量に絞られる。

https://www.synergy-marketing.co.jp/glossary/commoditization/

2009年当時、「3D映画」というものはまだそこまでメジャーではありませんでした。(3D映画自体珍しかったので、ロバート・ロドリゲス監督の『シャークボーイ&マグマガール』を親に頼み込んで映画館で観たのは良い思い出)

『シャークボーイ&マグマガール』

そんな中で公開された前作『アバター』は、最新技術の粋を尽くして生み出された3D映像や世界観をフックに、「体験型映画」「革新的な映像」としての最強の高付加価値、差別化を実現しました。

「アバター」でしか味わえない絶対的な体験があるからこそ、みんなこぞって劇場に詰めかけたのです。

一部「ストーリーが薄い」や「上映時間が長過ぎる」など意見もありましたが、こんな体験は唯一無二だったので、あまりネガティブな声も目立ちませんでした。

そんな『アバター』の成功を受けて、以降のハリウッドで3D映画が大量に制作され、この傾向は(感覚も含みますが)2016年くらいまで続いたと思います。(日本でも特撮映画などが3Dに挑戦していました)

このように、アバター「以前」と「以降」では、新作映画への期待値や映画館に求める体験価値が変わってしまった。つまり「良い映画の定義」を変えてしまった(=「属性順位転換」を起こした)最強のコンテンツが当時の『アバター』でした。

さて、その後3Dや映像にこだわった作品が市場に出回ったことで起こるのが、前述の「コモディティ化」です。

『アバター』が作られなかった10年以上の間、『スターウォーズ』が復活したり、スーパーヒーロー映画が激増したり、過去の名作シリーズのリバイバルが盛んに行わたり、ハリウッドでも超大作を巡る大きなうねりがありました。

それらの作品が映像に力を入れないわけがありません。そのため現代の観客にとっては、素晴らしい映像体験に加えて、コンテンツパワー(キャラやストーリー)などがセットになっていることが、もはや当たり前になっています。(MCU、特に『ドクター・ストレンジ』シリーズなんて、本当に観たことのない映像のオンパレードですよね。)

『ドクター・ストレンジ』の1シーン…世界が万華鏡のように歪んでいる

そんな「革新的映像」がコモディティ化している2022年の市場の中で、「映像革命」や「アバ体験」を特に押し出した『WoW』

もちろん『WoW』も他作品を凌ぐさらなる技術が投下されているので、完全に陳腐化したわけではありませんが、少なくとも「革新的映像」や「映像体験」が2009年当時の力は持っていなかったことは間違いないでしょう。

今回もストーリーや上映時間に対するネガティブな声が多く出ていましたが、コモディティ化を背景にそうしたネガティブなクチコミが観客に影響しやすくなっており、「他の人のクチコミを見て観に行かなかった」という層もちらほら見かけた印象です。

そして日本において、「観ない」という意思決定の判断材料には、同時期に観るべき競合作品の存在もありました。

「映像」以外にも「語られる要素」が必要だった

そう、コモディティ化という根本的な問題を抱えつつ、日本においては言うまでもなく、11月に公開された『すずめの戸締り』、12月前半の『THE FIRST SLAM DUNK』は、この不振傾向にさらなる拍車をかけました。

それぞれの作品の素晴らしさやファン層の強さについては、他の方が沢山書いていらっしゃるので割愛するとして、『WoW』と明暗を分けた重要な点はなんだったのか。

それは「語られる要素」の多さだと思います。

『WoW』はやはりと言うべきか、SNSを見てみると、「映像」に関する言及がほとんどでした。「大迫力の映像」「IMAXで観るべき」「没入感が半端ない」などがクチコミの中心になりますが、ただそれだけだと前述の通り、コモディティ化している市場の中で、訴求力は制限されてしまいます

