君を食べる夢を見た
「ねぇ。今日、しない?」
「ん?」
「“殺し合い”。しない?」
「あぁ。うん、しようよ。」
彼女は、セックスの事を“殺し合い”と呼ぶ。
この“殺し合い”について話を受けたのは、僕が彼女に告白した時。
「わ、私でいいんなら、ぜひ、宜しくお願いします」と言い、『君のこういう感じが堪らなく好きなんだよな・・・』と思いつつ「ほ、ホント!?ありがとう!嬉しい〜」と返すと、
「で、でも私・・・」
「ん?どうしたの?」
「い、いや、私・・・、まだこういう事を話すのは早いかもしれないけど・・・、え、エッチする時ちょっとめんどくさいよ・・・?それでも大丈夫?」
「うん・・・、まあ別にいいけど、一旦場所変えてから続きを話そうか。スタバで話す内容じゃないかも。」
「あっ・・・。確かに・・・。」
スターバックスで性癖についての話をしようとした彼女も彼女だが、スターバックスで彼女に告白した僕も、僕かもしれない。
しかし、それ以前に、なぜ彼女は僕にこんな話を出来たのだろうか。普段は恥ずかしがり屋で、言いたい事もハッキリ言えない子なのに。
場所は変わり、僕の家。
来てしまった、僕の家。
というのも。
彼女が「じゃあ、君の家でゆっくりお話ししたいな・・・」と言ってきたのだ。告白してすぐに僕の家に行きたいと言うなんて。
「じゃ、じゃあ、改めて言うんだけど」
「うん」
「わ、私ね、エッチの事を“殺し合い”って呼んでてね、だから、闘いっぽくなっちゃうんだ・・・」
「うーん・・・、ん?」 僕には、彼女の言っている事がよく理解できなかった。
「エッチが“闘い”っていうのは、どういう意味?もう少し詳しく教えてくれない?」
「私ね、今まで生きてて『勝った』って感じた事が無くて、勝つ感覚を得るためにエッチを“闘い”と捉える事にしたの」
「ほう・・・。でも、“闘い”にしてる以上は、エッチする度にどっちが勝つかは分からないんじゃない?」
「分かるよ」
「なんで?」
「ルールを『いっちゃったら負け』にしちゃえばいいんだもん」
いつの間にか、彼女は人が変わったように落ち着いていた。なんだか怖い。
「た、確かに、ルールがそれなら君がほぼ勝つだろうね。でも、君だって、い、いく事は、あ、あるでしょ?」
「無いよ」 彼女は、そう言うとスルスルと蛇のように僕の元へ近づいては絡み付き、
「私、やる時はやる子なんだよ?」と囁いてきた。
目の前に居るのは本当に君かと疑ったが、確かに君だった。
そして、君の本当の姿を見たような気もした。
「おーい」
その呼びかけに僕はハッとした。懐古していたためにボーッとしていたようだ。
「大丈夫?2,3分くらいボーッとしてたよ?」
「う、うん。大丈夫」
「するって言っといて、ほんとはしたくないのかと思った」
「そんな訳無いじゃん」
「なら良かった」
彼女のテンションが一気に落ちたのがハッキリと分かったので、なんとか持ち直させる事ができて、僕はホッとした。
「あ、お湯沸かさなきゃ」
「あれ?たしか今日ってお風呂洗う日じゃない?」
「ありゃ、まだ洗ってないや」
「僕がやっとこうか?」
「あ、そう?じゃあ、お願いしていい?」
「うん」
「ありがとー」
いつもは彼女がお風呂の準備をする事になっている。しかし、彼女から、仕事が少々大変だったという話を聴いているので、今日は代わりに僕がお風呂の準備をした。
「お風呂洗ってもらったし、こっちはいつもよりとんでもなく美味しい晩ごはん作っちゃおうかな」
「今日は何作ってくれるの?」
「今日はねー、生姜焼き作っちゃうよ!」
「きた!僕の大好物!」
恐らく、大好物を食べて殺される日は今まで無かった筈だ。これは偶然か?それとも、彼女は僕に最後の晩餐を作ろうとしているのか? ただ、どちらも本望ではある。
「いただきます」 晩ごはんの時間になった。
「いや、これ美味しすぎる」 彼女の作る料理は、ほっぺたが落ちるどころか全身が溶けそうになる。
「でしょ?」 彼女の自慢げな顔が可愛い。
「ん〜、美味しいな〜」 彼女が独り言のように、そう言っているのが聞こえた。どうやら、自分の手料理に相当満足しているようだ。
「うまっ」 僕も、そう呟いてみる。
「ごちそうさまでした」 最高の晩餐の時間が終わった。
「今日どっちが先にお風呂入る?僕、今日は後に入ろうかなって思ってるけど」 いつもは僕が先に入っている。しかし今日は、彼女が疲れているのにもかかわらず、あんなに美味しい料理を振る舞ってくれた。だから彼女に譲ろうと思ったのだ。
「あのさ・・・。きょ、今日は一緒に入らない?」
「え?」
「ま、前からなんだか恥ずかしくて言い出せなかったんだけど、ずっと一緒に入りたいなって思ってたの」
「あ、そうだったんだ。確かに、今まで一緒にお風呂入ったこと無かったよね」
「うん。だから、入ろ?」
「うん」
「ねーねー、背中流してー」
「いいよー」 僕はそういって彼女を包む泡をシャワーで流す。
「ふー、今日の疲れ全部取れたー」
「ほんと?」
「ちょっと嘘ついた」
「嘘かい」
「でも、かなり疲れは取れた気がする。君とお風呂に入ったお陰かな」
「だったら良いね」
「あ、次、体とか洗っていいよ」
