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赤いはんてんの唄

僕が一番好きな季節って、いまくらいの時期なんですよ。

よくね、怖い話は真夏だ、真夏の夜だって言われますよね。

たしかに真夏の怪談、これは本当に良いですよね。

けれどね、今くらいの時期。

昼は夏の暑さが残り、太陽の光が照りつける。

でも夜は、まるでそんなことなかったかのように、暗く、そして涼しい風が吹く。

少しだけ、寒さを感じる。


そういう時期がね


いちば〜ん、怖いんですよ。








稲川淳二が年齢的なことを考えてもそう長くはないであろうとすると、見れるうちに生で稲川淳二を見ておく必要がある。

そう思う私にとって稲川淳二の怪談ライブはとても楽しみであったが、そのモチベーションと矛盾するかのようにライブ前日、私のイライラはピークを迎えていた。


「ごめんお金がつくれなかった…ライブは大丈夫だけどちゃんと払えるかギリギリだ」


同行者であり、私をこのライブに誘った当本人である富山はそうLINEしてきた。



もともと不愉快な話だった。



富山は45歳で妻子持ちの中年であるが、私は学生時代から彼にお世話になっており、それなりに恩もあった。


「キミは本当に面白いね。だから僕が面白いと思ってる人たちだけでLINEグループを作るからそれに入って」

そう言われて参加した富山45歳、私35歳、他52歳、46歳※2023年10月現在 のグループLINEだが、所属から約10年間、ひたすら私は富山の自分語りを聞かされてきた。

子育て論に夫婦愛、浮気に不倫に趣味。

とにかく彼は自慢LINEを続け、ひどい時は未読が350件を超えてしまうこともあった。


何より富山はとにかく話題の中心にいないと気がすまないタイプで、他3人で話題が盛り上がってしまうと、富山は「僕は話つまらないんで」と不貞腐れるか、「そのことだったら実は僕も詳しいんです」と後出しで乗っかってくるかの2択となる。


今回は後者だった。


2023年初春、ひょんなことから私と他メンバーの46歳が怪談好きという共通点があり、盛り上がった。

すると富山は例の如く、「え?俺も怪談好きなんだけど」と割り込み、私に対し「今度稲川淳二の怪談ライブがあるんだけど知ってる?よかったら一緒に行こうよ。怪談ライブ行ったことある?」と尋ねてきた。


「是非お願いします」と伝えると「OK、個別に連絡する」と言われる。


数日後、それから私に送られてきたLINEは衝撃だった。


「俺、嫁さんにクレカ管理されてるから、代わりにチケット取り頼むね。まずこのファンクラブに登録して」

「え?俺が取るんすか?」

「ごめん。嫁がクソだからこういうの浮気疑うのよ」

「え?俺が立て替えてしかもファンクラブに登録するんすか?」

「ごめん。お願いできる?」



はあああ??


ひとまわり近く年上で普段から偉そうなこと言ってる癖に自分から誘っておいて俺に金払わせて全部手配やらせんのかよ。

心の底からウンザリしたが、稲川淳二を観たかったため渋々了承した。


そして開演まで一週間となった日、追加の要望か富山から入る。


「稲川淳二終わったらさ、怪談バーに行ってみたいんだよ。行かない?」

「ああ。いいですよー」

「行ったことある?」

「ありますよ。2回だけですけど」

「そしたら予約お願いしていい?」

「(でたよ。またかよ)1時間飲み放題で4000円ですので準備お願いします」





ここから冒頭に戻る。




「ごめんお金がつくれなかった…ライブは大丈夫だけどちゃんと払えるかギリギリだ」

「うん?ライブ代は払えるけど他は無理ってことです?」


「そう。7000円は用意できたんだけど。怪談バーの4000円が無理だった」

「そうですか」

「キャンセルとかもう無理だよね。どうしよう」

「…もういいっすよ。7000円だけ払えばいいですよ」

「え?マジ?俺それ甘えちゃうよ?」

「はい」

「神ー!!ほんとクソな嫁でごめんね!」



クソなのは嫁じゃなくてお前だ!!!!!!


45歳にもなって自分で誘ったライブの金の立て替えまでさせた上に!

4000円を払うこともできない自分の人生を恥じろ!!!!!このクソが!!!!








