画鋲
もう一つ、そう思って手を伸ばしたが、なににも触れなかった。手元を見てみると、そこにはプラスチック製の小さな空箱があった。
はぁ・・・
あと一つだけだったのに、足りない。叔父さんの部屋にもあったはずだからそこから貰おう。押さえつける手を離すと、ペロッと左上から捲れて苛ついた。白装束のように白いワンピースを着た女が右半身と両足だけを見せている。
畳をシュウ・・・と踏み鳴らしながら引き戸をガラガラと開けて、縁側に出る。ささやかな夜風が肌を撫でつけて腹立たしい。パジャマだと肌寒いなと思いながら歩くと、中庭に、若い女が見えた。月光に照らされているだけなので容貌はよく分からないが、たぶん髪は長く黒く、真っ白なセーラー服を着て、真っ白な裸足を晒していた。薄汚れてもいたので棄てられたマネキンのように見えた。死人のように微動だにせず、あとちょっとの浅い呼吸だけで、ベンチの上に寝っ転がっていた。
こんな夜更けに・・・めんどくさいな・・・・・・そう思いつつも、綺麗だったので近づいて見ようとした。怠さが足音に現れ、それは荒く、彼女を起こした。
「・・・・・・なんですか」
はぁ・・・・・・本当にめんどくさい。なにか話さなければならない。
「いやね・・・なにを見ているのかなと思って」
「星・・・星と星」
「なるほど。人様の中庭のベンチから見る月はどうだ?綺麗か?たまには鏡を見るのもいいと思うぞ」
「鏡なんて見てもなにも綺麗なものなんてないよ」
「なるほど・・・じゃあ好きなだけ星を見ればいい。生物が寿命を払うことで見れるようになる、浮世のサブスクだ」
女は話している最中も星を見ていた。僕はもう一人の女性を思い出して、叔父さんの部屋に行った。まだプラスチックで包装されている新品の箱が二つと、使用中の一つがあったので、二つもあるならと新しい箱の片方を貰った。
縁側に戻ると女はベンチから立ち上がっていた。
「行くのかよ」
「朝になったら眩しいから・・・」
彼女が去ると思うと、億劫な気持ちはもったいない気持ちに変わった。まだ彼女を見飽きていない。
僕は箱の包装を焦って乱暴に破り、箱を左手に、蓋を箱との間に挟んで持って、画鋲を取り出した。それを上に向かって刺し、夜を留めた。朝焼けが来た(いや、焦った僕の錯覚だったかも)ので二本目と三本目を適当に刺し、四本目で四方を留め終え、夜が空に張り付いた。次いで、星々を留めた。
「・・・・・・」
彼女はベンチに腰掛けて、また星を見始めた。僕は動くものが大っ嫌いなのだが、彼女は静止していたし、生きも死にもしない気がする。唯一、彼女だけは僕じゃ殺せない気がして、綺麗だった。だから僕はもう四本を取り出して彼女をベンチに留めようとしたが、激しく、つまり醜く抵抗され、十六本も使ってしまった。
作業が終わってほっとしたとき、再び僕の部屋で待っている彼女のことを思い出し、速足で戻った。扉を閉めないままポスターの前に立って、箱に手を伸ばすと、指先は壁と底に触れた。手元を見てみると、そこにはプラスチック製の小さな空箱があった。
はぁ・・・・・・・・・
あと一つだけだったのに、足りない。
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