しょうゆバター

2020年8月16日

それは私が好きなしょうゆバター。
しょうゆバターの匂いを嗅ぐと、思い出す。
あの古ぼけたカーテン、エアコンの効かない室内。錆び付いたフライパン。調理しかけのしょうゆバターの匂い。
ワンルームの真ん中に置かれた机。その上の鍋。その中に突っ込まれた腕。
誰の腕?分からない。グロテスクな断面は鍋の中に沈められていて、血の通わない手がだらんと縁を掴んでいる。
多分左手。指輪はないから未婚かも。爪は短く切りそろえられていて好印象だ。
本体は死んでいるのかな。だとしたら少し残念だ。爪をちゃんと切る人はいい人だから。
誰が腕を切り落としたんだろう。
キッチンには血濡れの包丁。切られた肉たち。
そうだ、美味しく食べようとしてたんだった。
忘れてた。早く調理しないと鮮度が落ちてしまう。
しょうゆバターに美味しく絡める。焦がさないように火を入れる時はゆっくり。バターは焦げやすいから、絶えず掻き回さないと。
バターの匂いがこんがりとしてきて、ほっぺたが落ちたところで、火を止めて、器によそる。机に持っていく前に、耐えられず箸で肉を摘む。
あぁ、それは芳醇。妖艶とも言える。舌はとろけ、瞳を瞑れば夢を見る。足から力が抜け、今までの疲れも吹き飛んでしまう。

また、食べてしまいたい。もう二度と食べれないけれど。しょうゆバターの匂いを嗅ぎながら、あの日を思い出す。

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