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地上からいちばん近い天国

宴会というわけじゃなくて、かといって骨を拾っているわけでもない。
まるで、そこはちょっとした天国のよう。

この窓からのぞける、向かいのベランダに三人が座り込んでいた。
一人は頭にタオルを巻き、もう一人はタバコをくわえ、最後の一人は缶コーヒー。

作業員のお兄さんたちが、マンションの一室をリフォームしていた。
三人は休憩中で、向かいのベランダに座り込んで目を細めていたんだ。

そこに暖かな日差しはなく、もちろん淡い月光もなければ雄大な景色もない。
あるものといえば、降りしきる雨だった。

透き通った雨の粒を指差して、一人が眉をしかめた。
もう一人がそれを笑い、あとの一人が丼を抱え麺をすする真似をする。

地上から7メートルほど上空に浮かぶその小さな天国で、三人は知らず知らずのうちに地上での暮らしをなつかしがっている。

ああだこうだ語り合い、そりゃ天国にトンカツはないさと笑い合い、自転車で土手を走りまわった夕暮れの匂いを思い出している。
好きな子に手を振った、あの日のラムネの味を噛み締めている

このまま住処になってしまえばいいのに、と僕は静かに思った。
地上からいちばん近い天国で、三人は未来を夢見る。
まるで、僕らみんながそうしてるように。

ふと、目が合った。
天国から三人が笑ってこちらを見ていた。

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