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Ray

20年前に動画サイトでBUMP OF CHICKENがダイヤモンドを歌っている映像を観た。

目が前髪で完全に覆われたボーカルが柔らかく、且つ、力強く「何回転んだっていいさ」と歌いあげる姿は色気に溢れていて、またあの頃友人関係も部活も勉強も何もかも中途半端だった私の耳に、その曲は応援歌として深く残った。

調べるとドラマの主題歌であった天体観測を歌っているバンドだとわかる。


クラスのカースト上位がどれだけ毎週のように口ずさんでもその天体観測がダサくて仕方なかったのは、おそらく歌が上手い下手とかではなく、望遠鏡なんか持ってやしないであろうバスケ部が、それっぽく青春にその歌を当て込めようとしていたのが鼻についてしまったかもしれない。


そして思った通り、BUMP OF CHICKENの歌う天体観測は教室の休み時間に吐かれる不快な音とは格が違った。




20年後、コロナ禍が終わった。



3年以上封じ込められていた私達の声は、ようやく音となることを許された。


「今日は声出して良いからな。思いっきり俺たちに声を聴かせてくれ!」


そう言って藤原基央は歌う。



午前2時、踏切に望遠鏡を担いで行った。

ベルトに結んだラジオ

雨は降らないらしい。

2分後にキミが来た。

大袈裟な荷物背負って来た。

始めようか、天体観測。

箒星を探して。



20年と3年があまりにも簡単に大きく混じり、私は大声で歌っていた。








『私、フットサルサークル入ってるって言ってたでしょ?女子の』

「はい」

『今ね、キャプテン派と副キャプテン派で、分裂してる』


「え、何それ。地獄じゃないですか。どうして?」

『チームとしてしっかり強くなりたいキャプテン派と、社会人サークルなんだから自分の生活優先にしたい副キャプテン派、って感じ』

「ええ…ギスギスしてるんですか?」

『もう双方無視してる』


地獄すぎる…



めぐみさんがフットサルサークルに入ったときいたのは昨年のことだ。

どう?似合う?と送られてきたユニフォーム姿の写真がやたらとエロく見えたのが鮮明に覚えている。

「できればその格好で一度シテみたいんですけど」

『男の子ってそういうのほんと好きだよね。そのうちね』



そう言われて約1年間、ユニフォームSEX、略してユニセックスを楽しみにしていたわけだが、実現に至る前に彼女がユニフォームを着る環境自体が上述のように地獄の業火に包まれてしまった。


「そんな良い大人なのに中学生みたいな揉め事あるんですね」

『そうだね。双方派閥メンバーを増やすために必死だよ。私はこの間、副キャプテンから飲みに誘われた後、何も知らないキャプテンから飲みに誘われたよ』

「どっちを選んだんです?」

『先に誘われたんで、って副キャプテンと飲みに行ったけど…キャプテンはめちゃくちゃ怒ってた。はあ?飲みにいくの?って』


「あの」

『なに?』

「到底チームスポーツやってるとは思えないエピソードでびっくりなんですが…」

『その通りだよね』


そう言って彼女は深いため息をつき、こう続けた。


『人間関係って、昔から何年経っても、煩わしいよね』







『キャプテンはさ、すごい怒ってて。なんでそっち側と飲みにいくの?って。何度も何度もきいてくるんだよ。それで私黙っちゃったんだけどね。そしたら隣にいた仲の良い後輩が"いや何がいけないんですか?飲みにいくだけですけど"って言い返してくれたんだよ』

「え、すご。ハッキリ言うタイプの人なんですね」


『その子はね、私より年下なんだけどすごくしっかりしてるっていうかサバサバしてて。こういう板挟みにあって片方から"え?飲みに行ったの?"って訊かれても"え?誘われたら行きますけど"って言えるんだよね。私は黙ってるだけなのに』

「ああ、気の強い感じの人なんですかね?」

『気も強いし、すごいハッキリしてるし気がきくんだよ。小腹が空いたらマックのドライブスルー行きましょうってすぐ探してくれるし、つまんないなあって思うことにはつまんないんでやめましょうって言うし。私が男だったら多分好きになってるなって感じ』

「僕はハッキリしてる女性は苦手だからあまり魅力を感じませんよ」

『しかもGカップだよ』

「…いやいや」

『とにかく自分が情けなくなるんだよね。何もできないなって』

「きっとその人はその人で、めぐみさんのこと羨ましがってる部分あると思いますよ。仲良し、って大抵そんなものじゃないですか」

『そうなのかな。それだといいんだけど』


…すみません。いまの発言に何の根拠もありません。


でもまあマックのドライブスルー行きましょうなんて言うからにはGカップもめぐみさんのことをそれなりに好いているのだろう。


3杯目の琥珀エビスを飲み干したとき、私は悩む彼女に誘いをかけた。


「できうるかぎり慰めたいので、出ませんかここ」

『どこ行くの?』

「ラブホテルじゃだめですか?」

『うーん…今日はカラオケが良い』








「いまのバンプは最悪ですよ。説教臭いくせに長くダラダラしたMCも、40代後半のオッサン達があざとかわいいでも狙ってるのか中学生みたいにイチャイチャするのも、訳の分からないセットリストも、何もかもが耐え難いです」


そう言っておきながら私がカラオケで入れた曲はBUMP OF CHICKENのrayだった。



理想で作った道を、現実が塗り替えていくよ。
思い出はその軌跡の上で輝きになって残ってる。

お別れしたのは何で。何のためだったんだろうな。
悲しい光が僕の影を前に長く伸ばしてる。



初めてこの曲を聴いた時、意味のわからない女性のような機械音が挿入されていて、それが初音ミクだとわかり、そこに理解が無かった私はそのあたりからバンプ離れをしだしていた。


だが聴けば聴くほど、この曲は素晴らしい。



辛く厳しい日々が続いている。


生きていればたまにある、あれ?こんなの思ってた人生と違うな…だったり、この先どうなってしまうんだろう…だったり、きっとこれから一生誰かから褒められたり好きだと言われたりすることはないんじゃないか、というようなあまりにも黒い感情が、不運にも同時に押し寄せてきて私を黒く覆う。


毎日毎日女性にモテたいと思っていたが、その意味も必要性も感じない瞬間もまた毎日あり、その比率が逆転し過半数に達してしまうと、それは起きてしまう。


いま私が遊んでいるめぐみさんは、出会った当初間違いなく私側は肉体目的であったのに、なぜ数年後の現在で彼女のグチを聞き、慰め、こうしてカラオケでBUMP OF CHICKENを歌っているのだろうか。


彼女もまた私の愚痴を聞き、慰め、そして歌を唄うが、私が求めているのはそういうことではなく、恐らく彼女が求めているのもそういうことではない。


『いつも会うと楽しいよ』


乾いた口で彼女はそう言う。


「僕、転職でもしようかと思うんですよね」

『うん。良いと思う』


聞けよ理由を。優しいけどさ。


しばらくはこの鬱に近い状態が続くのだろう。

流れない涙を拭いながら、私は下手くそにrayを歌いあげたのだった。

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