怪談ライブ開始から10分。

得体の知れない猛烈な睡魔が私を襲う。

『尚、講演中なんらかの干渉により、お客様の身体に影響が出る場合がございます。あらかじめご了承の上でお楽しみ下さい』

前説で雰囲気のある女性がそう説明してくれたことで、初見観覧者である私は大いに緊張感を持った。


しかし稲川淳二が登場し、「怪談っていうのはですね、怖いだけじゃなく優しい怪談もあるんです」

そう言いながらジャニーズについてポツリポツリと語り出したあたりで、その緊張感は私の中から消えてしまい、同時に上述の睡魔が遅いかかってきた。


ううっ…勿体無い…

けど滑舌があまり良くないから聞き取りにくいのがまた睡魔を…

ああ…もうダメ…


そして私は堕ちた。





しばらくしてフッと目が覚めた。

何分くらい眠ってしまったのだろうか。10分〜20分くらいか。

舞台では照明が暗くなり、稲川淳二の声が耳に入った瞬間に、「あ、これいま結構怖いとこ喋ってるな」とわかった。

起きれてよかった…

そう胸を撫で下ろした瞬間、私の耳元で「カシャっ」という音が聴こえた。


カシャっ…カシャっ…


それは不規則であり、何かに遠慮をするかのように小さく、それでいてハッキリと聞こえてくる。


え。何この音。


不思議なことに、稲川淳二が舞台上で声のボリュームを上げる度に、カシャっという音が耳元でする。



霊象。



このような怪談ライブで稀にあることだが、怖い話を聞いた人達の恐怖に呼応するように、霊たちが異常現象を起こすことがあるという。


このカシャっという音も霊象の可能性がある。



「彼の顔を見ると…目を釣り上げ満面の笑みで、まるで爬虫類のように舌を出し…」


明らかに稲川淳二の怪談も恐怖の最高点へ到達しようとしている。自然と声も大きくなる。


カシャっ…シャッ!シャッ!


音が変わる。しかも大きい。

シャッ…カシャ!シャッシャッ!!

何だこれは。近い。しかも大きい。

シャッ!シャッ!


何度目かの音変の時に、ついに私は気付いた。


真横だ。


この変な音、真横…左から聞こえてきている。
それも近い。



私は覚悟を決めて、グッと左を向いた。







隣のおばさんが周りにバレないようにフリスクを爆食いしていた。






やっぱそうだよね。
眠いもんは眠いよね、みんな。









「プロ怪談師の方に是非聞いてもらいたい話がありまして。ひとついいですか?」

そう言うと富山は、誰がどうぞと言ってもいないのに語り出した。いや、プロ怪談師に怪談をぶつけ出した。


「初めて子供が生まれたとき、保育園にいれたんですけどね。うちの子が女の子なんですけど薄毛だったんですよ。
で、その保育園に同じく薄毛の女の子がいて。その子が奈緒ちゃんって言って、僕の嫁と同じ名前だったんです。

最近それを思い出してね。嫁に"そういえば奈緒ちゃんってこいたよね。娘と同じ薄毛で、お前と同じ名前で"って言ったら嫁が"誰それ?"」って言うんですよ。

で、卒園アルバム見たら奈緒ちゃん、どこにも載ってないんです。

あれはなんだったんですかね?」



おい…


なんつー…なんつークソみたいな話を、、、

なんつークソみたいな話を誰にどこで試してんねん…




予定通り怪談バーへ移動し、予定通り素晴らしいプロ怪談師の方の上質な怪談を聞いたまでは良いが、その後各テーブルに挨拶へとやってきたそのプロ怪談師に富山が大きく振りかぶった暴投を放った際、私は顔から火が出るどころではなく、心が大山火事となってしまっていた。


いったい俺がどんな悪いことをしてきたというのか。
いったい前世でどれだけの悪行を積めばこんな目にあわされるのだろうか。



「非常に参考になります!またきかせてください」

プロ怪談師の方はそう言い去っていった。

プロ接客…ほんとすみません。



「いやーハマったね」

「そうですね…」

「ぶっちゃけどうだった?」

「良かったです」

「うふふ。実はね、こういう怖い話、あと3本あるんだよ俺」



こいつ…どんな45年間を歩んだらそうなれるんだよ。

まずお前、俺の金で飲み食いしといて何気持ち良く俺に怪談かましてんだよ。自重せよ。

すでにストレスはK点を超えてしまっていたが、どちらかというと怒りはなく、もう完全に私は疲れはてていた。



これは接待だ。そして仕事だ。

給与をもらう、ないしはこの富山の住む地域の地方自治体に交際費を申請したいくらいだ。



「今日は楽しいな。もう一件行こうよ」


富山は酔いながら嬉々としてそう私に言った。

勘弁してくれ。これ以上は御免だ。


「お金あるんですか?」

「そうだった…でも頑張れば」

「やめましょう。酔ってる状態で無理にお金遣う必要はないですよ。今日は帰りましょう」

「そうだね…」


続けて彼は少し暗くなりながら呟いた。


「もしかしたらわかるかもだけど、俺、本当に友達がいないんだ。飲みにいっても話は合わないし馬鹿にされる。だからちっとも楽しいことなんかなくて。ずっと溜まってたんだよね。

でも今日、めちゃくちゃ楽しいよ。終わってほしくないなくらい楽しい」


「僕も楽しかったですよ」


「ありがとう。君は頭が良いよ。それに相手のことを思いやれる。だから俺も甘えてすごく楽しかった。だから君と飲める機会が少ないのはわかってる。引くて数多」

「そんなことないですよ。僕は好かれてなんかないし、飲む相手だって選びますよ」


「また遊びに行ってくれるかな」

「行きましょう。楽しみにしてますよ」



だいぶ無碍にしてしまった。

だが富山には富山で、45年間の人生があり、その中での悩みがあり、それといまも戦っている。

彼は彼で不器用で、それでもそれなりに、おそらく私を楽しませようとしてくれたり、気をつかってくれたのだろう。


まあもう一回くらい、今度はゆっくり二人で飲むのも良いかもしれないな。


そう思った。


「で、来月どう?」

「え?来月ですか?早くないですか?」

「いやね、実はSODランドに行ってみたいと思っててさ。一緒に行かない?」

「いや…金あるんですか?」


「なんとかなると思うけど…一旦たてかえてもらえる?」




こわ!やば!やっぱこいつ嫌いだ!!!

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