そんな中で、『THE FIRST SLAM DUNK』であれば、「臨場感がある映像が凄い」「宮城リョータが主役なんだ!」「名シーンの再現に震えた」「あの山王戦」など、映像についての言及はもちろんのこと、ストーリーやキャラクターへの言及など、色々な文脈・視点からクチコミが創出されていました

参考までに、ソーシャルリスニングツールのBoom Researchでアバターやスラダンと一緒にTwitterに投稿されていた関連語を貼ります。映像関連を赤枠、ストーリーやキャラ関連を緑枠で囲ってみました。(ツールの仕様上、関係ないワードも拾ってしまうので、本当にあくまで参考です。)

22年10月~23年1月中旬:「#アバター」「アバターWoW」「アバ体験」…映像関連の赤が多い
22年10月~23年1月中旬:「スラダン」「スラムダンク」「THE FIRST SLAM DUNK」…ストーリーやキャラへの言及(緑)が多い ※関係ないワードも結構拾ってしまってますが、、

『すずめの戸締まり』も言わずもがな様々なクチコミを生み出しており、こうした語られる要素を多く持っていた作品が同時期に競合していたことが、日本において『WoW』がぶつかった大きな壁だったと思います

逆に海外では、洋画メジャーは『WoW』の公開時期に他の超大作を被せないように配慮していたかと思うので、競合が少なかったことが特大ヒットを後押ししている面もあると思います。

裏を返せば、海外でも語られる要素が多い作品や、Disney+登場前の全盛期のディズニー作品などが同時期に公開されていたとしたら、『WoW』が競り負けていた可能性だってあるかもしれません。

日本ならではの問題…「洋画不振」の正体

さらに別軸からですが、今回の『WoW』の日本における苦戦については、コロナ禍以降に顕在化した「洋画不振」も無関係ではないと思います。

こちらの記事でもまとまっている通り、洋画不振については、シニア層が映画館に十分戻ってきていないこと、ディズニーが興行に力を入れなくなってしまったことなどが、表面的な要因として挙げられるでしょう。

しかしながら、この洋画不振という現象の根本にあるのは、日本の観客の嗜好性が「狭く深く」なってきていることなのではないか。個人的にはそう考えています。

洋画不振が続く中、コロナ禍ではいわゆる「メガヒット」と呼ばれる100億超えの作品も数本ありました。『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』を皮切りに、『劇場版 呪術廻戦 0』、『名探偵コナン ハロウィンの花嫁』『ONE PIECE FILM RED』…、それらの作品に共通しているのは、熱狂的なファン層がついている「アニメ映画」ということです

これらは週替わりの入場者特典に代表されるように、一部の熱狂的なファンに刺さる施策を複数用意し、そうした層にリピーターとして何度も映画館に来てもらうことによって興収を大幅に拡大しました。

こうしたエンタメにおける生活者の一極集中的な消費行動は、オーディション番組の大流行や、ファンが「推し活」として応援広告を自費で掲載するようになるなど、映画業界以外を見ても、その傾向が見てとれると思います。

JO1の応援広告

これらのケースから推察できるのは、日本の生活者は、自分に興味関心がある特定のコンテンツに「狭く」、そして一点集中で「深く」消費を行う傾向が強まっているということです。

22年7月1日興行の意外な勝者

こうした傾向は、ハリウッドのメジャースタジオが提供する洋画とは著しく相性が悪いと思われます。というのもメジャースタジオの映画は、内容としても万人が楽しめるような作品であり、その宣伝もマスリーチを前提とした「広くあまねく」なコミュニケーションになっている場合が多いからです。

それが象徴的だったのが、昨年7/1の興行でした。この金曜日は、『哭悲』や『わたしは最悪。』『ブラック・フォン』など期待値の高い映画が複数公開される激戦でしたが、洋画メジャーではディズニーの『バズ・ライトイヤー』、ワーナーの『エルヴィス』が宣伝にかなり力を入れており、おそらくバズが初登場1位、エルヴィスが2位に躍り出てくるだろうというのが大方の予想でした。

