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マルチ放電インタビュー

十月下旬、メールでのやり取りにて

- まずはメンバーの自己紹介からお願いします。

(カツボ)メンバーはギターの菅原アキラ、ギター・ボーカルのタケダナツコ、ベースのカツボ、ドラムの佐藤浩眞(サトウコウシン)です。

- 結成から現在に至るまでの経緯を教えて下さい。

(カツボ)2005年に菅原アキラと初代ドラムが、それまでの地元シーンにないような音楽をしようと集まり、女性ボーカル(ギターが弾ければ尚良し)を入れようということで当時ギターを買ったばかりのタケダが加入。一番最初に合わせた曲はThe Vaselinesのson of a gun (※1 でした。初期は即興の変な曲とかをしつつ、やはり音楽的な安定を求めて結成の一年半後にベースのカツボが加入、その後初代ドラムは脱退。サポートドラムを迎えライブを続けていましたがミニアルバムのレコーディングを始めて、そのときゲストドラムとして叩いてくれたコウシンが加入。今のメンバーになって8年になりました。これまでに酒田市や山形市のバンドとスプリットを二枚、自主制作のミニアルバムを一枚、シングルを一枚出して昨年の春に酒田のhope labelよりフルアルバムの「生命線」、ZOMBIE FOREVERよりカセットシングル「生命線」をリリースして現在に至ります。

(※1 https://www.youtube.com/watch?v=B0qIARknhMg

- 個人的に僕がマルチ放電を知るきっかけとなったdistwilightsとのスプリットEPからが現在のメンバーでの正式な音源ということになるのですね。それでも結成から13年と比較的長い期間、山形県の庄内にて地道に活動をされてこられたのは尊敬に値します。みなさんはそれまではマルチ放電結成前までは各々バンドをやっておられたのですか?

(カツボ)各々高校時代からバンドを組んでやっていました。コウシンは高校を卒業してからバンドを始めてます。タケダは高校を卒業して間もなくマルチ放電に声がかかりましたがアキラ、カツボ、コウシンは世代が近い事もあってマルチ放電以前はそれぞれ別のバンドで一緒にやっていた時期もありましたし、マルチ放電の対バンがカツボ、コウシンのバンドだったりした事もありました。今のメンバーになってからもメンバーそれぞれが掛け持ちでバンドをやっていた時期もありましたね。

- マルチ放電結成にあたって影響を受けた、参考にしたバンドやアーティストがいれば教えて下さい。

(カツボ)全員好きなものは結構バラバラなので、時々話しあうのですが結局いつもまとまらないで終わります。number girl, radiohead, my bloody valentine, Dinosaur Jr, king crimsonあたりがチラリと垣間見れるかなと思います。

- なるほど、90年代オルタナやシューゲイザー、プログレからの影響がベースにあるということですね。個人的に初めてマルチ放電を聴いた時、札幌のbufferinsやmoonwalk辺りの女性ボーカルエモバンドの匂いも若干感じたのですが、その辺からの影響というのは受けておられないのですか?

(カツボ)実はあまり邦楽や日本のインディーズは聴いていないのでその辺は疎いんです。ただボーカルバンドよりはギターバンドで行きたいというコンセプトはあって、スタジオライブなどではボーカルが聞こえなくなるのでギターの音量を下げろと言われるとボーカルは聞こえなくていいからギターを上げさせてくださいなんてやり取りをした時もありました。

- 曲作りの方法についてはどのようにされていますか?

(カツボ)タケダナツコと菅原アキラが主にリフやアイディアを持ってきて、バンド内でアレコレ意見を出しながら作ります。特定のジャンルに縛られる事がなく曲ごとに毎回違うアプローチになることが多いので、完成までかなり時間がかかる方です(長いと半年〜1年)歌メロ・歌詞は歌っている人が担当しています。

- 確かに昨年リリースされたアルバム「生命線」に収録されている楽曲も、曲ごとに雰囲気やタイプが全く違う楽曲が数多く収録されている印象を受けました。ちなみにアルバムの中で一曲目に収録されている「あわい、あわい」のみ唯一過去のスプリットからの再録のようなのですが、この曲には特別思い入れか何かがあったのですか?

(カツボ)今回のアルバムの中では一番古い曲ですね。ライブでもよくやる曲ですが3年くらい前にサビをもっとマイブラっぽくやろうとタケダが言いはじめてシューゲ感が増したアレンジになりました。スプリットを録った頃とは各々の機材や録音機材が変わった事もありますし「生命線」のレコーディング、ミックスはタケダが主体でやっていましたのでこだわりを表現した形になったと思います。「あわい、あわい」は10年以上前につくられた曲なのですが同時期につくった曲をもう2曲アルバム用にレコーディングしたのですが現在のスタイルに合わないという事で結局ボツにしました。

