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ルージャより愛をこめて(2)

前回までのあらすじ

平和な国で生きる希望を失った中年が、だれにも知られない死に場所をさがすために、戦場へ向かう

現地の外国語どころか英語もろくにはなせなかったわたしは、当然なのだが現地についてから当惑することになる。

バスに乗ってみたが看板や時刻表も読めないので、適当に乗ったところ目的地とはまったく逆方向にいってしまって、そこからようやくのことで戻ってきたりした。そこからどうたらいいかもうわからなかった。そもそも間違っていたというのも正確な根拠からした判断だったのか、など迷いがどんどんしょうじてくる。

詳しく調べようにも、もともと死ぬつもりできていたので、調べる気力もわかない。疲れる、腹は減る、眠い、寒い。なにもかもがわからない、つらいまま、やがて道端に力尽きたようにすわりこんでしまった。

ふと顔を上げると、避難住民らしい人をのせたワゴン車両がとおりかかった。戦地から逃げてきた難民を首都へ移送する民間ボランティアらしいが、車にそれらしい張り紙があるが、字は読めないし、話を聞こうにも言葉がわからない

なにもわからない、何もできない状況はある程度予想できたが、ただ単純に死ぬことさえ、こんなに難しいとは思わなかった。われながら無計画と無謀ぶりにあきれかえるが、そもそも死にに行くような旅に計画性もくそもない。どこか別の世界にさえつれていってくれればそれでいいという感覚で、その車に載せてもらうよう頼んでみた。

プリーズ、レッツゴーとう、うぃずみーとか適当に言いながら、掃除やら雑用やらをなんでも手伝います、というのを身振りで伝えてみる。

その人は中年の女性で、うかがわしそうな顔つきをしていたが、とりあえず車にはのせてもらうことはできた。

あとで聞いた話だが、傭兵志望の人間(武器をもっているなどすこしでも危険そうな人間)は、すべて通報しているそうだ。そうしなかったのは、わたしのひょろひょろしたみすぼらしい恰好からして、どうみても避難民しか見えなかったのが理由のようだ。

このルーシーという女性の言葉が、のちに私のこころに、いつまでも深く刻まれることになった。思えば、わたしに何か言う人はだいだい否定するか、叱るか、馬鹿にするだけだったので、いつか他人のわたしに向けられる言葉から、ずっと耳をふさいでいた。

ルーシーの言葉はわたしを否定するものではなかった。かといってほめてくれたり、認めてくれたり、愛のあるような言葉でもなかった。むしろ未熟で無鉄砲な、なにより自分を大事にしないようなふうをたしなめるようでもあり、弱い心をあわれむようでもあった。

もっというなら、別れ際にかわした彼女との約束が、死を望むよわいわたしの唯一の、強力な武器のひとつになったのだ。

わたしは車で数時間ゆられて、国境付近にある、彼女がボランティアの拠点としている古びた診療所にやってきた。ルーシーはもとは医師だったが、今回の侵攻により避難民が殺到し、その支援をしていた。ケガの治療、食料、飲料水の提供、避難所への移動など。ボランティア活動全般を、知り合い数人できりもりしていた。

わたしは車の荷物を運び出したあと、手持無沙汰になったようにぼんやりと国境付近の山のほうを見ていた。頂に真っ白な雪をかぶり、どこか故郷と同じようになつかしく思った。あの山の向こうにいくと、故郷と似たような場所があり、そこが自分の死に場所となる。雪に埋まったまま眠っている自分が見える。そんな光景を思い浮かべると、とても落ち着いた。

ルーシーはぼんやりとしているわたしを、行き場もなくたださまよっているように見えたのか、どんどんと仕事を押し付けるようになっていった。

ボランティアなど恵まれた偽善者がやるものだと嫌悪していたが、いつしか自分がその手伝いをするようになっていた。




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