「うん。洗う洗う」
ずっと1人でお風呂に入っていたからだろう、彼女と同じ空間で体を洗っていると、かなり緊張してしまう。しかし、そんな彼女が僕の緊張を和らげてくれた。
「高層ビルの谷間から海の向こう〜」 彼女は最近ハマったというCreepy Nutsの『合法的トビ方のススメ』を歌っていた。見事に全ての音程が外れている。
「すっごい下手だね〜」
「や!そんなこと言わないの!私なりに頑張って歌ってるんだから!」
「分かった分かった、上手ですよ〜」
「そういうことじゃなくて!もう!」
僕は時々こんなイジりを彼女にしてしまう。申し訳ないという気持ちはあるが、怒ってる時のムッとした顔が可愛いから、やめられないのだ。
この調子で、僕は彼女に体を包む泡を流してもらった。
彼女は優しい。だから、シャワーで背中にお湯をかけながら僕の背中を撫でてくれた。
「疲れよ、疲れよ、飛んでけー」 彼女の魔法は、そこら辺の魔法使いよりも効果がある。僕の疲れは、一瞬で吹き飛んだ。
お風呂から上がると、僕達はカップのアイスを食べた。最近は「お風呂上がりのアイス」という、ありがちな概念にハマっている。だが、ありがちだからこそ、至高なのだ。 「うま〜」という彼女の幸せそうな声が、それを物語っている。
少し時間が経った。恐らく日付が変わって午前2時頃だろう。ちゃんと確認していないから、はっきり分かる訳ではない。はっきりと分かることは、気付いたら僕達はベッドの上に居たことくらいだ。
もうすぐだろうか。殺し合いが始まるのは。
そんな事を思っていると、彼女が口を開いた。
「そろそろ、する?」
「う、うん」
殺し合いが始まると、彼女は途端に僕の体を優しく摩ってくる。
「君の体って触ってると安心する。ずっと触ってたい」
そう言う彼女に、僕は興奮してしまう。
そんな可愛い前戯をしていると、暫くして彼女は僕の上に跨った。
「いれちゃおうかな?」 独り言のように言ったが、彼女は僕に問いかけているようだった。
それを感じた僕は「ちょっと舐めてほしいな」と答える。
彼女は少し微笑んだ。「よろこんで。」と言わんばかりに。
驚かないで欲しいが、この6分後に僕は彼女に殺された。
彼女は加減の出来ない子だ。だから、「ちょっと」と言った筈なのに、致死量の快楽を投与してきたのだ。
「あれ?いっちゃったの?こんなんでいっちゃうなんて、どんだけ守り弱いの?」
「君の戦闘力が高すぎるんだよ」
「そっかー。私って強いもんね。ふふ」
「じゃあ、いれるね」
「うん・・・」
彼女はゆっくり僕と交わった。
彼女は加減を知らない筈なのに、こういう時に限って上手に加減をしてくる。実に狡くて、妖艶だ。
「ねぇ。私のこと好き?」 僕を乗りこなしながら聴いてきた。
「好き・・・」 また殺されそうな僕には、気持ちを伝えようとしても、これくらいが限界である。
「ありがと。私もだよ・・・」 彼女も少し高まっているようだった。
すると突然、僕の頭の中で彼女との思い出がフラッシュバックされた。
ほんの些細な事で大喧嘩して、その日から1週間も口を聞かなかったこと。
彼女と初めて交わったとき、何故か彼女が『海猿』の時の伊藤英明のモノマネをし始めて、僕の脳が情報処理に困難を窮めたこと。
「はい。これ、自信作のビーフシチュー!」と言って、カツカレーを出してきたこと。
「懐かしいな」と思うと同時に、「僕は本当に殺されるのではないか」とも思った。
しかし彼女は、いつものように再び僕を殺し、殺し合いは終わった。
「・・・じゃあ、寝ようか」
「うん・・・、そうだね・・・」
「おやすみ」
「おやすみ」
僕が目を閉じてから少しして、彼女は僕にキスをした。僕は気付いていないフリをした。
「おーい。朝だぞー」 彼女が僕の上半身をゆらゆらとさせてきた。
「うーん・・・」 僕は布団の誘惑に襲われながらも目を覚ました。側にある目覚まし時計は、午前11時22分を示していた。
「休みの日だとこういう怠けた事ができるからいいよね」
「遅寝遅起きこそが休日の醍醐味だからね」
「こういう時は朝ごはんと昼ごはんは一気に行っちゃおう。作るから待ってて」
「うん。ありがと」
キッチンから良い匂いが漂ってくる。殺されても生かされていることを強く実感する。
「ブランチ出来たよー」 恐らく初めて言ったであろう“ブランチ”という言葉を、ここぞとばかりに繰り出してきた。彼女にしては珍しく、正しく使えている。
「うわ!美味しそう〜!」
「これがごはんで、これがポーチドエッグに焼いたソーセージ。それで、これがコンソメスープ!」
「こりゃ最高のブランチだ」
「でしょ?」 彼女の顔は自信に満ち溢れていた。
「じゃあ、食べようか」
「うん。いただきます」
「いただきます」
僕は、彼女曰くポーチドエッグであるらしい明らかにスクランブルエッグの見た目をしている物を食べた。味も明らかにスクランブルエッグだが、とても美味しいので指摘はしない。
「美味しい?」
「美味しいよ」
「よかった」
暫く穏やかな日が続きそうだ。
〈おわり〉
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