それが『エルヴィス』については、まさかのダークホース(個人的な感想です)、『ゆるキャン△』に負けてしまったのです。

https://realsound.jp/movie/2022/07/post-1071626.html

『エルヴィス』は、TVCMも多く放映されていたほか、監督のバズ・ラーマンや主演のオースティン・バトラーが来日してプロモーションに参加したりなど、リーチをとるような洋画の「伝統的な」宣伝戦略が取られていました。

『エルヴィス』の来日イベントの様子

逆に『ゆるキャン△』は予算の都合上もあるでしょうが、マスリーチ施策は控えめで、元々の熱狂的ファン層を活かしながら、キャンプ好きや原作アニメ好きに刺さる「狭く深い」コミュニケーションを徹底していました。

そんな対照的な宣伝をしている2作ですが、軍配は『ゆるキャン△』に上がったのです。『エルヴィス』に比べ、『ゆるキャン△』の公開館数は圧倒的に少なかったのにもかかわらず。

このケースは、日本の観客が万人向け「ハリウッド的」コミュニケーションに見向きをしなくなっており、どんどんと嗜好が「狭く深く」なっているのだ、という印象をより強くしました。

思えば、昨年大ヒットした洋画である、『トップガン マーヴィリック』でさえ、入場者特典などを活用して「狭く深く」のコミュニケーションを行っていたのが、大きく興収に寄与したと考えられます。(もちろんトム・クルーズの来日なども影響は相当大きいと思いますが)

『トップガン マーヴェリック』の入場者特典

話を『WoW』に戻すと、本作の映像訴求もかなり万人向けですし、来日プロモーションなど、やはり「広くあまねく」なコミュニケーションが中心でした。こうした部分が、『WoW』の語られる要素を少なくしてしまった面もあるかもしれません。

『WoW』の来日プロモーションの様子

トライブとの接続が勝負

万人受けでは、広くあまねくでは刺さらない…。では『WoW』をはじめとした、こうした洋画メジャーは今後どうしていくべきなのか。

それは作品に紐づく特定の趣味嗜好を持つ層(「トライブ」といいます)と接続すること、だと思います。

作品が持っている要素(前述の「語られる要素」)は、洗い出してみれば沢山出てくるはずです。その中からSNSのクチコミボリュームやトレンドなどを加味して、作品が接続しうるトライブを検討すること。そして、そのトライブに特化したコミュニケーションを行うこと。そうしたニッチな層をしっかりと味方につけて、様々な要素(特に内容面)から映画について熱量高く語ってもらうこと。

誰もが楽しめる洋画に関しても、ただ広くあまねく訴求するだけではなく、上記のような「狭く深く」のコミュニケーションが今後のテーマになってくるのではないでしょうか。

こうした観客の傾向は少なからず世界中で起こっていることかとは思いますが、日本においてのみ『WoW』が苦戦しているように、とりわけこの傾向が顕著に進んでいるのが、きっと日本なんだと思います。

そうした中で今まで通りの「広くあまねく」なコミュニケーションを続けていても、今後洋画が勝機を見出すことはなかなか厳しいでしょう…。洋画不振を乗り越えるためには、大きな発想の転換が必要とされているのかもしれません

まとめ

『アバター:ウェイ・オブ・ザ・ウォーター』の話から始まり、少し飛躍をしながら、日本の洋画不振について分析してみました。

まとめると、まず「革新的な映像」のコモディティ化があって、それも背景に「語られるべき要素」が少なかったことが競合との明暗を分けた。加えて日本では、観客の嗜好の変化により、「狭く深く」の傾向になっており、洋画不振が続いているのではないか。

いまこそ映画、とりわけ洋画のコミュニケーションは大きな転換点を迎えるかもしれないなというのを、『WoW』の興収推移を見て思いました。

(結構脱線してしまってゴメンナサイ)
ここまで最後まで読んでくださった方、ありがとうございました!


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