- なるほど。では、次に山形のバンドシーンについて、マルチ放電結成から現在まで見てこられた範囲で結構ですのでシーンの動向や変化も含めて教えて下さい。

(カツボ)マルチ放電を結成した頃はshiftやwhat ever film、akutagawa、dinnerなど山形市のバンドが注目されていて伝説のDOIT2008の中心メンバーもこの方々でした。一方、庄内は当時から若い人の間ではハードコア、メロディックが強くて、オルタナティブやシューゲイザーバンドがほとんど居ませんでした。それに対するカウンターのつもりでやってきたところもあります。自主レーベルに関しても山形市が先行していて、私たちが出会った時は既に活動の場を関東に移していましたが、Qurage森君の主催するレーベルZOMBIE FOREVERが2010年に出したオムニバスCD+ジンのZOMBIE BOOKに一曲参加させていただいたのをきっかけに県外のライブが急に増えて影響力の大きさに驚きました。私たちが拠点としている酒田市には20年くらい前にflavorという箱があってオーナー兼PAの本間さんっていうおばちゃんの趣味趣向で県外からいろんなバンドが酒田にも来るようになりました。マルチ放電結成前のメンバーもそれぞれお世話になった箱です。そのflavorを7年前にFRIDAYZのケンタ君が引き継ぎ店名を酒田hopeとしてリスタートし4年前に現在の場所に移転しました。FRIDAYZは地元酒田にこだわりながら全国に発信しているバンドです。彼らの活動と横の繋がり、そして酒田hopeの存在が庄内のシーンを牽引していると言っていいでしょう。そして一昨年の2016年にケンタ君、佐藤優人君が主催、FRIDAYZのメンバーが中心となり総勢100人を超える地元ボランティアスタッフと共に、とうとう酒田でDOITを復活させてしまいます。今年のDOIT2018にはマルチ放電も念願だったそのステージに立つことができました。それでも開催までの数ヶ月間私たちもスタッフとして色々な人と協力、交流できたのが貴重な体験だったと思います。

- 僕も2000年代後半、特にDOIT2008の頃は東北地方は遠くて行きたくても行けないと歯がゆい思いをしながらHPを見て出演者のmy spaceを聴き漁ったりCDを買い漁っていた記憶があります。ただ山形県に関してはやはり先に挙げられた山形市のバンドの印象が強く、それ以外のシーンの存在すら知りませんでした。先述の「~カウンターのつもりでやってきた」というお言葉が印象的だったのですが、マルチ放電をやってきて周りのシーンも変化していった感じはありますか?例えば自分たちの活動に感化されたり影響を受けたバンドが出てきたりだとか。

(カツボ)地元では比較的に長く活動しているバンドの一つだと思いますので何かしら影響を与えていれば良いですね。今年のアラバキロックフェスにアマチュア枠でまっくら学芸会 (※2 というバンドが出て注目を集めました。今は活動の拠点を仙台に移していますが私たちとは彼らが酒田で大学生をしていた頃からの付き合いで、まっくら学芸会がスタートしてからは同じステージに立つ機会が多くなりました。まっくら学芸会は1曲が20分を超えるエキセントリックなバンドですが物語を綴る歌詞、めくるめく展開と確かなテクニックで沢山の評価を得ています。そのようなバンドが生まれ、それを受け入れる地元酒田の一助になっていれば嬉しいですね。

(※2 https://www.youtube.com/watch?v=r2_te0OGUrE

- 今後の展望、予定を教えて下さい。

実は7月の自主企画を境に充電期間を頂いておりまして…昨年のアルバム発表以来、自分たちなりに頑張ってあちこちでライブをさせていただきまして、もちろんお声をかけて下さった方々には感謝しかないのですがここは一旦落ち着こうと。もともとマイペースなバンドですので今までもシレッと数ヶ月音沙汰なしなんて事も何回かあったんです。そんな感じなのでバンドが十数年続いているとポジティブに受け止めてもらえると嬉しいです。ただ湯浅さんの企画に関しては何年も前から何度もお声をかけて頂いていましたし、今回のライブも早くから湯浅さんにご準備していただきました。私たちも大阪に行くにはこのタイミングしかないという事で一旦放電させていただきます。年が明けてから再びスタジオに入り新しい曲作りなどを始めていけたらと考えています。

- 最後にメッセージ等あれば。

11月24日土曜日のtiny script endings presents"Exit through the banquet room #8 "で初めて大阪にお伺いさせて頂きます。初めての土地、初めての場所は緊張もありますが目一杯楽しんで演奏したいと思いますのでお時間のある方は是非足をお運びください。また気に入って頂けましたらtiny script endingsさんのディストロでもお取扱い頂いているアルバム「生命線」を手に取っていただけるととても嬉しいです。よろしくお願いいたします!

- ありがとうございました。

インタビューを終えて:今回メールインタビュー第二弾ということで、山形のマルチ放電にお話を伺いました。結成から13年、地元山形の庄内にて地道に活動しつつ、あまり県外でのライブをされないためか失礼ながらその存在はあまり知られていないように思えますが、数年前たまたま手に取った音源を聴いて山形にこんなバンドがいるのかと、その特殊な音楽性と稀有な存在感に驚きを禁じ得なかったのを覚えています。個人的に元々女性ボーカルバンドが好きだったということもあり、透明感のあるその歌声とクセのあるノイジーなギターサウンドに一発で射抜かれ、すぐに連絡を取り当時の音源をディストロさせていただいたことから端を発し、今回数年越しにバンド初の大阪および関西遠征を実現するに至りました。ライブは見れなかったのですが今年四月に東京でメンバーの皆さんと初めてお会いする機会がありご挨拶させていただいた際は、その歪んだサウンドからは想像できないほどの皆さんの柔らかな物腰と落ち着いた雰囲気に少し拍子抜けしましたが、音源やライブ映像から感じる淡々としながらも滲み出る熱量は長年紆余曲折を経ながら続けてこられた経験と自信、そして地元のシーンに対する愛着に基づくある種の「強さ」のようなものなのかなと、今回のテキストを呼んで感じ取っていただけるかと思います。実は恥ずかしながら個人的にも今回の来阪にて初めてライブを拝見するのですが、マルチ放電の人間味に溢れたそのオルタナティブサウンドをぜひ来週、体感しにきていただければ幸いです。

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